第2話
始まりはうだるような熱い夜、道端にポツンと不自然に落ちていた財布を拾ってしまったことから始まる。
あちぃあちぃといいつつ、今晩の食事を買いに近くのコンビニへと重い足取りで向かっていると、目の前に財布が落ちていることに気付く。
「おいおいこんなところに落とすか普通」
あまりこういった落とし物は、触れず動かさずが暗黙の了解だと思っていたので最初は無視して通り過ぎようと思ったのだが、今は人っ子一人いない静寂が支配する真夜中、つい魔が差してしまったんだろう。
わざわざ一度過ぎた道を少し早い足取りで戻り、周りをきょろきょろと見渡す。人影が見えない事を確認し、その場にしゃがみ込む。
「どれどれ失礼しますよっと」
はたから見れば通報案件でしかないが、見るものがいなければ通報されることもない。
少し緊張で震える手で財布を開くとそこにはぎっしりと詰まったユキッチーの姿があった。たまらず変な声をこぼすが、やばいやばいとすぐさま手で口元を抑える。
それにしてもこんなパンパンに札を入れてるって、ギャンブル帰りか何かだったのか?そうだとしたらなおさらこの財布の持ち主が浮かばれないな。
「しかたない、持ち主に連絡するか」
こんなにも大金が入った財布だ、もしかしたら今もまだ探してるかもしれない。そう思い、失礼を承知で財布の中に入ってるであろう身分証明書を探す。
しかしいくら探せど身分証明書を見つけることはできなかった。それどころかぱんっぱんに詰まった札以外に何一つ物が入っていなかったのだ。
今の時代カード類と金千を別で管理しているのは珍しいことでもないが、だとすると本当にこの落とし主は運がなかったんだな。
「後は交番に届けるというのが世の常なんだろうけど」
正直言って面倒くさい。
ここから交番まではそこそこ距離があるし、その上この熱帯夜だ。わざわざ汗べたべたになってまで届けようという気にはならない。
というわけで落とし主には悪いが財布は元の場所へと戻しまして、このまま何も見なかったことにしてクールに去るとしよう。
次見つけた人がどうにかしてくれるだろうと僅かな期待だけを抱きつつその場を後にすることにした。
あれから数十分後、買い物を終えた帰り道に同じ道を通ったが行きしに見た財布は無くなっていた。
善意ある人が交番へと持っていったのかはたまた・・・まぁ考えても仕方ないことか。
錆びたボロアパートの階段を上り、自宅のドアのかぎを開ける。ガチャリとノブを捻り、ドアを開けるといつものように質素な部屋が・・・・なくなっていた
「なんじゃこりゃ!?」
ドアを開けた先は一面真っ白の謎空間が広がっており、一瞬現実との境界があやふやになる。
これは一体、不思議な空間と一人にらめっこを続けているとその空間にぽつんと人が立っているのが見えた。
「悪い子には罰を与えないとですよね?」
その言葉を認識するが早いか、突然得体のしれない力でその不思議空間に引き釣りこまれる。
あせって扉の淵につかろうと手を伸ばしたがそれもかなわず無情にも扉は閉まってしまい、そのまま空間からもドア自体が姿を消してしまう。
「あなたには異世界に行ってもらいます」
半場パニック状態の俺に目の前の女はそう告げる。いったい何の冗談だと言いたいが状況が状況だけに意味も分からず、言われるがままにうなずくことしかできなかった。
罰だ何だと言っていたので下手に抵抗すればひどい目に合う気がしたからだ。
というか罰ってなんだ、こんな異常事態に巻き込まれるほど俺なんか悪いことしたかな。記憶の中を手当たり次第に掘り起こして原因に心当たりがないか考える。
「あっ、これだぁ・・・」
冷や汗を垂れ流しながら、ポケットから二枚の紙を取り出した。
それはつい魔が差してあの財布から抜き出してしまった2枚のユキッチー。やっぱり悪いことはするもんじゃないんだなとこういう状況になって心底思う。
「ゆ”る”し”て”く”だざーい”!二度としませんからぁ!」
恥も外聞も捨てて必死に目の前の女性に許しを請うが、何かをぶつぶつと呟き一人の世界に入り込んでる彼女はこちらの必至の願いも知らぬ存ぜぬといった感じだ。
「転生先は盗賊、恩恵は・・・まぁ適当にこれでいっか。盗賊っぽいし」
何もない空間をタッチパネルを操作するような感覚で指を動かしている女、かれこれ数分ほどたったころにとうとう彼女が操作を終えたのか顔をこちらに向け一言
「それじゃ、次の世界へ行ってらっしゃ~い」
「な、何の説明もないのかぁ!?」
その言葉と共に段々と視界がぼやけていき、俺は終いに意識を失ってしまった。
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