第30話



「明日迎えに来るから」と、ミャンはどこかに向かって行き、俺は先生とその場に残された。

戻りそうか? と聞かれたが自分でもわからない。

「じゃあ、これから、どうしますかね?」

時間を潰す為に毎回カラオケだなんだと行くのも気がひけるし……学生証を出したりするのがなんだか心苦しい。



 運転席からは、そうだなぁ、と、それだけの返事。考えてないのか。

どうにか、暇な間を持たせようと、「学校は、どんな様子でしたか」と代わりに聞く。

彼はあぁ、となんてこと無さそうに言った。

「錯乱した天園が、それこそ階段から落ちたようだ。それで救急車が走って行ったらしい」

「大事じゃないですか!」

なんてこと無さそうにいうから、てっきりなんにもないのかと思った。

「別になんてこと無さそうとかじゃないよ。ただ、その、リアクションするような、テンションがあがらなかっただけ」

「そうですか……でも、そっか、天園が……」

「お前を突き落としたことで、良心が咎めたんじゃないか? ほんとのところは本人しかわからないけどな」

「そうですか」


車が、エンジンをかける音。走っていく。

二人(と、とおい)きり。

でも、何処に?

 「それが戻ったら実際に確認に行くが、一応校内での見解は、バナナの皮はエイリアンの食べていた好物。それから、女子の本が別の本になっていた問題だが、あれも生徒同士を争わせる為の工作ということらしいな。闇桜も捕まえたし、しばらく静かなんじゃないか?」

「そう、ですか」

「俺に、成り代わろうとしていたということでいいのかな」

「たぶん、な。前段階として、もう少し難易度が低い天園に向かった感じかもな」

「はぁ」

景色が流れていく。何かしていないと嫌なことを思い出しそうだ。


「家、今帰ったら、母さんたち、居るかな」


 さっきグラウンドで、知らなかったの~とかまつりだまつりだ~とか、目の前で陽気に歌っていた母さん。




あれを目の当たりにして、朝の、刺身もあるからねと笑顔を向ける母さんと、重ねてみるけれど、ズキンと心が痛んだ。

知らない人にああもいいようにされて、集められて、工作に沿って発言しているのが同一人物で身内だっていうのがショックだった。

 だけど、どうせこれから大人になる。いつまでも母さんたちに掛かり切りというわけにもいかない。

下手に絡んで目を覚ませとか、そういうことを言っても、陰謀論者だの精神疾患だの、こっちの頭が疑われるだけなんだろうし、世間もエイリアンの存在を大っぴらにしてるわけじゃない。

別に、そんなに支障が無いなら、放っておくしかないかも。


(問題は、父さんたちだな……)


きっと、どこまでも、世界の果てまでも俺につき纏い、成り代わってやろうと追いかけてくるだろう。

ある程度の嫌がらせや、今日みたいな工作をされる事も覚悟していかないとならないと思う。






 車が走っていく。

やがて、それは、ファストフード店やレストランなどが連なる道に向かって行く。

「そういえば、昼まだだっただろ? 何処が良い」

浜梨がいつもと変わらない様子で言う。

ハンドルを握る手には、やっぱり指輪があった。

さっきのような光は発していないけれど、それでも輝いて見える。遺品。

マスターの。




「美味しい物が良い!」

「甘いの? 辛いの? それとも」

「うーん、よく、わからない。でも俺、これから、好きなもの、いっぱい作りますからね」


 自分をあまり出さないから、じゃない。そもそもが、そんなに持っていなかった。これからは、数えきれないくらい好きな物を持って、それで、いろんなことを知って、冬至にも伝えたい。

パパでは出来ないようなことも、ママはしないようなことも。それが、俺に出来る唯一の償いな気がした。

 家以外に居ても良い場所があること、生れる心があること。





――――うかれたり、好かれている自分が、嫌いなんだ



なんでなのか、どういう意味があるのか。

何処にも、名前が無いのに、誰からも呼ばれないのに。

怖かった。

痛くて、


そういえば、誰も、自分の事知らなくて、


何かを自由に認めてもいい世界があるんだということを、どこかに、その意味が落ちていることを、

 何もかもを共有され続ける俺たちは、あまりにも知らないでいる。

 見張られて共有しないものを持つという難しい課題をクリアしないと、持てないと思っているから。









 だけど今は、そう思っていた自分と、そんな誰かが繋がれば、きっと何でも出来る気がする。



「わかった、俺はサーモンが好きだな。寿司にするか」

「刺身、最近食べたから、違うのが良い」

「そうだなー。ファミレスとか行くか。メニューがいろいろあるし」



 車が走っていく。

これから先は、どんな思い出になるだろう。



 『みんななんでも知っていて、なんでも好きになれて、何もわからない自分は、そこに居るだけ』

誰かに聞こうにも、誰もが好きな物に夢中で、そのみんなの世界に入り込めない。


―――――何時かの自分は、そう感じてばかりで置いてけぼりだった。

 今は、誰かに、少しでも、好きな物や自分の思い出を持つことを、伝えたい。 




「そういえば、後で行きたいところがあるんですが、良いですか?」

車がファミレス方向に曲がっていった辺りで、思いついて言う。

「食事の話じゃないのか」

なんだか興味深そうに浜梨裕はこちらを見た。

「マスターの、お墓……」


言うと、少し寂し気に、だけどどこか嬉しそうに答えた。


「あぁ、ミャンも呼んで、行こう」



‐END‐

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