第26話 物量作戦でパワーゲーム
いろんな施設が隣接して楽し気だったのでもう少し探索したかったのだが
とおいの検査が済むと浜梨はさっさと帰り支度を始めたので、俺もそれに合わせて車に乗り込んだ。鞄には小さくなったとおいが眠っている。
しばらく来た道を戻り、トンネルを抜け、グラウンドが目に入ったところで、学校の異変に気が付く。
「まつりだまつりだー♪」
まず、フェンス越しにすぐ目の前に見えた女の人がそう言いながら踊っている。何より、グラウンド中に、ラジカセか何かから、騒がしい太鼓と謎の音声みたいなのがドンチャン騒ぎという感じで大音量で流れ続けていた。
「母さん!? なんで!? なんのまつりが?」
まつりだまつりだ、と歌っていて目の前で踊っているのは、なんと母さんだった。停車した車から慌てて母さんの目の前に向かうも、俺の姿がわからないのか、なにやら歌を続けている。
「知らなかったのぉー! うふふー♪」
でも……なんの歌だろう。
「なっ、何を知らなかったの!? 母さん」
グラウンドで、カラオケ大会か盆踊りでもやっているのだろうか、他にも地域の人が集まってそれぞれ思い思いに歌ったり踊ったりしている。
「それはねぇー。知らないのぉ。知らなかったのぉー♪」
母さんは、会話にならない。地域の人たちの歌や踊りは、どれもラジカセの曲?とは違い、それぞれがそれぞれにやっていてとてもカオス。
「なんだ、これ……?」
よく見ると、冬至のお父さんも居る。
買い物籠を手に、ネギを振り回して、なぜかオネエみたいな口調で騒いでいた。
「あら、やだぁー。こんなにたくさん、買わなくって良いのよぉ!」
奥さん、と話しかけているのは、グラウンドを囲んでいる木だ。
朝に会った漁師さんと、お肉屋さんが、隣り合って車をぶつけたのはどちらかという話をしている。
「そっちがぶつかってきたんだろうが!」
「いーや!そっちが左折してきたんだ!」
「一体、何が……それに、なぜ、此処に集まって」
駐車場に車を停めに行っていた浜梨も、唖然とする。
学校だけでなく、その辺に居た地域の人まで集まって来て奇行に走っているのだから。彼の指輪はやっぱり光っている。
「どうして、こうなっているか、海鮮、いや、回想してあげようか?」
そのとき、校舎から人が出て来て、よく通る声で言った。
海鮮と回想は間違えないと思うんだけど……
日傘をさした、見知らぬ女の人だった。
深い緑の髪をした、まん丸の目を緑色に光らせる女の人。
呼応するように、浜梨の指輪が緑色に光っている。
「私たちと、人間は、熱中症と熱射病の違いみたいなもの。どっちかが動かしちゃいけなくて、どっちかが……どっちだったかな? どっちかが早く涼しい場所に移動しないといけない」
「お前の、仕業なのか?」
「そう。今乗ってる人間に飽きちゃって、乗っ取っても人間関係の悩みは無くならないのね。今の男よりもっと優秀な子がいいなって。夜中ずっと愚痴ってても仕方ないし」
天園がああなってしまったのも、彼女が何かしたからなのだろうか。
優秀以前にあれはただの催促する天才なだけなんだけどな。
「そしたら、若い子が昼間に密集してるとこ、って、学校くらいでしょ?
まず、生徒同士を争わせて隙を作って一番強い子から順に、暇つぶししようと思ったんだけど」
シリアスな表情で話す彼女の背後で、ラジオ体操だか、ドジョウ掬いのような声もどこかで聞こえる。
カオスだ……
「この前は姉さんがお世話になったみたいね。早いところ、まずは、あんたの周りから消してあげたかったんだけど……コイツが居ると、どうしてか、とおいは人を襲わなかったし、殺そうとする日に限って学校に居なかった」
殺そうとする日?
救急車が来たあの日。熱が出て早退したことはあったけど……
「さっきもそうよ!」
さっきもだったか。
「とおいって、あんたの犬なのか?」
思わず聞くと、苛立たし気に彼女はだから何?と答える。
「そこの男を襲わせた後で、帰ってこなくなったけど!」
鞄に居るとおいを呼ぼうとしたが、どうしてなのか、とおいは顔を出してこない。今になって、緊張でもしているのだろうか。
「どうして、俺を?」
浜梨がいつになく真面目な声で尋ねる。
彼女は吠え付くように叫んだ。
「実行されては困るからよ。あなたの提出した、バカバカしい再生エネルギー論! それに、あなたはエイリアンになったとはいえ家族を殺そうとしている!!」
「違う、あいつが、殺したんだ。大勢の人を……国の反逆にもなるような指名手配犯の手伝いをした……そのせいで、多くの人が死んだんだよ。
それは、変えようがない」
「それでも彼は、理想の人。私の恋人になる筈の人! 私の家族になる!命は平等でしょう!」
「マスターを見殺しにしておいて、何を言ってるんだ!! お前たちが、殺しておいて……全部嘘っぱちだ。
あのときもそうだった……犯罪者を『洗脳されたから』で庇って、
そのすぐ横では、何の罪も無い人が死んでた。お前たちが、嘘を吐いていて、
都合よく好きなやつだけ救おうとしてることはもう、わかってるんだよ!」
なんの話をしているのだろう?
