第6話 エイリアン!?

目の前には半分くらい壊滅、崩れている橋、があり――

 そしてそのすぐ横に、少年が居た。

黒髪で、左が赤、右が青い色をした瞳がとてつもなく光る。車のライト並みに目映く光っている。それがニイイイイイッ、と笑い、こっちを向いた。


「おい、見てくれ」


先生に言われる間もなく、身体を起こした俺が見た、その、顔。


「え……」


俺と、そっくりだった。


手に、何か、持ってる。

――バナナ?

むしゃむしゃと食べて、それを車の通りそうな、下へと投げてくる。


「お、俺――じゃ、ない、のに」


誰だ、あいつは。

隣で、枕をしていたとおいが、ぴくりと反応する。

とおいの目も、蒼く光っており、まるで共鳴しているようだった。

「がるるるる」


とおいが唸る。

俺は、とおいをどうしていいかわからず、少年の方へ向けて抱き抱える。


「あれは、誰? 俺じゃない、俺じゃないのに、何をしてるんだ?」


「クソが! がるるるるる」


とおいは、聞いていない。


「そっくりなやつを見つけたかと

思ったら。

そんなトコでまた、遊び歩いて居たか!」


……とおい?


「ヤツラは宇宙人のなかでも、見かけた人間の姿、人格をコピーして自分に取り込んで生きているタイプだ」


車の、前の座席で、何やら手帳を開きながら浜梨が言う。



「コピーしたのが、砂季の見た目だったらしいな」


バナナの皮を避けながら、彼が車を動かす。

「お前が、夜遊びの噂を気にしてた理由は、コイツか」

目の前のそっくりさんは、近くをきょろりと見回し、やがて、どこかにすごい速さで向かっていく。

「すまん、少しだけだ、追いかけるぞ――!」

先生が、後を追い車を発車させた。


 人ではないような速さで、ぐんぐんと飛ぶようにどこかへ駈けていくエイリアン。

車ですら追い付くのは大変そうだった。


途中、狭い路地に入られたので車では追い付けなくなった。


「もう、諦めて病院に――」


車をとめた先生がこちらを向く。

俺はドアを押していた。

そのときには、とおいは、外に向けて出ていた。


「まって、とおい!」


目が蒼く光るとおいは、あの宇宙人と共鳴しており、まるで感情を無くしたみたいにふわふわ浮いて、どこかに向かおうとする。

「ううううー、わん、わんわんわん!」


「とおいっ!」


体調にも構わず、俺はとおいを追って細い道、奥へ奥へと向かっていく。

ビルとビルの間、明らかに怪しいネオン看板が増えてきたあたりで、俺たちは足を止めた。そこに、そっくりさんが居た。赤い左目と蒼い右目のエイリアン。長身の男と抱き合っている。


「っ……!」

「よりによってお前と同じ姿で同性に絡むなんて。サイアクじゃん。せめて美女にしてくれればいいのに。性的マイノリティ……」


ぼそっ、ととおいが呟く。

遊ぶにしても、確かにこれは……、ごまかしさえしづらい。


 たとえば同じ遊ぶウワサでも、

異性――美女をたくさん引き連れていたとなれば、ある意味学校じゃ武勇伝にすらなり得る。しかし、性的少数者となれば、それは、攻撃の対象にすらなり得る。


「確かに、なんで、同性を、選ぶかなぁ……」


俺の姿で、勘弁してくれよ。泣きたくなってきた。

「アイツ、見るかぎりお前の身体を使いこなしてる。かなり寄生歴が長い、最低でも3年か4年は、あの姿でバレずに居るんだろうって感じ」

 浜梨が追い付いて来て、俺のそばに立つ。勘弁してくれよ。

泣きたくなってきた。


 長い間、ああやって俺の見た目で俺のフリをして、遊び歩いてたのか?

