第27話 ほんとうのこと
闇桜の顔がアイスクリームみたいに液体になり溶けている。
桜色をしていた。その横顔?を眺めながら、改めて真実を噛み締める。
「そっか。俺を消すために、必死に、何年もかけて街中に工作をしていた、のか……」
彼女一人の計画じゃない。
それがすぐにわかったから、どう思ったらいいのか、迷ってしまった。
姉の繰り返し忍び込みメモを漁る行動は、恐らく、父さんが自分が居なくなった後も監視を引き継がせていたことによるものだろう。
本当なら俺に成り代わるにも、今まで関わってきたその他大勢の痕跡を消さないといけないので、そう簡単な話じゃない。
近辺を調べていたのなら、経歴も知っている筈なのだが……
彼らが過去に戻って賞を取ったりテストを受けたりすることは出来ない。
だけど、その根元にある『家庭』が、存在しなくなるなら。
父さんが、俺自体を消すなら、いつでも殺して成り代わらせる気で居たのなら話は別だ。それさえあればどうにかなったかもしれない、それが、ない。
そう。
これはただ、彼女たち以前に、最後の砦が、存在していなかった、という。
俺はただ、金づるの為にだけ生まれたのだと。
それだけの話なのだ。
「あのお方のにおいが……」
台から浮いて移動してきたとおいが、俺のそばに着地する。
「すると、思ったのに、なんだ、砂季か!」
「寝ぼけてるのか」
動揺を悟られないように、平坦な声で言う。
浜梨は何も言わずに、俺ととおいを見ていたが、やがて冷静に言う。
「ひとまず、学校に報告、するか……怪我のこととか、な」
ちらりと横目に見る闇桜。天園との関係も聞かないとならない。
「その前に、センターにだけ電話するよ」
と言って、彼が携帯電話を取り出す。
ぬいぐるみにもどったとおいが、俺の掌でじっとしている。
俺に逆らわなかったのも、本当は俺から「あのお方」のにおいがするから。
静かに立って居ると、このまま崩れてしまいそうだった。
泣く事すらできず、終わったのは今の騒動だけじゃないんだと、それだけがはっきりわかった。
2022年7月9日17時48分
闇桜はやがて、係の人によって車で送り届けられて行った。
顔が固まるまで、しばらくの間は表に出てこないだろう、ということで、少しの間の猶予が生まれる。現在、櫻の行方も追っているそうだ。
そんなわけで校舎に戻ることになったのだが、ふと、俺は自分の頭を思い出した。
「……俺は、校舎に戻れないです」
まだ、頭がお花畑になっているので、こんな姿で戻ってもびっくりされるだけだ。
それになんだか――――
前よりも、この姿が体に馴染んでいるような気がする。
「もしかしたら、身体が少しずつ宇宙人になってきたのかもしれないな」
浜梨が淡々と答える。
……そうなると、どうなるんだろう?
というのは、彼にもわからないらしい。
「もし全部、失っても、戻る場所って、きっと何処かにありますよね」
今はまだ、ギリギリ、食べ物を好きで居られる。
その食べ物を何かを理由にして否定されることも、今はない。
他人を好きで居られる。
俺を呼んでくれる人が、どうにか、居る。
呼吸が出来て、エネルギー供給が出来たところで、
大多数の誰かが認めてくれるわけじゃないからこそ、僅かな自我をかき集める。
だから人格そのものは存在出来なくなる日が、
消えてしまった自分すらも、笑われて、『変わった』と否定される日が、
俺たちにはきっといつか訪れる。
だけど、何処かにきっと居場所があると思う、だから、『変わった』からはもうさよならして、自分を認めてくれる場所を探そう。
身体が生きている限りは、どんなに心が無くなっても、歪んでも、最低限の『命だけは』続くのだから。
「そうだな」
2022年7月9日19時35分
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