二人は被害者の部屋に出入りしたという人物の監視カメラ映像を確認する。

 黒いコートを着込み、目深にフード、マスク。そこには徹底的に顔を隠した人間が写っていた。


「もっと画質良くなんねえのか?」

「山田さんが頑張ってくれたんですが、これが限界みたいです」

「くそ…」


 この人物について、監視カメラの映像からは、有力な手掛かりは得られなかった。

 しかし、被害者が部屋に戻り、死体となって発見されるまでの間に、部屋を出入りしたのは、この人物だけ。

 加えて、監視カメラの存在を知っていたかのような徹底した対策に作為を感じる。

 国元はこの人物が被害者の死に関与していると断定した。


「ま、刑事の勘って奴だ」

「いやぁ、あんなの、誰が見ても怪しいですって」

「なんだと…」


 有力な手掛かりは見つからず、二人の捜査は暗礁に乗り上げていた。


「仮に二つの事件が繋がってるとして、被害者には、何か共通点はあるんでしょうか?」

「最初の犠牲者が大学生。バイトでホストをしてた。次が独身無職。ただ株やらFXやらなんやらで、結構稼いでたみたいだな」

「ホストにデイトレーダーですか。うーん、時間とお金を持ってるって共通点…?」

「強いて言えばそれくらいだな」

「そこに謎の人物が関わっているとすれば…あっ、宗教カルトとか!?」

「被害者のスマホからパソコンのメールまで確認したが、二人ともそういった付き合いは無さそうだ。ホスト君の方は交遊関係が広いが、独身男性の方はインドア派だった」

「そうですか…」


 二人の被害者に共通点はない。それが国元の結論だった。


「いえ、そうでもなさそうですよ」


 その結論に横やりを入れたのは、捜査に参加する情報技術解析課の山田だった。

 彼は国元と橘に、タブレット端末を手渡す。


「山田、何か分かったのか?」

「監視カメラに映った人物を探して、提供された映像をチェックしていました。そこで被害者達の共通点を見つけたんです」

「なんだと?」

「これを見てください。それぞれ、事件の約2ヶ月前、萩原駅での映像です」


 画面に写るのは鉄道会社から提供された映像だ。一人の薄汚れた格好の男がノロノロと歩いており、道行く人々が避けている。

 だが、男がフラついた時、運悪く派手なスーツの若者に接触。そこから、男とスーツの姿の若者との口論が始まった。スーツの男は最初の被害者だった。


「次がこちらです」


 山田が画面をスワイプし、次の映像に切り替えると、再び駅の映像が流れ始めた。

 映像の奥から歩いてきた第2の被害者とホームレスがすれ違いざまに接触。口論にはならなかったが、ホームレスの男は振り返り、被害者を睨み付けていた。


「このホームレスと接触した、って共通点か?」

「はい」

「良く見つけたな」

「AIに被害者の顔を検出させただけですがね」

「このホームレスについては?」

「いつも駅の周りを寝床にしてるみたいです」


 2ヶ月も前の映像だ。事件に関与しているとは思えなかったが、他に手掛かりもない。


「まあ、当たってみるか。行くぞ、橘」

「はい!」

「手分けして探すが、迷子になるなよ。方向音痴」

「失礼な! この駅はいつも通勤で使ってますから迷いません!」


 国元と橘は二手に分かれ、駅周辺でホームレスを探し始めた。

 だが、日暮れまで探してもホームレスは見つからなかった。

 何とか国元が彼の寝床を見つけたものの、もぬけの殻だった。

 舌打ちした国元が橘と合流しようとスマホを取り出すと、丁度着信があった。


「国元だ」

『橘です! 国元さん、まだ駅にいますか!?』

「ああ、どうした?」

『駅前の市民病院で傷害事件です! その犯人が例のホームレスみたいで! すぐ応援に――きゃ!』

「すぐ行く!」


 国元は走った。

 市民病院は駅から大通りを挟んで建っている。すでに野次馬が人の壁を作っているのが見えた。

 往来する車を制しながら道路を横断する国元の耳に、女性の悲鳴や男の怒声が届く。

 野次馬を掻き分けて渦中に踏み込むと、刃物を持った黒いコートの男が、橘と対峙していた。


「橘!」

「先輩っ!」


 国元は橘を庇うように矢面に立つ。

 周囲には、血を流し踞る白衣の男性や、殴られた頬を押さえ這って逃げる女性看護師の姿があった。

 義憤に駆られた国元は叫ぶ。


「警察だ! 武器を降ろせ!」

「う、うあアアぁッ!」


 コートの男は叫び、刃物を振り上げ、国元へ向かってきた。

 国元は振り下ろされる刃を、相手の手首を掴んで止める。そして、その腕を背後に回って捻り上げた。

 トドメに、相手の膝裏を蹴り、膝を地に着かせる。


「大人しくしろ!」

「せ、先輩! 格好いい…!」

「橘! んなこと言ってないで応援を――」


 瞬間、男の捻った腕がブチュッと不快な音を立てた。

 グチュ! ブチュッ!

 音が弾ける度に男は悲鳴を上げ、激しく抵抗する。


「ギャァッ! 助けてェ! 痛いよォ!」

「お、おい…」


 刃物を取り落とした男は、痙攣しながら床に倒れた。


「くそ! どうなってる!?」


 国元は男から手を離し、彼のコートを剥いだ。

 男の身体には黒い目玉模様が浮かび、その下から、グチュリと不快音を立てて眼球が生えてきているのだ。

 肉から生まれた暗い瞳が、国元を映す。

 そして、国元に捻られた腕には、潰れた眼球が濁った汁を垂らしていた。


「…ッ!」


 男の眼球まみれの姿を見た野次馬から悲鳴の大合唱が起こる。

 腕の眼球が潰れたショックで痙攣していた男は、口から泡を吐き始めた。素人目に見ても危険な状態のように見えた。


「おい! 誰か! 応急手当を!」


 幸い、ここは病院だ。

 国元が助けを求めると、恐る恐る医師達がやってきた。

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