第24話
先に行っていろと言われ廊下に出る。
階段のところで夏に向けて短い角刈りにしている天園に会った。
緋見矢 天園(あまぞの)。自称天才。
「いいレポートはそれに見合う催促でできるっつってね!」が口癖で、いわゆる、指示待ち人間。困ったことがあると『恋人』やら『周りの人』からアドバイスをもらうためだけに人に好かれようとしているふしがある。
「……あれ、お前、授業は?」
「次授業だから、先生呼びに来たんだよ」
「催促の天才だけにか」
「んだよ、非行の癖に。呼び出し、どうだった?」
『そのままの自分を、そのままじゃないとさえ思い込んでる。別の自分がどこかにいるはずだと』
急になぜか随分前に聞いた浜梨裕の声が、蘇った。
どくん。と心臓が早鐘を打つ。
『遊んでいる自分が』『遊んでいない自分が』『俺自身が』『私って誰なんだろう』様々な声が、沸き上がり、揺さぶる。
動揺を悟られないように、出来るだけ平静を装って言う。
「どうって、普通に……進路のこととか、話してただけ」
「なぁーんーだー。つまんね。あと、前も抜け駆けしただろ。次のレポートは一緒に出そう、な?」
無視して階段を上る。
踊り場のところで、また、見つけた。
――――黄色い皮。バナナの皮。
「これ、さっきは無かった」
彼が不思議そうに言う。
既にもう授業が始まっている時間だ。俺たち以外、特に出歩く生徒も居ない。
一体、誰が、どこでバナナを食べて居るんだ?
俺たちのやり取りを聞いていたのだろうか。
バナナの皮を拾い上げ、コッソリとコンビニの袋に入れる。
残しておこうと思ったが、誰かが滑って転んだら危なすぎる。
俺が黙ったままでいるからか、なるべく授業を遅らせたいのか、天園はいつもよりも話しかけてきた。
「そういや、いつも一緒にいた、冬至、どうしたんだよ、急に休むし」
「あぁ、なんか、怪我?がすごいらしくて」
「そうなんだ。やべぇな。うちのクラス。今学期になって特に、バナナの皮で転んだり、喧嘩したり、急激にいろいろ起きてるし」
「確かに、急に、先生も変わっちゃうしな」
もうすぐ、教室に着く、というところだったが踊り場の途中で、天園がぐっ、と腕を掴んだ。
「え」
後ろに、引かれる。
まずい――――と、思ったところで彼が腕を離す。
その目が、不気味に光っていた。
身体が宙に投げ出される。
「う、わ……」
階段を上っていく音。浮いたままの身体が着地点を探して、重力を伴ってゆっくりと落ちていく。
天園、どうして――――
「悪いな。こうするしかなかったんだ」
誰かの声が、聞こえた気がした。
2022年6月14日2時10分‐2022年6月17日0時53分加筆
目を覚まして最初に見たのは、保健室の天井。
なんだか、ゲームの主人公みたいだなと場違いなことを考える。
身体をあちこち確認してみたが、不思議なことに、何処にも痛みを感じない。軽い打撲のようなものはあったものの、他に際立った怪我は無さそうだった。
冬至と揃って学校を休んだらどう冷やかされるかと思ったのだが、このぶんだとそれは心配しなくて良さそう。
のそのそと起き上がり、ひとまず、周囲がカーテンで囲まれていることを確認。
それから、改めて、さっき?のことを回想する。
「まさか、あの催促の天園が……」
自分は今どんな顔をしているのだろうか。
サクラのことも、思い出す。
――――そういえば、自分に近づいてくるのは、みんな、誰かに成り代わるために近づいてくる人ばかりだ。
(冬至だけは、そうじゃなかった……?)
