しつけだからね

「間違えてることを口で教えるのは難しいの。だから、動物に躾けるように、暴力を使うのが一番なのよ」


 30年前の母が今の私に向かってそう語りかける。おそらくというか確実に幻なのだろう。すごく鮮明な若き母は上気した顔で平手で張ってくる。私は反射的に目を瞑ってしまう。幻覚とわかっていても長年染み付いた恐怖は消えない。

 大丈夫。あれは幻覚だ。と何度も言い聞かせゆっくり目を開く。すると幻覚の母はいなくなっている。が、現在の母が泣きながら自分を平手打ちしていた。トイレが間に合わず失禁してしまったようで、私は怒りも何もしていないのに、母は己に罰を振るう。


「私は口で言われてもわからないようになっちゃったから……。こうするしか、こうするしか」


 子としては止めるべきなのだろう。だが、この人の子としては止めるべきではないのだろうな。と、母が母に躾をしているのを、私は淀んだ目で見つめる。

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