キョドり吸血鬼は過去を追憶して憂いを帯びる。

 1959年。(昭和三十四年)

 メートル法が実施、皇太子昭仁新王と美智子さまの婚姻パレードが催され、東京でオリンピック開催が決定した年。わたしは31歳で妻と4歳になる娘と3人で板橋区の小さなアパートで暮らしていた。

 その頃のわたしの職業は区役所の職員。

 勤めてから9年可もなく不可もない、毎日が代わり映えのない生活で、そのまま自分は平々凡々な人生を生きて行くのだと疑いもしなかった。

 ――あの日までは。


 ◇◇◇


「おーい木戸、こっちだ」

 薄暗いパブの店内に入ってすぐに、高校の時の友人の本間京二ほんまきょうじが奥のボックス席から声を掛けてきた。つい2週間前に同窓会で13年振りに再会し、一緒に呑もうと約束した今日はその日だ。

「待たせてごめん。それにしても本間は昔と変わらないなー。びっくりしたよ」

 お世辞でも何でもなくて記憶の中の本間がそのまま現代に現れたと驚いたのも記憶に新しい。

「13年振りだからそう思ったんだな。それより木戸には昔世話になったから、一度会ってちゃんと礼を言いたかったんだよ」

 高校時代の本間の家庭環境はお世辞にも恵まれてるとは言えず、一人っ子で家族と呼べるのはたまに帰って来てお金を置いていく父親だけで、学費諸々の費用の殆どを彼が深夜のバイトで工面していた。

「木戸が試験前に勉強教えてくれてなかったら、卒業出来たかどうかも怪しかったものな。それに……」

「本日のショータイム! 五條志摩子ごじょうしまこの歌をお楽しみください〜」

 ステージ上に現れた彼女を初めて見た時、なんて言ったら良いんだろうか。説明出来ない感動? いや、そんな生易しい感情なんかじゃ無くて、例えるなら悪魔に心臓を鷲掴みにされたゾクゾクする感じがしたのだ。蜜のような甘さとナイフで内蔵を抉られたような痛み。

 志摩子はそんな二面性を併せ持つ女に見えた。

「京二、そちらは?」

 ショータイムが終わったあと、真っ直ぐわたし達の席に来て本間に親しげに声を掛ける。

 本間も整った顔立ちをしてて、2人と一緒に居る平凡で実直さだけが取り柄のわたしなど、周りからは不釣り合いに見えた事だろう。

「昔からの友人の木戸悟史だよ、志摩子さん」

 外国人の血でも入ってるのか目鼻立ちがハッキリとして、スッと立った姿だけで人目を引く凄い美人だった。

「すごく素敵な人……。ねえ、悟史さん、他で飲み直さない?」

 今まで生きてきた中で、こんな美人に誘われた事は初めてだ。

 わたしは、まるで催眠に掛かったように頷く事だけしか出来なかった。

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