第9話 闇桜

――あぁん、なんなの、なんなの!なんて香り!


「なにあれ、あんなに萎えるのねっ!」


 サクラは駆け出した。お花畑の香りはサクラたちのようなエイリアンには、リラックスしすぎて萎えるような香りだ。

つまり毒だった。

もう今日のサクラは萎えていてあのまま続けられなかった。

 涙目のサクラが走っていった道の向かいには一人、女が立っていた。


「おかえり、姉さん……」


くちゃくちゃと何かを噛んでいる。


「闇桜……来ていたの」


「姉さんからもらったぐみ、噛んでいたんだ。姉さんが寄生に特化しているとはいえ、ヤミはまだ力が弱いから……」



 深い緑の髪をした彼女はサクラの同郷の馴染みで、さらに姉さんといってサクラを慕う。

サクラはそもそもレディなエイリアン過激組織みたいなもののお嬢様もやっていて、そこでもやや面倒を見たことがある。

寄生すべき人間を確保する、釣り仲間と呼んでいた。


「で、迎えに来てくれたの?」


「ううん、釣りの帰り。姉さんを見かけたから」


「そう」


「感謝している人にも会ったし。昔誰かに寄生しなくちゃ逃げられないってとき近くを通りかかってくれた人。

あのときに、もしあの人を奪えなかったら餓え死んでたもん。今の私があるのは姉さんと一緒にみんなで囲い込んで殺した人間のおかげ、なにより、姉さんのおかげ」


「ヤミ! あんたほど良い子ってこの世にいない!」


 サクラは感極まって、闇桜に抱きついた。

こんなに優しい子をサクラは知らない。


「人間なんか、怖くないんだから。どんな優れてようと、エイリアンにかなうことなんかない……」


「姉さんも、人奪い、ガンバだよ!」





燃・や・せ・るゴミの日~


あなたの押し付けた・気持ち


紙に書き出して・袋に・詰めた

回収日に☆ 燃え盛るよ wow..!


「……いい!」



 パチパチパチ、と浜梨が拍手した。何があったか現在カラオケをしている。

いや、単純に、このあたりの喫茶店が閉まる時間だからなんだけれど。ジュースを飲みつつ、夜中もギリ空いてたのが此処だった。


「花畑星人の花の香りは、あいつらが苦手とするものの一つだ。なんだかんだで得したな」


「そうでしょーカね。

いやでも、まだ身体、戻らないんですか」


 さすがにこの姿で家に帰れないが、サクラがいなくなってすぐ戻るようなもんじゃなかった。先生と二人きり、変な感じだ。

「戻るためには、素の状態にならないといけないが、お前の身体はまだ少し興奮状態にある」



「先生が言うとなんか犯罪的」



「犯罪してないもん」



「おっさんが、もん、とか言わないでください」


「じゃ俺の心の用意ができるまで歌うんですか?」


「早く帰りたければな」


「ぐっ……」


 確かに普段ならやらないこと(ノリノリで歌うとか)をすることは俺の戻りたい欲を高めてくれる……のかも、しれない。


「燃えちゃんの新曲、『恋を燃やせ!』いいねー」


「二番が、燃えないゴミの日ですけど……」

誰かが誰かに恋する気持ちをまとめて連ねて束ねて、燃やす確かに爽快なのかもしれない。アイドルが歌う感じがまたなんとも、事務所の恋愛禁止令と相まって斬新な魅力が……


「いや、先生の前で何をしてるんだ?」


はっと我に返る。性格自体よりも、なんというか根っこのところで、自分がどんどん知らない自分になっている気がする。

ソファに寝そべっていたとおいが、「ぅわん!」と吠えた。


「とおいも歌うから、マイク貸せ、クソが!」


「とおいはだめ!」


カラオケの個室、監視カメラもついてんのに、呪いの人形のホラーが撮れてしまう。


「呪いの人形に出てるカホちゃん可愛かったな」


「ミーハー浜梨ちょっと黙っててください……」


思わず掴みかかりかけて、目が合う。時がとまるかのような感覚…………

「どうか、した?」


はっ!

