第7話 太田原みどり(アラフィフ)



 薬を飲んで寝て、朝起きたら、なんだかやけにドキドキしていた。熱は、少し引いてるのか身体は軽かった。


昨夜。


「会う前に終わらせられればよかったがこうなってしまえば、お前にもどのみち危険が及ぶ。協力、してくれるな」

と、送り届けてくれた浜梨はこっそり車のなかで言い、俺は頷いた。



思えばこんなに感情的になって忙しかったのは久しぶりな気がする……

「仮の姿、ねぇ」

 課題を出された。周りに心配されるから砂季が砂季として存在してなければならないが、自己主張は必要であることなどから俺も仮の姿でエイリアンにより関われるようにということだ。

 エイリアンと戦えるような仮の姿――

を作らないと、エイリアンに本体ごと食われてしまうらしい。

『砂季』は、人間で、学生だ。友達とかと青春するだけの素人姿でなくてはいけない……


だから砂季ではない、設定を用意して、それをもとに、


『俺が教師してるみたいに、簡単に、具現化、変身してもらう』


らしい。


(具現化ってなにする気なんだろう……)


「砂季じゃない姿か……」



まぁ確かに、今の俺じゃない姿を別に用意してもらえるなら、便利に越したことはない。

それを使った自己主張をすればいいとなれば、気が楽でもある。

友人や、知人には、今の、少し見下せるつまらない人間、で居てもらう方が安全だ。っていってもなぁ。

自分のことすら、なんかよくわからないのに。

出来るかな、いや、そうでもしないと、砂季はマークされてるんだから。


浜梨が言うことには、俺と俺のコピーの情報は、下手に動かすと共鳴連動してしまうらしい。すると、直接的に動きが知られてしまったり、先回りされたりしやすい。

《砂季をマークしている》

ことによって、俺が俺として、櫻やエイリアンに関わろうとするのは、筒抜けだ。


櫻はというとなんとかエイリアンセンター?とかで聴取を受けたあと、

まだ事件が起きてないから、すぐどこかに帰宅するみたいだし。



布団の上で背伸びしていると、着信。

昨日聞いた浜梨の番号だった。

「はぁーい」


「起きたか?」


「……起きてるから出たんでしょ、なんです、俺まだいきてます、今は」

通話口から聞く声は、なんだか、心地良い。


「そりゃそーよ生きてなきゃかけないわよ」


「なぜオネエ口調」


「んで、決まったか」


「……仮の姿、ですか? さっぱりわかりません、正直」


「お前が誰からも好かれてなくてなんの注目も浴びてないんなら、そのままの姿でも別に、

良かったんだがな……」


「は?」


「怖ぇーんだよ、隠れファンが」

「扇風機っすか」



「そうそう。最近は暑いからね、部屋の隅に隠れるように設置して、少しヒンヤリ涼しく……ちがうよ! 先生をばかにしてんのか」

「先生、せんせー」



ふと、なんとなく。

櫻のことが頭に浮かんだ。

櫻は他人の何がいいんだろう?俺に基本的に無いものは――

櫻との違いは、愛とか恋とかだった。

考え方。


「好き」


「はい、……え?」



「って感じで行こうと思う」



「えっ? キャラの話なの? 今の?」



「先生、俺のこと好き?」


櫻の気持ちはわからなかった。さっぱりわからなかった。

全然わからない。

こんなこと聞いても、まだ、わからない。


「っ……、そういうことは、電話とかじゃなくてだな」


先生は、はいもいいえも言わない。なんかつまらない。

深くはなにも感じなかった。


「あっそ。


とにかく俺じゃない自分って、こう、ニコニコしてれば良いわけでしょ? これでいいよね?」

「良いも悪いも」


先生はなにか戸惑っていた。


「あれだけ、つきまとったり、女子と会話したら妨害したりしといて!? 感情なんかどっち決めといた方が楽だろ、イエスかノーじゃん!

