第23話 その後
謝罪発作が起きたらどうしようかと思ったが、無難に済んだようだった。
家の陰から二人を見守っていたものの、これならどうにかなりそうだ、と俺は深く息を吐いた。
「はぁ、よかった」
冬至のようになった人物に対して、その周囲の人間は大きな感情で一方的に世界中に謝ることがある。自己満足というものだ。
その際、当人は強いショックを起こしてしまう。
何かを許すという行為は、自我と共に過去の記憶の照らし合わせが行われる為、精神的に負担が大きい。
それが破壊された人間にとって、大声での謝罪や、許すことを迫ったり待たれたりするのは耐え難い苦痛でしかない。
照らし合わせるものすら持っていないのだから。
それを、あの頃は――――昔は、知らなかった。
だから「許すまで待つ」なんて、追いつめるようなことを言ってしまったんだ。
「馬鹿だったな……そんなものが必要なのは、自分だけだったのに」
ふと、ミャンが何も喋らないことに気が付き、振り向く。
何やら真面目な顔で端末を操作していた。
「ミャン、何か?」
「いや……まさかな」
ミャンはやけに真剣に呟いて、それから冬至の家を見上げる。
「冬至がどうかしたのか」
「あの親父。本当に人間なのか? って思っただけだけど」
「ミナポンだっていうのか?でも 全然そんなにおいはしないが……」
ただ、人間の身体に馴染んでしまえば、近づかないとわからないくらいになることもあるという。
俺は、諭すように、自分に言い聞かせるように呟いた。
「気のせいなのか、違うのか、どちらにしても、少なくとも今はエイリアンじゃない。父親だ。どんな父親だとしても、父親を殺すなんて子どもが可哀想だから、俺たちはちゃんと見届けよう」
言ってみたが、ミャンは何も答えなかった。
代わりに不愉快そうに顔を逸らす。
父親を殺してしまうのは、あまりにも可哀想だ。それを、想像していたんだと、思う。
『みんな必死に生きている。そのなかにエイリアンに怯えて生きているやつもいる。『自分』を奪われたら、生きていけないから、みんな必死に守っている。嫌悪も好意もそれを脅かす意味では同じだよ、裕』
なんとなく、あの日の彼を思い出した。
彼は、端末を見たまま、ぶっきらぼうに言う。
あの時櫻とやり合ったことで、少しは、俺を信頼してくれたんだろうか?
「学校で起きていた騒動のこと」
「え?あぁ」
「センター側で指名手配されてる『もう一人』かもしれない、なんか知らない?」
「もう一人? そんなの聞いたことがない」
「せんせーの居ない間に、いろいろとあったんだよ。櫻の後輩。こっちはまだ子どもで闇桜って呼ばれてる。要は――――ガキ」
どうして、そんなことを言い出すのだろう?
不審に思っている間に彼は嫌そうな表情のまま続けた。
「今、探してるんだけどさ、好物だって言われてるバナナが道に散乱していたこと。行動範囲が学校近辺なことから、生徒として通っている可能性があったから、ボクはずっと張っていたってわけ。少し前までは南鳩って名前で隣町に住んでいたらしいけど、見た目くらいは変わってるんじゃない?」
南鳩……
「ねぇ、裕せーんせ。 前も言ったけど、本部に戻って来てエイリアン殺そうよ、昔みたいにさ。人間と打ち解けるなんて無理だよ」
――――あいつらは、やっぱり異常だ。今も俺はそう思ってる。だから、昔を軽んじたい訳じゃない……
でも、マスターを探すだけじゃ、昔と同じことになる。
「ん? バナナ?」
ちょっと前の放課後、何人かが、バナナの皮で転んだとかって職員室で話題にしてたような。
それに、授業で女子の教科書から居の持ち物のいかがわしい写真が出てきたり、宇宙中たちが口論になって殴りあいになって、救急車呼んだだとか。
「生徒に成り済まして、バナナを食べてる生徒がいるのか」
ミャンのことを疑っていた自分を恥じた。
「やっぱ、生徒に居るんだ?」
「それは……」
ミャンは俺の横の塀を、だんっ、と蹴った。どうやら、何かを怒っている、
「まさか、この機に及んでも、生徒が可哀想、父親が可哀想って言ってるのか?」
「だって、お父さんは……可哀想だ! 愛する人を失っただけなんだ! それなのに理不尽だと思うぞ。冬至にだって父親が必要なんだ! 可哀想だろ!?」
ミャンは、『俺を』可哀想な物を見る目で見て、大きくため息を吐いた。
「そうだな。愛する人を失ったせいで、おかしくなっちゃったんだからな!」
と、無理やり笑顔で言うと、もういい帰るわ、と、夜の街に溶けていった。
2022年6月7日19時58分
────清清しい朝!
