第4話 トレット・ヨーシキとシレモン狩り

 そこには化け物がいた。


 白い洋式の便器に人間の手足が生えている。

 身長は一メートルくらい。


 手足は中肉で、黄色人種のような肌色。

 無駄毛は生えていない。


 背中に白い給水タンクが付いている。

 手に麻袋のようなものを持っている。


 このような姿をしている。


 な、なんだあいつは!?


 なんであんな訳の分からない姿なんだ?


 まさかあいつがシレモンなのか!?


 いや、院長が普通に接しているし、それはあり得ないな。


 とすると、誰なのだろう?


 そんなの話してみれば分かることだな。


 では、行こうか。



「おはようございます」


 俺は便器人間に挨拶をした。


「えっ? ああ、おはよう。どちら様かな?」


「初めまして、新入りの生方速人です。ハヤトとでも呼んでください。よろしくお願いします」


「ああ、これはどうもご丁寧に。初めまして、僕は『トレット・ヨーシキ』だ。トレットで良いよ」


 トイレットさんではなく、トレットさんね。


 間違えないようにしないと!!


 そんな間違いをしたら、すさまじく失礼だからな!!!


「君の先輩だよ。よろしく」


 先輩なのか。


 ということは、トレットさんも孤児か。


 それはそうと、なぜあんな姿をしているのか聞くべきなのだろうか?


 いや、やめておこう。


 いきなりそんなことを聞くのは失礼だろう。


 院内の人間関係が悪化するは避けたい。


 機会をうかがうことにしよう。


「僕は四歳なんだけど、君はいくつなんだ?」


「生後七日目だそうです」


「ええっ!? なんで立って、しゃべれているの!?」


 俺は事情を説明した。


 ついでに、シチローたちにも自己紹介をしてもらった。


「そ、そうなんだ。そんなことがあったんだ。実は僕も転生者なんだよ」


「えっ!? そうなんですか!? 転生者って、たくさんいるそうですけど、本当なんですか?」


「うん、結構会うよ。院長は違うみたいだけどね」


「そうなんですか。ところで、トレットさんは、これからシレモン狩りに行くそうですね」


「ああ、そうだよ」


「シレモン狩りって、なんですか?」


「名前の通り、シレモンを狩ることだよ。シレモンというのは、知っているのかな?」


「はい、それは院長に聞きました。奉納についても聞きました」


「そうなんだ。ということは、もしかして、シレモン狩りに連れて行って欲しいと言うつもりなのかい?」


「はい、その通りです」


「うーん、でもなぁ、とても危険なんだよ? それに……」


「それでも見学したいんです! お願いします!!」


 断られても、勝手に付いて行くがな!!


 すべてはスローライフのために!!


「仕方ない、連れて行ってあげよう。断っても付いて来そうだしね」


 バレてたか。


「ただし、自己責任だよ? 死んでも恨まないでね! まあ、転生者だし、そのくらいは分かるよね?」


「はい! ありがとうございます!!」


「では、行こうか」


「はい!」


「院長、いってきます」


「いってきます!!」


「ああ、ふたりとも気を付けて! あっ、そうだ、ハヤトには外出用の服と靴がいるね! ちょっと待ってな!」


 院長に青い長袖のカバーオールと、黒いスニーカーをもらった。


 院長に礼を言った。


 孤児でも住むところがあって、服がもらえる。


 この世界は福祉が充実しているのかな?



 孤児院の外に出た。


 あたりはのどかな田園風景だ。


 瓦屋根の和風の家がポツポツと建っている。

 孤児院も同じ建築様式だ。


 日本人の転生者が建築法を伝えたのかな?


 後は何かの畑だな。

 イネ科のような植物や、ほうれん草のような植物などが植えてある。


 すごく田舎だな。


「さあ、行こうか。こっちだよ」


 トレットさんに付いて行った。



 草原にやって来た。


 奥の方には森が見える。


 木や草は地球のものと、あまり変わらないように見える。


 俺が植物に詳しくないからなのかもしれないけどな。


 まあ、そんなことはどうでもいいか。


 それよりも、シレモンだ。


 どこにいるのだろうか?


「ほら、あそこにシレモンがいるよ」


 トレットさんが草の中を指差して、そう言った。


 そこにはヘタの付いたリンゴが落ちていた。

 色、形、大きさは、地球のものとそう変わらない。


 あれがシレモン?