それとも、冬至も、このまま友達で居たら、そうなっていた可能性があっただろうか、と考えそうな自分が恐ろしい。
悪い噂があちこちで流れている中で近づいてくるような人となると、良い人か、噂を流す当事者かしかいない。
だけどそれにしたって、なぜ俺なのか。
なぜ、俺が狙われ続けるのか。
(いや……そもそも、父さんが)
『こうするしかなかったんだ』
彼が言っていたのだろうか。ただ便利なツールとしか思っていなかったのだろうか。
考えたところでどうにもならないけれど、便利なツールの為にでも、嘘で関係を築けるなんて案外器用な奴だったんだなと、少しだけ感心する。
「前に、読書感想文かなんかで出したことがあっただろ」
突然降ってきた声。
びっくりして、悲鳴を上げるとカーテンが開き、浜梨裕が偉そうに顔を出した。
「え? あ……はぁ」
「それで、同級生に送り込んだのかもしれないな」
突然、何の話をされているのか。というか、えーと。
「あの」
俺は混乱した頭でせいいっぱい切り出した。
「大丈夫とか無いんですか」
あぁそうだったな、と彼はどこか、泣きそうな声で付け足す。
「いやー、すごいよ砂季。いきなりお前が降ってきたときはほんと焦った。慌てて走っても間に合わなくてさ。俺の責任になるだろうし、こりゃやばいと」
確かに、目の前の彼はなんだか心なしか疲労でやつれていた。本当に心配したのだろう。
「後で駆け付けたら、あのグミの体質変化の適性があったのか、もともと丈夫だったのか、殆ど怪我無かったな」
「……そう、ですか」
そりゃ凄い。
あの花畑星人?にも、とんだ副作用があったわけだ。
「で、さっきの話に戻るんだけど」
ギクッ、と俺はなんとなく身構える。
「お前を突き落としたのは、天園だな?」
「なんで……」
俺は何も言って、無いのに。
「いや、普通に、俺を呼びに来たとか、レポートのこととか、勘」
「勘」
どう、言えばいいのかわからなかった。別に天園を立てようとか庇おうとしたわけじゃない。
ただ、これまでに、利害関係無しで近づいてきた人が居ただろうか? と、少し、わからなくなりそうだっただけで。
「で、でも、レポートとか、読書感想文とかが一体何の」
「芸術やスポーツの才能とかがあると、成り代わりが極端に難しくなる。お前の部屋を見た時にも思ったんだ。
これだけ才能があって、どうして、砂季はお前に成り代わろうとするエイリアンに狙われるのか?」
確かに、個人情報とセットだし、学校や塾に所属していれば才能を他の人も保証してくれる。
「これを覆して成り代わりを行うのは難しい。ただのコピーでは、他者の認識との齟齬が生じたときにすぐばれてしまう。とすると。
もみ消せるようなバックがあるか、殺す準備をしているかしかない」
「……せんせ、それ、何の、話」
嫌な嫌な予感がする。
嫌な。でも、わかりきっていた。
冬至のことが、脳裏にちらつく。
お父さんを殺せないから、冬至は、ママになり、そして、永遠に、ママ以外を否定し続ける。
「ねぇ」
もみ消せるようなバックがあるか、殺す準備をしているかしかない。
「同級生に忍び込ませて、同じレポートを書かせることで、お前に成り代わるのが難しくなる環境を消そうとした。
お前の提出するものと、天園のレポートはいつも似てたからな」
利害関係無しで近づいてきた人が居ただろうか? と、少し、わからなく――――
「天園が……その為に」
いや。それだけじゃない。
「しかし、そんなことを続けても、賞を取れたのは、いつも、友郷砂季の方だった。天園は形だけ真似ただけで、中身が伴っていなかったからな。成り代わるのは難しくなる一方だった」
――――だから、『こうするしかなかった』?
「冬至は学校から消して……それで、次は俺も消すつもりで……そんなこと、するために、安全に、より価値のある人とかに成り代わる為に……?」
わからない、でも、わかりきっている。
だけど、分かりたくない。
「天園もだが、背後に居るのはやっぱり闇桜だろうな。好物のバナナの皮も学校にばかり落ちているし」
「先生」
両腕を浜梨に向かって伸ばす。
「ん?」
彼は不思議そうにきょとんとこちらを見る。
こういうときばかり、察しの悪い浜梨裕だった。
「ん? じゃなくて……起き上がるの、手伝って……」
だんだん恥ずかしくなり、やっぱいい、と布団の中に隠れようとするところで、からかっただけだ、と屈んだ彼の両腕が伸びてきた。
包み込まれた腕の中から俺より高い体温と、鼓動の音を感じる。
「大丈夫だよ、砂季」
「うん……」
マスターが死んだとき、彼はどんな想いだったのだろう。
冬至が死んだとき、俺は、何も出来なかった。
悲しみに暮れることすらもいけないことのような気がして、だけど、悲しかった。
「わかってた。父さんは、俺が存在することを望んでいないって」
「そうか」
「エイリアンもそうなんだ」
「そうだな」
「誰かが、いつか、俺の存在、俺の賞、俺の、全て、いつか、望んで、くれるかな」
「そうだな」
「なんでだろう、冬至を見て、悲しかったのは、俺も、そうなってたかもしれないからだけど、今も、まさに、その渦中だったんだな」
父さんが、あのエイリアン……ナンベイジャガイモ? だったら、なんて思いそうになる。
冬至のときも、そう、言いかけたけど、言わなかった。
言っても良いのかわからなかったし、言えたとしても、何の救いも無かった。
こんなに悲しいのに、なぜだか、涙が出てこない。
それでもただ深い悲しみだけが、心を満たしている。
ぎゅっと抱きしめたスーツの背に、皺になれ、と、どうでもいい呪いをかけてみる。
「というわけで。授業はサボるが、今回は特別に公欠で、緊急会議だ」
抱きしめたまま、耳元で彼が言った。
2022年6月14日2時10分‐2022年6月17日0時53分加筆
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