目に飛び込んでくる一面の青空と朝焼けの名残。ひんやりとした朝の空気。
ひさしぶりに、歩いての登校をする早朝6時。まだ、学校が開いてるか開いてないかという時間帯に、俺は普段の道を歩いていた。
ちょっと一人で考えたくて。
浜梨もまだ家で支度をしてるだろう。
(冬至と待ち合わせて学校に向かったりもしたな……)
冬至の優しい笑顔が懐かしい。
あの頃が懐かしい。
寂しくないと言えば嘘になる。
だけど、人はいつか死ぬ。死とは、なんなのだろう?考えれば考える程にわからなくなる。
冬至は俺が知らないところで、きっととても辛い目にあっていたのに、肉体だけでも死のうとはしなかった。だけど、それでも冬至が居なくなっちゃうなら──死ぬのなら、肉体だけじゃ、冬至は居ないのと変わらないのにな。
あの頃のノリで語れるやつは居なくなった。
現代でも、人格の完全な消却については準殺人とは認められていない。
ママを使い続けるための部品。
それが、自分が居なくなってしまった家、そして、父の中からも消された冬至の存在。
あれは、もう冬至じゃない。
冬至は生きてない。
生きる、って、死を選んでまで続けることなのか?わからなくなる。
「環境が、心を作るなら──
いつか家を出て、
冬至の性格や趣味や好み、思考、やりたいこと、全てを冬至のものとして認めて呼んでくれる人と環境に出会って──そしたら、そしたら……」
それが何年後なのか、実現するものなのか、俺には想像もつかない。
自我を守る為に自殺があるのなら、冬至は案外、自殺するという自我すら、守る自分すらもとっくの昔になくしていたのだろう。
これを強制的に行うのがあのエイリアンたちというだけで、人間社会でだって行われて来たんだと思う。
「お。今日は早いね」
道の途中にある海辺で、船の点検をしているおじさんと会った。
何のかは知らないけど、いつもの作業着?を着て、タオルを頭に巻いている。漁師らしい。
「あ、おはようございます」
「なにか、良いことあったか? いつもギリギリに行くのに」
「いえ──なんとなく、早起きしたので、おじさんは……」
「恋人のメンテナンス中」
そういって、彼は愛しそうに、船を撫でる。
「前は、魚が恋人だって言ってたのに」
「そ、魚も恋人! 海も恋人! ハハハハ!」
恋をしているからなのか、なんだか輝いている。
「好きな人がいっぱいいて、良いですね」
刺身と付き合っているかもしれない人を紹介するか数秒迷った。
先生も刺身のことが好きなんだと言ったら困らせてしまうかもしれない。
性的には見て居ないって言ってはいたけれど、本当なのだろうか?
まぁ、今はとにかく、学校に向かおう。
おじさんに手を振って、俺は先へと急ぐ。
親に似ていると言われた顔が、アスファルトの地面に出来た水たまりに反射している。少し寂しそうな顔。
親の印象から少しでも変えられたら、と思っていたことがあったけれど、それが遊んでいそうと噂になったっけ。
「次の冬至と、仲良くなれたら良いな」
無理矢理笑顔を作って、走る。
鞄の中で寝ていたとおいが、ぅわん!と鳴いた。
6月9日18:14
「いやー、寿司は良いわねぇ、さっぱりして! あっさりして! 今日は手巻き寿司にしようかしら」
「いいなぁ。うちは何だろ」
――――2時限後の休憩時間。俺は携帯電話を肩で抑えながら、
片手で自販機コーナーでメロンパンをむさぼり、カフェオレを飲んでいる。
電話の相手は冬至。
彼はまだ少し休養するみたいだが、落ち着いたら登校するらしい。
ただ――――元の人格が戻ってこない以上、前のように学校に馴染めないかもしれない、と冬至は言った。
父親に、ママの人格以外を放棄させられたので、今は知らない生徒ばかりなのだ。新たに教室に馴染みなおす必要があった。
それにしたところで新しく生まれた冬至を受け入れられる人ばかりではないし、なによりも、友人たちへの説明にしたって何があったのかと追及され続けることに耐えられないかもしれないとのことだった。
「教室へは……もしかしたら、もう、戻らないかもしれないわ」
まぁ……ママになってしまうなんて、さすがに、クラスメイトも想定しないだろうし、お父さんが可哀想だから誰も冬至を救うこともないだろう。
わかってる。俺に出来ることなんて限られている。
「そっか。でも、近所に住んでるんだし、その、冬至がよければ、また遊んだりしようぜ」
「えぇ。そうしましょう。嬉しい」
少しでも元気が出たなら良かった。
そう思いながらストローでカフェオレの最後の数滴をすすって――――
キーンコーンカーンコーン!