俺には言っていない話だろうか。
後ろでは相変わらず喧しく音楽が響いている。
「そんな、そんなこと、しません!」
女の人が噛みつくように叫んだ。
「本当にそうだって言えるか? そのお前らの『守りたい家族』に殺されようとしていた俺の目を見て言えるのか?」
「それは……」
「あのときもお前らが罪の勘定をしている間に、人が死んだの、知ってるか? 命は平等なんて、嘘だよ。お前自身、人を選んでるじゃないか。あからさまに区別してるよな? お前は俺やその周りは死んでもいいと思っている。どこが平等だよ? 俺には守りたいとか、助けたいとか言おうと思うか?そういうのはしないくせに」
グラウンドから溢れてくる近所の人が、ゾンビのようにゆらゆらと揺れてこちらに向かってくる。
「こいつらを、元に戻せ」
「嫌! 私は、 彼だけは殺したくない! 死刑を回避したいー!」
浜梨は苦笑いした。さっき、俺たちを殺すと言う口から出る言葉はやっぱり、彼女の都合のよさを表していた。
「やっぱり、選んでんじゃねえか」
2022年7月7日23時24分
「もうやめろ、嘘を吐いてまで、皆を巻き込んで! お前の都合の良い妄想に付き合ってる時間はない!」
浜梨が何か言おうとしたとき、同時にわんわん! と声がした。
とおいだ。いつの間にか、犬の姿になっている。
「とおい!」
彼女、が目を見開く。
「とおい……仕事も出来ずに、そんな奴らと遊び歩いて居たのね」
「闇桜!!! わんわん!!」
とおいは嬉しそうに彼女に走り寄ろうとする。彼女は無表情で、特に反応しなかったが、とおいは嬉しそうに足元に居る。
感動の再会。
「さて、俺たちも早く仕事に戻らないと」
浜梨がこそっと俺に耳打ちする。そういやそうだ。公欠だったとはいえ、此処に居てもしょうがない。
学校の中は無事なのかも見届けないといけないのだ。
「待って!」
闇桜、は目ざとくこちらに気づいて日傘から足元にビームを放った。
そういえば、とおいもそういうのあった気がする。思わず足が止まる。
「そこのあんたも!」
「俺?」
「せっかく、みんなで頑張って工作ガンバったんだよ。男好きで、頭が悪くて、遊んでて、ってみんなに信じてもらう為に、私らがどれだけの人員を、あんたらの為に割いたか知ってる?」
「知らない」
俺は淡々と答える。知ってどうなるわけでもないし。
「賞でもなんでも、みんながその噂信じるだけで説得力が揺らぐ。少しでもあんたに底辺に居て欲しくて、残業したよ?」
毎日、毎日、雨の日も風の日も、いろんなところで、辛くても、悲しくても、毎日出会い系にあんたを書き込んで、掲示板も見張って、周りの人にも軽蔑してもらえるように、悪い噂だけ流すようにしたこの苦労わかるでしょ――――
「なのに。どうしてまだ消えないの? どうして、あんたを認める人が居るの?」
「知らない」
そうか。
あの謎の噂は、あいつらの工作だったのか。俺に少しでも底辺で居て欲しくて。
――――それは、成り代わりの為には必死になって進める必要のある作業だった。
その必死さは本人以上に俺の成績や評価を調べ回ってあちこちで手を打たなくてはならない、想像を絶するものだったはずだ。
「町の人、みんな、壊してるよ? いいの? 男好きで、頭が悪くて、遊んでて、ってみんなに信じてもらうために、みんな呼んで来たのに、無反応でいいの?」
先生以上に、俺が無反応なことが気に食わないらしい。
「みんなそう言ってるね。学校の人たちも」
「あんたのエピソードを、他の人が共有して、ぼやかされてくよ?」
「それは困るけど」
その人たちが認めてくれなくても、きっと、自分は自分だから。
「あんたの母親も、姉も、兄も、父親もよ! おかしいの、わかるでしょ、誰もあんたを認めない、底辺としか思わない、それなのに!」
「底辺としか思わない、は君の願望だろ? そのために、今まで、何度も何度も、必死に広めて、工作頑張ってるのは俺だって知ってるよ。すごく頑張ってて偉いね」
だけど、どうして、俺に拘るんだろう?
