第18話 黄色が…


 それにしたって、エイリアンのことが気になって仕方がない。




放課後。

ぽつんと教室に残りながら、俺は唸っていた。

 部活に行くやつが多いから、放課後の教室はがらんとしている。

こんなふうに間抜けにうつぶせて唸っていたところで誰も見ていない。

あ、普段なら教室だって吹奏楽部が練習に使ったりもするんだけど、最近はなにかのイベントでほとんど体育館や音楽室に集まっている。


「とおいが言っていた、浜梨が何も言わなかったエイリアン……」

エイリアンをどっかに引き渡すだの言ってるのに、彼は庇っているようにも見える。そういえば、この前の傷は、エイリアンによるものなんだろうか。

 でも、だったらどうして何も言ってくれないのだろう。

いくら考えてもわからないけど、刺身のときとは違ったもやもやが生まれる。


「でも、冬至の件は、エイリアンじゃなくって、パパだっていうし」

あ、もしかして、とおいみたいな、宇宙犬タイプかもしれない。

 宇宙犬に襲われて、でも、捕獲しそこなって……いや、だから、だったらどうして何も言わないんだ。自分が何を考えようとしていたのかわからなくなってきた。

「人じゃなくたって、刺身じゃなくても、もしかしたら、犬のことが好きかもしれないし」


 犬のことが好きだというのは考えられる。

 っていうか、犬好きそうだったし……性的に見ているというのも十分にあり得る。冬至が大変だってときに、俺はなんでこんなことを考えているんだろう……彼にも言いたくない事の一つや二つや三つあるはずで、それは、俺には関係が無いのに。

もし、犬のことが好きだったら……犬って、簡単に舐めたりするし……

っていうか、犬なのかわからない。考えすぎは良くないな。


「俺はあいつ嫌いだけどな」

ポケットから出てきたとおいが、うゎん! と鳴いて、肩がビクッとなる。

「なっ、なななななん」

「声に出てたぞ!」

とおいに言われて一気に恥ずかしくなった。

「聞けばいいじゃないか。そのエイリアンとはどういう関係なんだって。敵と手を結んで居るかもしれないと考えるのは当然だ。あいつは、エイリアンのことを何も言わなかった」

「とおい……お前も、言葉が喋れたんだな!」

「感動するのそこか! クソだな!」


確かに、じっと考えていてもしょうがない。此処は本人に聞くのが早い。

もし明確に答えが聞けなくても、反応から推理するくらいは許されるだろう。

――冬至は、今日は早退だったようだ。

昼間に先生がカバンを持って降りていくのを見た。

これから、学校に来ないのだろうか。


 どうしたらいいのかは、わからない。

けど……でも、もし、エイリアンのことになにか知っていることがあるのなら、俺も気になる。

 とおいが入っていない方のポケットから携帯電話を取り出した。

電話帳を開いて、この前、家で聞きだした先生のメールアドレスを表示させる。会議だと邪魔になるからメールを…………

「エイリアンのことで」

まで打って、

そこで、なんだか指が止まる。

震えて、その先が打てない。

「あ、あれ? あれ?」

文字を打つだけだ。送信ボタンを押すだけ。

それなのに、ドキドキと心臓が早鐘を打って、身体がこわばる。

急激に体温が2度くらい下がったような気がする。

「早く打てよ!」

とおいが横で訝しんでいる。っていうか学校で話しかけるなよ。

「こわ……い……」

「なんだ、好きで緊張して打てないのか? クソだな! さっさとしろよ!」

そういうのではない。そういうのでは………

「それとも、裏切られるのが」

「違う、そういうことじゃ、ない」

脳裏で、救急車のサイレンが聞こえる。遠くの方で誰かの声がする。


――キー×××××が××××××ってるから!

何を×××××××ても、×××××××××××××××


それはどんどんと反響して、俺を絡めとろうとする。


チャイムが鳴る。

何度も鳴る。


――今、××××××って、書いた?


チャイムが鳴る。

何度も鳴る。

――さっきは××××××って、書いた?

(父さん……)


チャイムが鳴る。

何度も鳴る。

チャイムが鳴る。

何度も鳴る。

チャイムが鳴る。

何度も鳴る。

――お前は××××しなくていいんだ。

――さっきは××××××って、書いた?

チャイムが鳴る。笑い声がする。

何度も鳴る。

チャイムが鳴る。笑い声がする。

何度も鳴る。

――キー×××××が××××××ってるから!

