メウツリ 荻原市連続眼球怪死事件

ささがせ

 死体が見つかったのは萩原市の繁華街に近いアパートだった。

 大学に現れない被害者を気遣った友人達が、彼の部屋で死体を発見した。

 死因は大量出血によるショック死。刃物で抉ったと思われる傷が全身にあり、両目も抉り取られていた。これらの外傷がショック死に繋がったと考えられる。

 しかし奇妙なのは、その傷が全て被害者自身の手で行われたという点である。

 凶器の包丁は、被害者の傍らに血まみれのまま放置され、柄には被害者の指紋が残されていた。

 ここまでならば、薬物を過剰摂取し、パニック状態に陥った被害者が自傷して死に至ったと推察もできる。

 だが、この事件は予想だにしない方向へと転がる―――



「先輩! 遅い! こっちです!」

「お、おう、悪りぃ」


 刑事の国元、そしてその部下の橘。荻原署刑事課の凸凹コンビと呼ばれる二人は通報を受けて現場を訪れた。

 方向音痴の橘にしては珍しく今日は先に到着しており、国元の到着が遅いと口を尖らせた。


「先輩、今回マジやばいですよ」

「いや、何がやばいのか説明しろよ。先に現場見たんだろ」

「聞くより見たほうが絶対早いです…」


 国元は、橘に急かされながら被害者の部屋を跨ぐ。

 そこには血塗れの被害者が伏している。しかし、それだけではない。


「ね、ね? ヤバいでしょ…?」


 被害者の横たわる洗面所にあるのは、彼の死体だけではなかった。

 ”無数の眼”が、転がっている。

 抉り抜かれた”眼”が、空に浮かぶ星のように血溜まりに浮かぶ。

 その濁った瞳の全てが国元を見つめているようだった。



 検死によって”眼”のDNAと、被害者のDNAが一致した。

 しかし、異常なのは、その数である。

 見つかった”眼”は35個もあった。

 そしてその全てが、被害者のDNAと一致しているのだ。


「これが全部被害者の物だって? 馬鹿言うな! 人間の目玉は二個だと決まってんだぞ!」


 己の両目を指で示しながら、国元は検視官に吠える。

 

「いえ…もちろんわかってます。35個の内、”本物”はちゃんと2つだけでした。残りは…その、詳しいことはまだわかっていませんが…―――」

「何だよ、はっきり言え!」

「その、腫瘤しゅりゅうというか、囊腫のうしゅのようなもの…みたいです」

「囊腫ってなんだ?」

「囊腫は、水ぶくれのようなものでして――あ、いえ、詳しいことはまだわかっていないんです…。あくまで個人的な見解で…。いまは各研究機関に情報を求めています」

「ちっ…」


 国元は舌打ちして踵を返す。

 DNAが一致しただけでなく、抉り抜かれた”眼”の肉片の断面も、被害者の傷と一致していた。

 つまり被害者は、全身に突如”眼”(囊腫)が生じ、その発作によって自傷に走り、命を落としたのだ。

 だが問題は、この”眼”が一体何故生じたのかだ。

 何者かによるバイオテロなのか、それとも、未知の感染症なのか。

 不安に揺れる捜査官達を更に揺さぶるように、事件は矢継ぎ早に新展開を見せた。



「先輩! たった今、死体が出たって連絡が! ―――また”眼”だって…」


 第二の現場は駅前のマンションの一室だった。

 国元らが現場に踏み込んだ時、そこにあったのは、およそ人間の死体とは思えないものだった。

 死体は既に死後数日が経過し、変色と膨張を始めていた。

 その膨らみに押し出されるように、眼球が血膿を伴って全身に”生えて”きているようだった。

 ”眼”が涙のように流す膿が、ベッドのシーツを褐色に汚している。


「うえぇ…」

「………」


 これには、国元も絶句せざるえなかった。


「これ、ホント、何なんですかね…」

「俺に分かるか。こいつも検死に回すしかねーだろ。それより、おい、事件のウラは?」

「あ、はい。発見者はマンションの管理人です。異臭の苦情を受けて部屋を訪ね、被害者から反応がないことから、警官を伴って入室確認したところで発見しました」

「廊下に監視カメラがあったよな? 発見者のアリバイは?」

「管理人さんは白です。ただ―――」


 橘は言葉を一度切り、表情を険しくした。


「被害者が部屋に入り、死体が発見されるまでの間に、女性の出入りが1度だけあったようです」

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