そこまでして、みんなを思い通りにするために。全力で工作をして。
難しかっただろう。俺じゃなきゃ、もう少し成り代わりが簡単だっただろう。それなのに、わざわざ、適正の少なそうな俺にしたのは。
――――それでも、まだ、サーモンとか好きな物があって、認めてくれる人も居て、否定しないでくれる。
他人ではなく、俺のことそのものを、砂季自身をちゃんと呼んでくれる人が居る。
それがどれだけ貴重で尊いことなのかを、知ることが出来て、俺は恵まれているかもしれない。
口の中でグミを転がす。
車から降りる隙に口の中に入れていたんだけど、時間は稼げただろうか。
こんぶうめあじが既に口の中いっぱいに風味を利かせている。
身体が少し光った、気がした。
ふわっ、と身体の中が軽くなるような変な感覚が襲ってきて、
――――っと。やっぱり、意識が飛んでた。
目を覚ます。
「!!!」
彼女が、驚いたまま固まっている。
一応、手鏡で確認してみたが髪は淡い青と銀の間みたいになり、頭からはふわっと一輪の花が生えて(小さな花もわずかに、髪飾りみたいにいくつか見える気がする)いるはずだ。頭を動かすと、ほのかにいいにおい。頭に広がる、お花畑。
お花畑の香りはサクラたちのようなエイリアンには、リラックスしすぎて萎えるような香りだ。
つまり毒。
しかし、闇桜の方はサクラと違って逃げようとしなかった。佇んだままくちゃくちゃと何かを噛んでいる。
「姉さんが寄生に特化しているとはいえ、ヤミはまだ力が弱いからな……」
闇桜が何かを噛む。わずかに体が光っている。彼女の光を浴びるたびに、少しずつ奇行を辞め始めていた人がまた奇行を再開する。
「みんな!! こいつらを囲い込みましょう」
人々が、いっせいにこっちを向く。操られているとはいえ、俺を底辺にするために必死な人たちだ。
いや、本来、力づくで変わるもんでもなし、そういうことをすると不正、にしかならないんだけれど。
「人間なんか、怖くないんだから。どんなに優れてようと、エイリアンにかなうことなんかないから」
わらわらと人が追いかけてくる。
花畑星人の香りとやらは人間には効かないので、俺がせっかくこんなに可愛らしい恰好をしていても、スルーというわけ。
「ひぃぃ、物量作戦だ!!!」
‐2022年7月8日10時59分
ぐるぐる、校舎を走り始める俺をよそに、浜梨は突っ立ったまま。
おーい。止めてー。
ぐるぐる、ぐるぐる、目が回っちゃうよー。
早く校舎に入りたいのだが、振り向けば周りに通せんぼされていて、
それも難しい。
「お前が左折したからだ!」
「いや、お前が直進したからだ!」
「違うね、お前が左折したからだ!」
「いや、お前が直進したからだ!」
俺を追いかけながら、漁師さんと肉屋さんの口論が白熱する。
「ドライブレコーダー無かったのか!?」
「おまえこそ、保険かけてるんだろうな?」
「なるほどねー、ふんふん、そういうねー」
唐突に割り込む女声。
姉、も来ていたらしい。姉の奇行はメモ帳をペラペラめくり続けること。
あれは俺がいないときに部屋でやっていたことの筈だが……
母さんは、やっぱり謎の歌を歌い続けているし、冬至のパパは俺を追いかけながらも、誰にともなく話しかけ、延々とママの真似らしきものを続けている。そのすぐ横では、ご近所の白タンクトップ爺さんこと『椿さん』が段ボールを山ほど運び出しながら、俺を追いかける為だけに、ひぃひぃ言っている。
「眼鏡眼鏡。どこにあるんじゃ?」
萌え系ドジっ子みたいなことを言ってる。
あと段ボールどっから持ってきた!?
「えぇっと……これ、どうすんの?」
あのときは、櫻に接触するだけで済んでしまったから、実質的に、必殺技とかは出せていない。闇桜はグラウンドの隅にある謎の置物、『朝礼台の名残』みたいなやつに立って、オホホホと笑っているだけだ。
障害物競争だと思うことにしよう。
走り回っているうちに、浜梨の正面を通過。
じっと携帯電話を見ている。
「せんせー、どうにかしてー」
「そうは言っても、市民を撃てるわけがないだろ」
「そうですねぇぇぇえ!!!!!!」
一言で片付いたので、そのままその場を通過。
さぁ、2周目に突入です。
物量作戦によるパワーゲーム、総攻撃を振り切り続けるのも、段々疲れてくる。冬至と違って俺はインドア派なのだ。
「これか、これか? それとも、これかの?」
椿さんが段ボールから、謎のペットボトル、謎のぬいぐるみ、謎のノート、謎の……と転がしていく。
いや、地面に転がすなよ!
