金曜日にリセットして、水曜日君じゃない誰かと話す
3ヶ月経って気がついたら定期の期限が切れていた。定期は3ヶ月も持つのにみこと君の性格設定は1週間しかもたない。正確に言うと月曜日から始まって金曜日で終わるから週5。みこと君の演技はJRのように正確で、でも路線バスよりも狂いがなくてひどく人工的な人格を保っている。
「金曜日だね」ってみこと君が言った。そういえば金曜日だった。
私たちの関係は金曜日に一度リセットされる。金曜日、改札を出て別れて反対側のホームの電車に乗って、来週の月曜日にはまた別のみこと君になっている。私は表情を行動を多彩に操る彼を生きた芸術として認識することに優越感とほんの少しの罪悪感を覚えている。
夕陽が厚い雲の間に沈んで、今週もまた金曜日が終わる。
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誕生日が過ぎるとすぐに夏だったからなんとなく夏は始まりの季節のような気がしている。何が始まるわけでもないけれど何かが始まればいいな、と漠然と考えるうちは多分きっと何も始まらない。
しゅわしゅわと名前のわからない虫が鳴く音が開けたての炭酸が抜けていくような音に似ているなって思った。しゅわしゅわ、流れる汗を落とさないように空を見上げたら眩しすぎる青の中に真っ白な雲が浮かんでいた。そのコントラストが眩しい。なんて眩しい季節。
「高橋さん」
水曜日、駅ビルで聞いたことのある声が近づいてきた。それは完璧な役者が無邪気な後輩役を演じたときの声色によく似ている。
「めぐみ君久しぶりだね」
「そうだね。通学路じゃないしこっちの方あんまり来ないからなー」
めぐみ君はみこと君の双子の弟だけれど性格は全然違う。明るくて人懐っこくてかわいいって感じ。
「みこと君は元気?」
「今朝は真っ赤な顔でひゅうひゅう言ってた」
「そっか」
みこと君は体調を崩したらしく今週はまだ一度も会えてなかった。月曜の朝に届いたメールはたった一行、『ごめん今週は学校行けないかも』ってだけ。先週の金曜日に「不器用な人間を演じてみて」と頼んでいたから役になりきっていたのかもしれない。でもこの調子だと今週の金曜日は会えないかもしれない。
新しいスニーカーを買いに来てためぐみ君は私の買い物についてきた。けれど私の方は特に用事らしい用事もなく、映画館で気になる映画を探したり本屋をうろうろしたりしただけで、めぐみ君の時間と体力を無駄に消耗させてしまった。
二人で駅に戻る帰り道、通り一面に全く同じポスターが続いていた。鮮やかな青空の中に煽りで撮った神輿が逆光で黒く映ったそれは今週末西区でやる大規模な夏祭りの広告だった。金曜日の夜には大花火を上げて、土曜日は神輿が街を練り歩くのが毎年恒例になっている。
「そっかー、もう西祭りが始まるんだ」
「高橋さん」
「なぁに?」
金曜日、その言葉だけがやけにはっきりと聞こえた。
「金曜日の花火大会さ…俺、高橋さんと行きたいな」
「ごめんね……私も行きたかったんだけれど、金曜は、外せない用があって」
「そっか、急だったしね。こっちこそごめんね!」
めぐみ君は屈託のない笑みで言った。罪悪感がちくちくと胸を刺す。
ごめんね、金曜日だけは外せないんだ。
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