かつての新米吸血鬼は狂乱の血のロンドに踊る。

 痛みの為に気を失ったのか。目覚めたら夜明けまで後少しというところで、志摩子が微笑みながら手を差し伸べてきた。

「悟史さん、ようこそ私達の世界へ。歓迎するわ宜しくね」

「し、志摩子さん。わたしは一体? 本間は死んだのですか? そしてわたしは何になったのです?」

「悟史さんは聞いてばかりね。何も心配いらないわ、全て順調よ」

 そう言うとわたしの手を取りベッドルームのクローゼットのドアを開けた。そこは洋服の一枚すら掛かってなかった。

 いや、そうではなかった。志摩子は手を伸ばすと本来は洋服が掛かってるであろうポールを掴み押し上げる。

 すると、大人の腰ぐらいまでの小さな扉が現れた。志摩子はわたしを手招くとドアノブを開けて微笑む。

「悟史さん、こちらにいらっしゃいな。もうすぐ夜が明けるわ」

 扉の内側は灯りひとつ無いが、不思議な事に歩くのに難儀することはなく良く見えた。

 中はさほど広くはない。ダブルベッドが1つと柩が3台並んで置いてあるだけの殺風景だけど異様な部屋だ。

「あの、この部屋は?」

「私達の寝床よ。日が昇ったら外には居られないの。少しでも太陽に当たったら不死身といえど無事では済まない。京二は此処にほら、まだ生きているわ。この状態がそう言えるかは疑問だけれども」

 柩の1つを持ち上げわたしに見せる。そこには人の形を辛うじて保った何かが横になっていた。

「きっと、外で血を飲んで来たのね。そうでなかったら帰っては来れなかったでしょうから。何れにしても、このままでは京二は夜までは持ちそうもないわね」

 志摩子は入ってきた扉から外に出て行き、やがて水商売の女らしき人の肩を抱き帰って来た。

 女は酔ってでもいるのか、足元がフラフラと危なっかしく今にも倒れそうだ。

「さあ、貴女のベッドは此処よ」

 そう言うと志摩子は本間の居る柩を開け女を押し込み蓋をした。

 やがて、女の断末魔の叫びが聴こえて来た。わたしは耳を塞ぎ目を閉じ、この地獄が早く終わるよう祈っていた。

「やれやれ、僕は死ぬことは出来なかったのですね。あれだけドラマティックな展開だったのに。元の木阿弥ですか、恥ずかしいです」

 さっき迄死にそうだった本間の元気な声が聴こえて来た。

 人ひとり死んだのに不謹慎だ。と言いたい所だが、わたしにはその資格がない。

 精神は女を見殺しにした罪悪感に苛まれているのに、嗅覚は、血の匂いに目眩がするほどの飢えと歓喜を感じてしまっている。

 わたしはもう、人間じゃないナニモノかになってしまったのだ。

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