遠点
新作のコンビニスイーツと話題のフラペチーノ、SNSのインフルエンサー、好きなアイドルのこと、部活の愚痴と家族のことと変わり続ける話題を行ったり来たりしながら、話の内容は違うはずなのにさっき見たようなリアクションで同意して、めくるめく終わりの見えない話にうんざりした頃だった。
「てかさー灰咲だめだったの超意外なんだけど」
「あたしも絶対灰咲もノエのこと好きだと思ってた」
わかる~と続く同意は何をどのくらいわかっているのだろうか。渦中の近衛夏歩はパックのアイスティーから口を離して女優のように軽く溜息をついた。
「フツーにフラレた。灰咲ってノリいいし意外と優しいし絶対いいと思ってたんだけど」
「かっこいいしね」
「でもさーなんか他に好きな子いるっぽくてー」
「ええ~嘘?!誰?」
周囲の驚きの声はまるで独身のイケメン俳優に熱愛報道が出たときの外野のリアクションのようだった。それでも近衛夏歩のトーンは変わらず続ける。
「背ちっちゃくってー守って守って~みたいな感じの妹みたいな?」
「ウケる。ノエと全然タイプ違うじゃん」
「灰咲意外とシスコンだったりして」
「でも一人っ子っぽそうじゃない?兄弟の話聞いたことないよ」
「あっでも今の誰にも言わないでね!」
普通の女の子みたいな声色が焦りを含んで跳ねる。
多少悪意を含む表現は遠回しに私のことを指しているのだと感じた。私は央くんの彼女でも何でもないけど、今の流れで私の名前を出さなかったのは多分、央くんに迷惑がかかるからだろう。固有名詞がなければ央くんならいくらでも誤魔化せる。
彼女達ほどの好奇心と行動力があれば例え央くんがいなくても私に話しかけてくることは容易い。しばらくは彼女達の視界に入らないように気をつけて、学校で央くんと接触するのを避けた方が良さそうだ。
盗み聞きをしているのに気づかれないように、彼女達からそっと離れて図書室に向かった。本の返却だけ済ませたら、カウンターから見えないところの椅子に座ってSNSで最近知り合った同じ年の女の子のDMの返信を打つ。
その子は知り合いのいない高校に進学して、今も周囲に馴染めずに息苦しい思いをしているらしい。元気?調子大丈夫?って小まめに返信して早く信頼してもらえるように優しい言葉を選んで送った。脳裏に浮かぶのは女友達を勘違いさせちゃうくらい優しい優しい幼馴染の姿。ああいうのがいいんだろうな。少しでも優しくみえるように、SNSでは央くんみたいな言動を心がけている。
優しくみえるように前後の文脈や句読点まで意識して、いつか私なしではいられないくらい、縋ってもらえるように願って送信ボタンを押した。
家に帰ると急に雨が降り出した。薄暗い部屋は一段と蒸し暑い。
央くんの優しさに、幼馴染という関係に甘えている。お互いに本来なら関わらなさそうな性格だということはわかっているけれど、この手で泣かせたくて仕方ない。彼は加虐性を煽るような性格ではないけれど、逆に彼が自分に執着して依存して苦痛に歪むところはきっと可哀想で切ない。そうじゃないと悲しくないから。
後ろめたい感情を隠すのに曇天の空は丁度いい。
スマホの光が手元を青白く照らす中、メッセージを開いて幼馴染を選択する。『ごめんね。水族館は無理そう』とだけ送って、ベッドに伏した。
キッチンからは甘いジャムとバターの香り、今日はママがパンとロシアンクッキーを焼いていた。夕飯が終わるとクッキーを数枚お皿にもらって席を立つ。
「お姉ちゃん宿題しよう」
「いいよ」
「律紀ちゃんそれだけでいいの?まだいっぱいあるのよ?」
「ありがとうママ。でも今日はもうお腹いっぱいだから」
クッキーと宿題を持ってお姉ちゃんの部屋に行く。お姉ちゃんは緑茶を出してくれた。
「てか宿題するときいっつもこっち来るよね」
お姉ちゃんのぼやきは聞き流して早速プリントを捲った。簡単なところだったから記憶を頼りに空欄を埋めていく。
お姉ちゃんの部屋は灰色と青でまとまったシンプルな部屋で余計なものが一切ない。ママは黄色とオレンジにしたかったって小学生の頃に大ゲンカして結局お姉ちゃんが勝った。ちなみに私の部屋は白とピンクでなんだか落ち着かない。
「お姉ちゃん、央くんに彼女ができるかもしれない……」
えっ、と言ったお姉ちゃんはどことなく笑いをこらえているようだった。
「嘘、どんな子?意外っていうかあり得ない。人に興味あるの?あいつ」
「わかんないけどあるんじゃないかな」
央くんの周りにはいつもたくさんの友達がいる。男の子の友達も多いけれど、近衛さんみたいな綺麗な女の子の友達もよく見かける。
スマホが鳴って、簡単に視線を奪われる。幼馴染から『どうしたの?都合が悪ければ日にち変えるよ』と相変わらず優しい返信が届いていた。
『ごめんね、ちょっと体調悪くて。また今度行こう』
それだけ返して宿題に戻る。幼馴染と二人きりでいるところを近衛さんにもその他の友人達にも見られる訳にはいかなかった。予定を立て直すのは面倒だけど折角の夏休みだ。家に籠るか少し遠いところにある大きい図書館に足を運ぶのも悪くない。
「ねえお姉ちゃん、央くんに彼女ができたら一緒に遊んじゃいけないの?」
「そんなこともないんじゃない?二人でデートしてるところに乗り込まなければ、あんたたち従兄妹みたいなもんでしょ」
「うー……」
クッキーを口に運ぶとほろほろと崩れるクッキーの甘さが口の中いっぱいに広がった。すぐにお姉ちゃんの持ってきてくれた緑茶で流し込む。
央くんがデートしているところに乗り込むようなことはしない。だって多分その日は尾行や盗聴で忙しい。
「あのね、最近央くんがなんとなく他人みたいな感じがするの……」
お姉ちゃんはテキストから目を離さずに苦笑した。
「当たり前じゃん、他人なんだから」
そうなんだけど、そうじゃないのお姉ちゃん。スマホみたいに手元において自分のことのように把握していないとだめ。あの子にも私がいないと何もできないくらいに心配で不安になってくれないとだめなの。
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