謎のお面が出て来た辺りで、顔に装着してキメポーズ。
「ふがふが……ワシに監視されてると、思い知らせてやる!」
「くっ、お茶目なじいさんだぜ!眼鏡はどうしたんだよ!」
謎の歌を歌い続けていた母さんの携帯の着信メロディが鳴る。
「え、息子さん、走ってます!? 嘘、どこかしら……」
浜梨が鳴らしたのだろうか。
そして、携帯電話に反応はするが、目の前で走っていく俺には気付かないらしい。
「息子さんの秘密を送ります!? え、嘘、なにかしら」
勝手に送るな!
これはアウティング事案では!?
プライバシーとか人権よりも、チーム優先と言う汚い事案の先駆けでは!?
許せない……
浜梨への悲しみと怒りが頂点に達したときだった。
ふわ、と花のような芳醇な香りが、意識を覚ますかのように漂って来た。
なんとなく辺りを見渡すと、シャボン玉まで見える。
「これは……」
俺の周りから、シャボン、というか、花を纏った泡があふれ出していた。
どうやら、これも花畑星人とかの力らしい。確かに市民が騒いでいても、まず何処に怒りを向けていいかわからなかったしな。先生への怒りのお陰で泡があふれ出したのだろう。
「よ、よし、いけぇ、泡!!!」
俺の意思に呼応するように、泡がまるで生きてるみたいに人々にうねって向かっていき、それぞれに絡みつく。
「うわぁああぁ!!! なんだ、この泡!!!!」
無情にも、泡が段ボールを溶かしたりしている。
「ぎゃあああああああああ!!!!」
じいさんが鳴き声を上げた。
泡だらけのタンクトップだと、ある意味目のやり場に困る。
「眼鏡、眼鏡ぇぇっ!!!」
眼鏡を探していたが、ふと、「あれ? ワシはなぜ、泡だらけで此処に居るんだ?」と、意識が変わった。
段ボールは幻覚だったのだろうか、泡と共に消えていく。
「ドライブレコーダー設置を義務付けましょう」
「おう、そうしよう!」
泡を頭や顔につけた漁師さんと肉屋さんが手を握り合う。
「この手のは、集団の一人でも洗脳が乱れると、効力が弱まる」
浜梨裕が涼しい顔で言いながら携帯電話を閉じる。
グラウンドの外側に避難していた。
「そういえば、どうして、私、グラウンドに?」
ハッ、と気づいたように母さんが歩いていく。
漁師さんと肉屋さんが、「あれ、そういえば、俺らも……」と異変に気付いた。空から花弁が舞っている。
台の上から降りれなくなった闇桜が顔を真っ赤にして震える。
「な、なにこの泡ぁ……」
毒の泡なのだろう。
「とおい、なんとかしなさい」
とおいに助けを求めるが、とおいは黙ってぬいぐるみのフリをする。
なんだか青い顔をしているので泡は苦手らしい。
飛んで行けばいいのに、と思うけれど、あちこちにシャボン玉が浮いているからか、飼い主を遺していくわけにいかないのか、そうはしないらしい。
無情だ……
身動き出来ないまま、同時に、毒を吸い込み、呼吸もやや苦しそうに、闇桜が叫んだ。
「いくら誰かが認めようと! あんたを消す手段ならある!
例えば今地震が来たら普通の幸せだって、それこそ! 泡みたいに消えていく! 人だって! いつか思い知らせてやるから!」
「こいつらの行動、そもそもがなんだか引っ掛かる」
街に戻っていくのを見届けながら、浜梨が言う。
やっと走るのを止めた俺も、そちらに近づく。
「俺も……先生の行動も引っ掛かりますが」
「誰かの意識を乱すのに、母親が一番てっとり早かったんだって。俺が職業上の理由で連絡先知ってるの、此処くらいだし」
「何を送ったんですか?」
怒りで笑顔になる俺の横で、とにかく、グラウンドに残っているのが闇桜ととおいだけになっただろ、と、逃げようとする浜梨裕は、躊躇なく懐から出した銃を脇腹辺りに撃った。
一発、二発。
闇桜がコテン、と台の上に横たわる。
「お前が気を引いてくれて助かったよ」
浜梨はぶん殴りたいような笑顔を向けた。
ちなみに、その間、とおいは、闇桜を守ろうとするかと思いきやかわしていた。
「…………」
痛いのは嫌らしい。
にしても、そう。引っ掛かる。そう、彼らはグラウンドに集まる以前に、普段から、まるで、監視を義務付けられているみたいな行動をしていた。
2022年7月9日15時28分
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