呼び出し用のあのチャイムが鳴らされる。
「げっ」
まだ自分と決まったわけではないのに、反射的に呻いてしまう。
そう、まだ自分とは決ま――――『友郷 砂季、職員室まで来なさい』
大音量で、それも、アイツに呼ばれる俺の名前。
「やっぱりかー----!!!!!」
――――実は、今朝も、バナナが廊下に落ちて居たり、男子生徒が突然謎の踊りを始めたりと朝から騒がしい。
呼ばれたわ、と通話を切り、それから、メロンパンの残りを食べる。
今朝は早起きしたし、なんだか小腹が空いていたので、登校時に買っていたのだ。おかげで空腹は満たされたし、菓子パン一個でも、とても優雅な朝食という気分だった。
廊下を歩いて居たら、トイレの陰から、男子生徒たちの嫉妬交じりの話し声が聞こえてきた。
「また砂季だ」
「うわっ! また、女子でもたぶらかしてたのかな」
「遊びで補導されてるってやつ?」
(だから、遊んでねぇっての)
「最近多いよね。先生に呼び出されるの」
ギクッ。
冷や汗をかきながら、なるべく足音を立てずに職員室に向かう。
横目で生徒たちがある程度階段を上っていくのを見届ける。
これで変なタイミングで浜梨裕が出て来て「おー!来たか 砂季ぃ!」とか言ったらぶん殴りそうだと思ったが幸いそんなことにならなかった。
「失礼しまーす」
2022年6月14日0時48分
「やっと来たな」
デスクの前でなにやらプリントを纏めて居た先生は、俺を見るなりそう言った。なんだかやけに真面目な顔をしている。
ので、俺の方が戸惑った。
「せん、せ……?」
一体どうしたんだ。いつものようなふざけた顔をしていればいいのに、
「冬至はどうだった?」
なんだか悲しそうに聞かれて、今までヘラヘラと話していたはずなのに、急に泣きたくなった。俺が冬至と通話していることも知っているのだろう。
それはそれとしても――――なんで今日に限って、真面目な顔してるんだ。
釣られそうになるから、いつもみたいにふざけて居ればいいのに。
どうにか踏みとどまると、なるべく笑顔で答える。
「元気そうですよ」
教室には戻らないかもしれない。
冬至は、父親に殺されたんだ。
例え、生きている、肉体が残っていると主張しても、あの冬至はもう居ない。
浜梨裕は、それじゃあ、と他の教員に軽く会釈すると、俺を連れて近くの空いている会議室に向かう。
ドアを閉めるなり、真面目な表情のままで言った。
「職員会議でも密かに話題になっていたんだが、バナナの怪事件が起きているのは、お前のクラスが中心になっている」
「怪事件ってか、バナナの皮の不法投棄じゃね?」
浜梨は無視して話を続けた。
「それで、昨日、ミャンとも話し合ったんだが、エイリアンがクラスメイトの中に紛れているかもしれない」
「えぇ!?」
「クソだな!」
ポケットに入っていたとおいが、久しぶりに鳴いた。
「とおい、シーっ、静かに」
「なんだよ!うぅー」
とおいに注意するも、なんだか不満げ。でもしぶしぶ大人しくなる。
でもなんでミャンが先生と……と、言おうとして、そういえば、ミャンさんは先生と同じ施設に居たことがあって、そこでエイリアンを殺してたとか。なんとか、どっかで聞いたな、と思い返す。
「それで、どんなエイリアンなんですか?」
「肉体が生徒に成り代わる程度にまだ子供で、コードネームが、闇桜、ということ以外、わからない」
「サクラ……」
「あぁ、サクラの、後輩みたいなものだな」
「……それ、って、誰かが今も、狙われてるってこと?」
浜梨は黙った。
「――――可能性が、高いのは俺たちだけどな」
「そ、そうかなー」
「櫻の姿を知っているのも、お前と俺とミャンくらい。最近は、お前のフリをした出会い系も減ってきたが、まだ狙う可能性が消えたわけじゃない」
でもでも、バナナを食い散らかす以外で、俺に関することはまだ起きていない、よな?
「あのグミ、最悪の事態のときは、もう一度、食べてもらうかもしれない」
「えええ……みんなの前で、あの、頭がお花畑になれって!? そ、そんな恥ずかしいこと……」
「先生に抱きしめられるのとどっちが恥ずかしい?」
浜梨は、ふっ、と笑ってキメ顔?で、頭を撫でてくる。
「が、頑張ってみよう。花畑」
「おい」
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