と改めて我に返る。ドキドキ。

「いや、何でもないですけど」



どうにか朝になるまでに、身体は安定し始めて元に戻った。


「この調子で、サクラを追い出せれば……と言いたいが、そうも行かないだろう」



――と、俺ととおいを送ってくれる浜梨が冷静に言って居たのがまだ耳にこびりついている。

もし、あれをどこかしらからの『対策』と認識されて『宣戦布告』と捉えられたら……『悔しいままでは終わらない』のが、彼女らのエイリアンらしい。


「ほら、お嬢様だから……一般市民が愛してくれて当然、さらに、地球人は彼女らの格下、と思ってるみたいだからな、くやしさ人一倍、かもしれん……」


戦いを覚悟したとはいえ、改めて聞く限りではなんだか大人げなかった。

ベッドでぼーっと考える。

サクラのこと。マスターのこと。

「クソが!」


とおいが吠えた。


「がるるるるる……」


「あのさ、現地語かもしれないが、お上品に吠えてくれないかな?」


「あぁん!?」




「口癖が、それって、あまり良い印象を与えないよ」


ぬいぐるみ姿のとおいが、くたっと床に投げ出されたまま、がるるる、と唸った。repeat after me!


「『ごきげんよう』さん・はい」

とおいさん「クソがっ!!」



ぐーっと、破けない程度に手足を引っ張った。


「あー、離せ、離せてめぇぶち殺すぞ!わんわん!」


手を離すと、ぬいぐるみ姿のとおいが、くたっと床に投げ出されたまま、がるるる、と唸った。repeat after me!


「『申し訳ございません』さん・はい」


「クソが!」



ぽーん! と蹴っ飛ばすと、ひょい、っと避けて地面に着地した

「とおいさん、そんなに、そのワードにこだわりがあるの?

前も言ったけど、地球をせんきょするなら、まずさ、そこからだよ。誰彼構わずそれだと……」

「もっ」


「も?」


「も、もういい!

……とおいはなぁ……『謝ったり畏まると呼吸が止まる』タイプの、宇宙犬なんだ!」


なんだってー。


「由緒正しい制約によって、そういう他者への干渉の仕方はクソなんだよ」


な、なんだってー。


「ためしに呼吸を、止めて、一秒、耐えて見てくれないか」


「するか!――とにかく、謝るとか敬意とかは、とおいが死んでしまう!!!!わかったな!!」

わからない。

だけど。んん?

コミュニケーション無理じゃないか?


「……」


「それでも、その、なんだ、わん。するなら穏便な征服が望ましい……、あぁ、だから、謝るようなんじゃなく、もっと幅広い言葉にしろ、クソがっ!」


細かい犬だ。謝るのがこの国の一般的な挨拶なんだけどな。


「なあ、とおい?」


「なんだ!」


「エイリアンって、みんな、地球人に謝るのが生死に関わるのか? サクラの話もなんかそんな雰囲気あったし」


「チッ、確かに、いくつかのエイリアンは、そういう制約だ!

酸素ってのは毒だからな!」


その後、やけに今日は口が滑るとおいが適当に語る話を要約すると……


地球で呼吸するために身体の物質の流れをいじっているが……そのなかに『言語コード』がある。それにより謝罪など地球人と深く関わりを持つことになりがちな言語が禁止されていた。

「ほうほう……」




 帰ったのは真夜中だったが、夕飯を食べる気にも宿題をする気にもならなかった。

とおいと話した後もて余した暇を使い、たまには、と、PCからネットを見る。

しばらくくだらないニュースなんか見ていたが……あちこちのコメント欄にたいして、異変に気がついた。


『砂季人妻だよォ』

『砂季ちゃんと遊・ん・で』



サクラァアア!!



サクラは、なんと、アンダーグラウンドにて俺の名前で営業活動していたのだ。


「暇だな!」






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