第19話 ママになること
浜梨が語ったのは、二人とマスターがエイリアンの血が流れていて同じ施設で育ったこと、そこでは人間の為にエイリアンを殺していたこと。
幼馴染は自分たちを怪物のようにした人間の為に自分たちの種族を殺しているのにずっと疑問を抱えていた、ということだった。
大きくなってそれを知っても、先生は人間側に付いた。
「恨まれても仕方がない……それほどに、俺たちと、人間の隔たりは大きい。
あいつは、教師になった俺を見に来たんだ。
許さないと挨拶をしていった。迫害を受けてきた側に居ながら、その真逆に立つというのがどういうことなのか、深く考えたことが無かった。悪いのは俺なんだよ」
「そうですか」
よく、わからないけれど、その幼馴染を恨むなということなのだろうと解釈する。べつにこちらに害が無いのなら、エイリアンだろうと幽霊だろうと関係が無い。し……
「それで蹴られてたんだ!? ださっ。あははははは!!」
思わず吹き出すと、「いや、わりと痛ぇんだぞ……」と言いながらも、頭をぐしゃぐしゃと撫でていった。
「帰ろう。日が暮れると危険だ。冬至とのことは、車の中で話してやる」
その前に、と、メールの話を蒸し返され、
車内に戻ってもまずその話だった。
「昔、ある人からいじめられてて……
相手がチョコレートとかを送りつけてきてずっと食べるまで見張られていたことがあったんです。
それで追い込まれて自殺を考えて……
今もときどき、キーボタンを押そうとすると、何か送りつけられるんじゃないかって、考えてしまうだけで、大したことじゃないので」
「そうか……ならいいが。冬至のことも、あいつは関係ない。」
2022年1月9日17時04分
車から流れる風景を横目に見ながら、ぼんやりと考えた。
――迫害を受けてきた側に居ながら、その真逆に立つというのがどういうことなのか。
自分と共にいるふりをしながらも、先生は結局自由に他人を好きになれる。彼だって異端のくせに、それを許してしまうような身勝手な奴だった、なんて、そんな風に、目の前でふるまわれて、人間の側につかれたら。
自分たちが抑えて来たもの、殺して来たものを、まるでなんてことないもののようにされていたら。同族は殺すのに人間は守れなんて言い出したら、俺でもキレる。
(それによって迫害されてきたんじゃないのか? どうして、そんな、踏みにじるような真似を? よく、蹴るだけで済んだな)
「関係、本当に無いんですか」
「俺への当て付けとかとはな。直接的に、攻撃をしかけてやろうとしたわけではないらしい。ママになれと強要し続けるお父さんがその為だけに自分のものを消していってて、冬至の中に二人も人格が入る隙間が無いから、自分を消すようにと頼んだみたいだ」
「冬至が……ママになるために?」
なんで、そこまでしてママにならないといけないんだろう。
何のために生まれて来たのだろう。
自分自身として扱われることの無い生活なんて想像もつかない。
何が好きで、何がしたいかが、自分を形成する。
今の俺でも、好きな物があるというのがどれだけ大事な、特別なことなのか、侵されてはならないのかは身に染みてわかっている。
「そう、ですか」
もしかしたら記憶を消しているほうが、冬至にとっては幸せなのかもしれない。ママになるだけで、死ぬわけじゃない。
でも、それだけだ。彼が、ママとして幸せに生きることが出来るなら。
だけどそしたら、冬至は、もう、居ないんだな。
二度とグラウンドを走る彼を見ることも、放課後にくだらないことで集ったりすることも――――捨てるのは、俺の方だ。
冬至は死んでいないだけで、存在しない。
ママになるというのは、そういうこと。
「しかし、ミャンのやつ元気そうで良かったなぁ。俺はまだ、あいつと、友達に戻れると思っている」
寂しそうな目で、彼は呟いた。
「!?」
この人、馬鹿だ……
さっき自分が言ったことがわかってるのか。
「…………どうかした?」
ふと、信号待ちをするタイミングで振り向かれ、俺は首を横に振った。
「なんでもないです」
死んでいないだけで、存在しない。
冬至は、ママになる。
マスターも。
だとしたら、
エイリアンと、人間の違いって、何だろう。
俺や、浜梨や、ミャンさんが抱える感情は、一体誰の為の、なんなのだろうか。
「我儘、なのかな……」
誰にともなく、ぽつりと呟く。
冬至は、あの家では生きられない。
誰も彼自身を求めて居なかったから、ママになるしかなかった。それなのに、俺は学校に着くなり「おかしい」と言った。
「冬至に戻って欲しい」という態度が表に出ていた気もする。
戻った冬至の人格はどうなるだろう?
たぶん、自分を壊す為には物凄く勇気が必要だった筈だ。独りで、いっぱい考えて、悩んだ筈だ。
なのに、それを嫌だと思ってしまった。
せめて俺だけでも、ママになる冬至を認めてやるべきなんじゃないのか。
違う、そんなことじゃない。そうじゃない。
「……どうして……。ママと、冬至は別の人間じゃないか……お前の母さんと遊んだことなんか無いぞ。なんで、そんなことするんだ。
そこまで、大事なことか?」
後部座席からは運転をしている浜梨の表情はあまり窺えない。
けれど今だけはそれがありがたかった。恐らく悲痛な顔になっている自分を見られずに済むのだから。
2022年3月30日17時00分
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