これも含めたいやがらせかよっ」

思わず驚くと、少し、息をのむような間の後浜梨は笑った。


「いや、先生、犯罪者になるじゃない? ……うん、でも、俺も可愛い生徒だと思うな!」


「わぁい、先生に言われてうれしぃ!」


相手は沈黙した。

沈黙?


「おーい?」


「………………結構、突き刺さる、背徳感とかもろもろ」



「刺され刺され!」


「ぐっ、おのれ……ってか、やばい俺遅刻する、じゃあ学校では普通に、砂季でいろよな!」



ぶち、と通話は切られた。

HRギリギリに学校に着くと、友人が俺を心配していた。昨日は平気だったかとか、あの騒ぎに居なくてよかったなとか。


「昨日はマジ大変だったわ」


「つーか、女子、騒がずこちらに寄越しなさぁいって! 貴重なホンが……」


「黒田、後ろ後ろ、喜居っ!」


みんな、賑やかで、元気そうだ。黒板の壁には、ルーズリーフに汚い字で書かれた『バナナの皮は持ち帰りましょう』がわざわざ貼られている。


「呼んだ?」


前の席で騒いでいたクラスでもおバカキャラ担当の吉本が自分を指差す。あだ名はユージーン。太めの眉や、長い髪が金曜日にやっていた子供向けテレビ番組のキャラに似てるからついたものだ。


「ユージーンじゃねぇよ!」


周りのクラスメイトが一斉に否定する。


「あ、まじ? お呼びでないっすか」


ひょっとこみたいな顔をして、おどける彼に、周りがげらげら笑う。


机で教科書を読むふりをしながらも俺はひっそり、悩んでいた。

なにしろ、櫻。

櫻が自分が同性を呼んだり引っ掻けてるからって、


俺まで同性相手に派手に遊んでるみたいな印象がついているのだ。

登校するまでに、それとなく、聞き耳を立てた限りでは、あんな男がいいだの、同性でもあのキャラはエロいだの、俺の容姿で周りに喋りまくってるとか!あぁ……気分悪い。


まだ異性なら誤魔化しやすいのに……

なんでその姿で……


考えたら苛立ちと呆れと悲しみと憎しみが沸いてくる。



『友郷砂季は同性愛者だ』

と知らないとこで密かに言い回られるようなものだ。



「ふざけんじゃねぇ……!」


そんなんじゃない、平穏に過ごしたい。静かに過ごしたかったのに!


俺の、静かな、自適なライフが……

プライドが……


浜梨は俺が別に居て、生きてる本人でよかったというように安心していたけど、俺としては、そのずれすらも利用しやがった変態櫻への静かな殺意で満ちていたりする。


尊厳を返せ!



 机にうつ伏せたまま、煮えたぎる闘志をどうしようか考えていると、冬至が声をかけてきた。


「おはようー、おお朝から疲れちゃって、どうしました?」


のんきそうに、うつ伏せる俺の肩を揉んでくる。


「もう、やだ、しにたい」


「生きろよー、かまちょか?」


「かまち?」


かまちというのは、顎の意味があり、さらに面構えのこと。


「いや、顎がどうしたんだよ」


冬至が冷静につっこむ。


「こっちが聞いてるんだが」


「いや、なんか、良いや。蒲池焼のことだと思ってくれ。茶道具を焼くやつ。またの名を柳川焼な」


諦められた。


「今日新しい先生が来るらしいぞ?」と冬至が言っていたけど、俺も薄々、そんな気はしてた。

あのまま逃げはしないとは、

思っていたけど……

外に、バタン!とドアがしまる音を聞いたときは慌てて窓際に向かった。

この教室からは、ギリギリ、駐車場が見えるのだ。



下から見える、黒塗りのでかい外車。

「これは、予想外だった」




『櫻』の家は金持ちだったのだ。

食品会社「オー!ロラ姫」の子。そして今の櫻――


60代くらいの、アラフィフ系ご婦人になっていた。

俺の姿で来たら、ある意味都合よかったがそうはいかない、か。



これが俺と、櫻、

……現在の姿は大田原みどり(アラフィフ)との再会である。




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