何を×××××××ても、×××××××××××××××

チャイムが鳴る。

何度も鳴る。笑い声がする。笑い声がする。


鼓動がどんどん速くなっていく。

冷や汗で指先が冷える。

「……あれ、ただ押すだけ、なのに……」

俺の意識は、そこに向かって動こうとしない。

拒んでいる。怖い。心が痛かった。

「はぁ、もういいや……どうせ夜に会うだろうし、まっとこ」

考えていても、此処で悩んでいてもどうしようもない。

それに、

もし、犬のことを性的に見ているのだったら、それはそれで、しょうがない。

 ふむ。

「獣姦、かぁ……」


「おっ、俺はごめんだからな!」

とおいが吠えた。



2022年1月4日0時54分




机に張り付いた頬を引きはがすように起き上がる。

「やべ……寝てた」

 日が暮れるまでぼーっと教室にいたら、すっかり下校時刻になっていた。

 窓の外は夕暮れすら沈もうとしている。

放課後、勉強とか以外で何をすればいいかわからない。もともとそんなに大勢とつるむ方じゃないし、冬至はあの様子だとしばらく出てこないだろう。

 ちなみに部活はやっていない。

 本当は全員入部制なのだが、昔あった事故とか葬式とかなんとかごたついているうちに、決めるのに出遅れて、そのままだったし、先生も何も言わなかったのでそのままになっている。今更どうしようもないとみんな思っているのだろう。俺自身も、なんだかんだでそんなに退屈したことはなかった。


ただやっぱり部活が無いと、放課後に遊ぶやつも限られる。

 冬至は普段から自分を幽霊部員だと言い、俺と遊ぶときは、今日はサボる、言っていることもあった。いろんなところに顔を出していたけれど、実質何部だったのかよくわからない。たぶん、陸上部なのだろう。

慌てて鞄を持って廊下に出る。

「残ってるやつー--」

と、呼びに来た浜梨とぶつかる。

「あ……」

言いたいことが溢れて、言葉が出てこない俺と違って、彼の方は驚いたように「そろそろ下校しろよ」と言った。

「っていうかまだ残ってたのか、びっくりした」

「あの……」

まったく、とか何か呟いているのを前にしてようやく多少の落ち着きが戻ってくる。

「あの! 犬のこと、好きなんですか!?」

思ったより大きな声が出た。

でも、趣味の話にしか聞こえていないはず……

それにたぶん、もうみんな下校しているし。

 と、自分を宥めながら、反応を伺う。っていうか、しまった、それじゃなくて、冬至のことを……あぁ。じゃなくて、エイリアンが……

「えっ。犬?」

何を聞かれたのだろうという顔で、首を傾げた。

「あー-えっと……とおいとか……居るし……犬って、家族とか、友達とか言うし……」

 エイリアンの知り合いが居るのかについて聞きたかったのに、気が付いたら、犬をどう思っているかを聞いていた。


「それって、恋人になる可能性も、あるってことですよね」


「そういわれれば、そうだな……」


ドキッと心臓が跳ねる。


「家畜、とかってわけでも無いし。家族とか、友達とかってなると……恋人になるかもしれないって思うのも、当然だ」


やっぱり────


「だけど、今のところ、犬を恋人にする気はないよ」

安心して良いのか、微妙な答えだった。

ただとりあえず、嘘をついていなければ、今は犬と付き合ってないということで…………

「で、なんで犬?」

「え? あの、ふと、とおいのことで、思い出して……」

って、そうじゃない、そうじゃなくて。


「エイリアンとはどんな関係なんだ?」


そう、それ──

「とおい!?」

言おうとしたことを、とおいが話していた。

浜梨はぽかんとしている。

「さっさと聞けっていうのに、文字が打てないだのなんだのって、」

慌ててとおいの口をふさいだ。

そんなこと言ったら変な人に思われる。


――キー×××××が××××××ってるから、何を×××××××ても、××××××××××××××なんて、信じて貰えると思えない。


「あぁ……とおいから聞いたのか?」

浜梨はやや照れながらも答えた。

「話してなかったな……エイリアンの血は引いてるが、同じ施設に居た幼馴染みなんだ。」

「どうして、その人のにおいが冬至からもするんですか? それに昨日の怪我……」

「まてまて、そう矢継ぎ早に聞くなよ。答えてやるから」

勢いよく質問してしまい、制止される。

今の彼はなんだか上機嫌だった。

「気になってたけど、俺に迷惑になると思って聞くの迷ってたのか、可愛いところがあるな♪」

「誰がお前の迷惑なんか考えるか」


なんかイラついたので吐き捨てておいた。





(2022年1月5日22時48分─1月9日16:52加

筆)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る