笑顔の魔法②
*
「おにいちゃーん!」
よく通る声に呼ばれて、僕は足を止めた。たっぷりと長い二つ結びの髪を風になびかせながら妹が駆け寄ってくる。校門まであと少しという所だった。
「
「部活はとっくだったんだけど、帰る前にマネだけのお仕事が色々残っててさ」
「まね?」
「マネージャー。男バスを陰から支える有能マネちゃん! ……になる予定だからね! 大変だけど、みんなの華麗なシュートを間近で見れる特典付きだもん」
「それは楽しそうで何より」
そういえばウチのクラスにもバスケ部員がいたなぁと思いながら頷く。まあでも会話をしたことがない。基本的には僕の交友範囲は昔馴染みに限られていた。
香澄を見ると、どうにも通学カバンと別に抱え込んでいる荷物が重そうだった。持ってやろうかと声を掛けたけれど、それはきっぱり断られた。バスケ部の一員としての自覚と責任と筋トレだそうだ。我が妹ながらしっかりしている。
「おにいちゃん、部活やってないのに今日も私とおんなじ時間。いつも何してるの?」
「んー……補習とか」
「嘘だぁ、おにいちゃん成績いいくせに」
耳に心地良い笑い声。香澄と話すのは好きだ。それでも、いつも頼れる兄でいたい気持ちもあって秘密は明かせない。情けないところは見せられない。真織なんかよりよっぽど気を許せる存在のはずなのに、もどかしさがあった。
ふと思い至る。真織が一年生なら、香澄とは同級生じゃないか。
「なあ香澄。お前の学年、真織って名前の女の子いるか知ってる?」
「マオリ……。それって名前? 苗字?」
「たぶん、名前。ちゃんと確認したわけじゃないけど」
ふむ、と香澄が考える表情をする。そうしながら肩からずり下がった荷物を抱え直した。どうしても重たそうで気になってしまう。何がそんなに入っているんだろう。
「こう、背が低くて。もしかしたら香澄より。あと茶髪だったな」
「うーん。友達にはいないけど、なんか聞いたことあるような。というか、見たことがある……? マオリ。ま、お、り。まーおーりー」
別にそこまで必死に考えてほしかったわけではないものの、歩きながらとことん悩んでくれているので止めないことにする。ただ、途中で赤信号に気付かず進みそうになったもんだからさすがに腕を掴んだ。しっかりしていると思った矢先にこれでは目が離せないじゃないか。
しかし僕の心配を余所に、引っ張られた衝撃で何かひらめいたらしい香澄が大きな声を出した。隣で行儀良く信号待ちをしている小学生がチラとこっちを見た気がする。少年、ウチの妹が賑やかですまない。
「小野寺先生の名前だ! ほら、毎月配られる図書だよりってプリントあるでしょ? コラムとか本の紹介とか、すっごい読みやすい文章で好きなんだよね。そこに小野寺真織って書いてあった!」
図書だより。印象が薄いがあった気もする。香澄を見ていると自分が不真面目に思えてくる。何よりも、先生と呼ばれたその名前にピンと来なかった。
「オノデラ……先生。誰だっけ」
「司書の先生だよ、図書室にいつもいるじゃない」
「カウンターにいる先生か……? 顔見ないしよく覚えてない。なんにせよ先生なら違うな、生徒だし」
ぼんやり思い出すのは大きなメガネ。その程度だ。そもそも関心を持って見ていないことを記憶しておくのは難しい。カウンターの内側にいるのは司書先生、ただそれだけの認識だから、下手したら他の人に変わっていても気付かないかもしれなかった。
「なあに、気になる女の子~? おにいちゃんって他人に興味ないのに珍しい」
「馬鹿言え、そんなんじゃないよ。放課後いつも音楽室まで押し掛けてきて、デタラメばっかというか、だからこう、よくわからないヤツ、的な」
どんどん歯切れが悪くなる。気になるといったら気になる存在だ。でも、好きとかそんな話じゃなくて。奇妙な引力というか、香澄とは違う意味で目が離せない。そんな感覚だった。
ぼんやりと真織を思い浮かべていた僕は、その時香澄の顔を見ていなかった。
「……音楽室に、いるんだ」
「なに、聞こえなかった」
「ううん! なんでもなーい」
「そうか? まあとにかく、変なヤツなんだ。もう一度会ったら、……?」
駅についた辺りで、自分の発言を不思議に思ってしまう。違和感と言ったらいいのか。しっくりこないものがあった。
(……なんだっけ、気のせいかな)
もう一度。
どのタイミングで聞いたんだったか、この言葉がどこかで引っかかったことしか思い出せなかった。
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