 ただの落とし物のリンゴじゃないのか?


「では、シレモン狩りを始めるよ」


 トレットさんがそう言って、忍び足でリンゴに近付き、慣れた手つきで拾い上げた。


 熟練しているようだな。

 かなりの数を捕まえてきたのだろうか?


 ん?

 よく見ると、リンゴに足が付いているぞ!?


 前足が2本、後ろ足が2本あり、バタバタと動かしている。


 まるでカエルの足だ。

 それもウシガエルの足のような太さだ。


「は、離せニャ! 離すんだニャ!!」


 シレモンの方から声が聞こえてきた。


 こいつはしゃべれるのかよっ!?


「これがシレモンだよ。今、言葉を発したけど聞こえたかな?」


「はい、聞こえました。しゃべるんですね」


「そうだよ。シレモンは言葉が通じるんだ。だから、シレモンなのかと質問すると答えてくれるよ。やってみなよ」


「はい。ええと、君はシレモンなのか?」


「その通りだニャ! 余はシレモンの『リングァエル』ニャ!! 分かったら、さっさと離すニャ! 愚かで脆弱ぜいじゃくな人間どもめ! ぶっ殺してやるニャ!!」


 本当に答えたぞ!?


 しかも、生意気で狂暴だな!?


「と、このようにわざわざ名乗ってくれるんだ。ところで、このシレモンの語尾に『ニャ』と付いているのは気付いたかな?」


「はい、それがどうかしたんですか?」


「シレモンには『語尾ランク』というものがあるんだ」


「語尾ランク!? なんですか、それは!?」


「シレモンは語尾の文字数が多いほど強いんだ。それをランク分けしたものを語尾ランクと言うんだ」


「そんなものがあるんですか!? では、こいつは『ニ』と『ャ』で二文字になるわけですか?」


「いや、ならない。小さい『ャ』のような、拗音ようおんや促音はカウントされない。だからこいつは『一文字ランク』になる」


「そうなんですか。では、こいつは一番弱いランクになるわけですか?」


「その通りだよ。こいつは最弱だ」


「うるせぇニャ! 余は最強だニャ!! ぶっ殺してやるニャ!!」


「こんなこと言ってますけど?」


「ただの戯言たわごとだよ。気にしなくて良い」


 本当に生意気なヤツだな。


「では、次はシレモンの弱点を教えよう」


 弱点!?

 そんなのあるのか!?


「シレモンの体の一部を神に奉納するというのは、院長から聞いたんだよね?」


「はい」


「そこを『奉納ほうのう部位ぶい』と言うんだ。その奉納部位を切り離すと……」


 トレットさんそう言って、リングァエルのヘタをもぎ取った。


「ぐああああああっ!! に、人間ごときに…… む、無念ニャ……」


 リングァエルが動かなくなった。


「このように倒せるんだ」


「なるほど、そんな弱点があるんですか」


「そうだよ。そして、このヘタを奉納すれば良いというわけさ」


「奉納って、どうやるんですか?」


「それは狩りが終わってから説明しよう。今日は奉納に行く予定だからね」


「分かりました」


 そうなのか。

 そいつは楽しみだな!



「ところで、奉納部位ではないところはどうするんですか?」


「買い取ってくれるところがあるから、基本的にはそこに売ることになるよ」


 へぇ、そんなのあるんだ。


「食べられるものは持ち帰って、食べることもあるよ」


「では、そのリングァエルはどうするのですか?」


「こいつは弱くてたくさん捕れるせいで、買い取ってもらえないことが結構あるんだ」


 需要と供給か。


 この世界でもそういうところは変わらないわけか。


「だから、今日は持ち帰って夕食にするよ。院長が食材が足りないと言っていたからね」


「こいつを食べるんですか!?」


「意外と美味しいんだよ。リンゴの部分は見た目通りの味だし、足は鶏肉みたいなんだよ」


「そ、そうなんですか……」


 もしかして、今日の夕食は、こいつなのか!?



「よし、では、始めるとするか。僕の側から離れないようにね。特に森の方には行かないように。あそこには強いのがいるからね」


「はい! 分かりました!!」


 トレットさんが周囲を探し始めた。


 俺もやってみようかな?


 リングァエルくらいならやれそうだしな。

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