第7話
「さて、どうしたものか・・・」
目の前には化け物カマキリがハサミをガチガチと鳴らし、今か今かとこちらの様子をうかがっている。
もう一度何とかして気をそらすことができれば逃げる事も出来そうだが、さっき逃げた時に革袋の中身はすべて出してしまったのでさっきと同じ手段は使えそうにない。
というかそもそも待ち伏せをするくらい知能を持っている以上同じ方法が通じるとも思えない。
かくなる上は戦うしかないか。
逃げることが不可能な以上正面から戦うしか方法はないのだが、こっちが使える武器はたったのナイフ一本。あんな化け物相手にどうやって近づけばいいのか、だがやるしかないのだ。
「こんのっ、くそカニカマキリ野郎がぁああああ!!」
気合の込もった叫びをあげながら、思い切って草の茂る大地を蹴りカニカマキリとの距離をグンと近づける。
そしてそのままナイフホルダーから抜いたナイフをカニカマキリに向かって突き立てた。
『ギャァァァ!?』
「いやああああ!!」
化け物でもさすがにナイフを突き立てられれば痛みを感じるようで、悲痛の叫びを上げる。そして俺はナイフを突き刺したヵ所から噴水のようにあふれ出てくる緑色の血を見て叫びを上げた。
何はともあれ吹き出てくる緑色の血に驚きはしたが、こんなナイフでもダメージを与えられることが分かったのは行幸。少なくとも一方的な被食者ではなくなり抗う術がまだあるという事だ。
だがもちろん抗う術がある事が分かっただけで、俺自身が強くなったわけではない。何故なら暴れたカニカマキリがやたらめったらと振り回したハサミが俺を横殴りに殴り飛ばしたのだから。
「っ痛ってえええええ!?折れた!絶対骨折れた!!」
一矢報いた喜びから油断していたところにまともなボディブローを受ける。当然ながら大きなハサミに殴られた衝撃は吸収できず、ダイレクトに痛みが身体を襲った。
更には振りぬかれたハサミによっていとも容易く俺の身体は吹き飛ばされ、数メートル先まで木々をへし折りながら転がった。全身から感じたことのない痛みを感じ、その痛みに悶える。
『ギャイギャイ!!』
しかし痛みに悶えている間にも、ナイフで刺され怒り心頭なカニカマキリは木々を踏み分けこちらへと向かってくる。
こんなところで倒れていたら確実に殺される。痛む体に鞭を打ち、何とか身体を起こすが立ったところで俺には策が無い。ただただ延命した所で奴に勝たない限り死ぬのは時間の問題だ。
「あの意味不明だった恩恵とやらにすがるしかないか…」
そう、策が無いとは言ったが実際には一つまだ試していないことがあった。そう神が残していった紙に書き記されていた恩恵というもの。その内容がひどすぎるが故にずっと見て見ぬふりをしていたが、いまは藁にもすがりたい。
たとえ意味がなかったとしても僅かに可能性があるなら試してしかるべき。俺は持っていたナイフをゆっくりと口元へと持っていき、少し怯えながらも舌を出す。
「へ、へへ。本当に漫画とかに出てくる盗賊になった気分だ」
鋭利な部分に舌が当たらないように気を付けながら、一思いに根元から刃先ギリギリまでを舐めきる。
こんな危機的状況で気が狂ったかのようにも見えるだろうが、実際気が狂っていると自分でさえ思う。だが何の冗談か、あの紙にはナイフを舐めることで身体強化と書かれていた。どれほどの倍率で身体強化されているのかわからないが、恩恵が本当なら今俺の身体は強くなっているはずなのだ。
「うえぇまっず!・・・でも心なしか痛みが少し引いたような?それに身体も軽くなった気がする?」
これなら問題なく体が動かせる。あの恩恵とやらは本当だったのか。
発動条件こそ下らないが、その効力は確かなもののようだ。満身創痍の状態であったからだが、目の前に迫っていたカニカマキリの攻撃を何とかよけれる程度にはなった。
だが俺の自力が低いせいか、強化されたといってもすこし優秀なスポーツマンくらいにしかなっていない。化け物と戦うにはこれでもまだ力不足な気がしてならない。
「あと二回くらい舐めれば行けるか?」
そう今で力不足を感じるならばさらに強化すればいい。幸いなことに重ねがけも可能だという風に書いてあった。
先ほどと同じようにナイフを二往復舐め、少し時間がたつと体の底から何かが湧き上がってくるような感覚を覚える。これはすごい、さっきまで恐怖しか感じていなかったというのに今なら一方的に勝てる自信が湧いてくる。
なぜなら、自分でもびっくりする速度でカニカマキリとの距離を詰めることができていたからだ。
『ギャイ!?』
「悪いな、俺もびっくりしてるぜ」
そして距離を詰めた勢いのままカマキリの身体へナイフを突き立てた。ぐしゃりという音と共に突き刺された胴からはまた緑色の血を吹き出し、カニカマキリは小さく悲鳴を上げたかと思うとその場にどさりと倒れ動かなくなってしまった。
「こいつはやべぇな、最強だ」
常人を軽く超えた身体能力、あの神様は適当ではあったがどうやら最後にとんでもない恩恵を与えてくれたようだ。これはこの先が楽しくなりそうだ。おれは倒したモンスターを背に不敵に笑うのだった。
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