しかも同性までひっかけて……そこは、なんで異性じゃないんだよ。

ゴミ箱や排気ファンなんかが絶妙に重なった一角に身を潜めていると俺とそっくりなエイリアンは着ていた緑色のシャツを少し上にずらしながら、肌を見せる。

 バカな男がにたりと笑い、なんの疑いもなく、指を這わせる。そして、掠れた声でエイリアンがささやく。

3万で、いいよ――――



「やばい、殺したくなってくるな……」


と俺は涙ぐむ。


「やばい、これは見物だな」


とおいは喜んでいる。


「せ、先生は、生徒を、正しい道に導く、義務がある。粛清しなくてはならないことには、厳格な意思を持って……」


先生はなにやら呟いて頭をかかえた。そうしている間に、だんだんと展開がR18に近づいていく。

「櫻っ!」


俺は笑顔を見せる。


「櫻――かえろう?」


路地に、一人出て、二人の行為に構わず俺のそっくりさんに話しかける。

押し倒されて服がはだけているエイリアンは、俺の顔をしている。

なんだ、この新手の拷問。

エイリアンに被さっている長身の男が目を丸くして、振り向いた。


「え、二人ィ!?」


はだけたスボンから火がついたみたいになっているそれを慌てて隠しながら、男は目を白黒させた。


「櫻が、帰って来ないから、パパたち心配してたよ?」


櫻、と呼んだエイリアンは、火照った頬と潤んだ目で、はぁ……はぁ……と息をしている。


「パパ? 砂季のこと、心配してるの?」


「さーくーら、

『俺のフリ』するのはダメだって、言ったじゃないか、おかげで学校でも間違われて大変なんだぞ?」



「だって、だって……俺のこと、いらないっていうから!」


「だから俺に迷惑かけたのか?


俺の真似しかしない櫻なんか、いなくても一緒だよ、

だいいちお前が砂季なら、俺はなんて名乗ればいいんだ? 」


「櫻、って言えば……」


意外とノリがいいな、エイリアン。

近くにあったブロックか何かの固まりを、わざと蹴り上げる。がん、と音がする。


「櫻ぁ?

櫻の名前は、

こうやって夜な夜な遊び歩いて身体を売り渡して、不良みたいにフラフラしてるので、有名になってんだぞ。そんなもん名乗れないよ。あっ、だから、俺の名前使って……」


男は、俺と、エイリアンの間で無様にも涙目だった。

確かにあわれな状況だけど、まあ騙されるのが悪い。


「な、勝手に俺を名乗らない、素直でいい子な櫻に戻ってくれよ? そしたら、前みたいに仲良くなれるかもしれない」

櫻(エイリアン)は目に涙をためる。

「うう……でも、砂季と似てるんだから、いいじゃんかぁ……俺が櫻って名乗るより、稼ぎが良いんだよ」


「俺の名誉はどうなるんだよ」


「ね、砂季もヤろ?」


嫌だ。ふざけんな。


「俺と砂季で相手をしようよ、3万が6――」



「今なら通報しません、帰ってくれませんか?」


男に話しかける。

男は急に落ち込んだようになり、櫻から離れた。


「やぁ、阿尾羽ちゃん……! やぁだ! 櫻が要らないって言うの?」


男は、黙って、二万だけ置いて走っていった。

口止め料ってとこだろうか。

櫻が、ささっとそれを回収する。

「あおばちゃん……また、遊んでね」

どこか、とろんとした目で、札に口づけているエイリアン。


「札って、すごいよねぇ……札束があれば、みんな、仲良しになれる……札を探せば、みんな、仲良し……あはっ……あん、どうしよう、阿尾羽ちゃんいないし、俺、中途半端」

「知るかっ!!」


思わずつっこみ。

櫻(エイリアンが)、えー、と不満そう。


浜梨が吹き出した。


「あははは!

そういうカオも、するんだな」


「笑う、くらい変ですか?」


口を尖らせると、彼は笑ったまま俺の手を引いた。



「いや。なんか、人間なんだなってさ」


人間。

普段人間味がないってことか。

「そうしてた方が、かわいいよ」

「……男に言われたくないです」


とおいが、わんわんわんと吠えた。なんだろう。

なんだか、櫻と、共鳴、してるような。


「やっぱ、お前、いい人だな」

浜梨は相変わらず、そんなことを言う。

「ねぇ、先生は、エイリアン?」

「いや。人間、人間だよ、ただ、少し、宇宙人が知り合いにいるだけ、親戚とかに」

「へぇ。すごい家庭ですね」







 サクラという名が出てきたときは驚いた。

それは昔、世間を騒がせたエイリアンが人間にもらった名前だ。

 親戚が宇宙人の血を引く縁で『介助エイリアンセンター地球交信部』に所属している俺は、友人のマスターの身体を乗っとり意のままに操り自殺に追い込んだ《サクラ》のことを探していた。


 何年も経験を積み今、ようやく地球に配属されたが、サクラを探すのは一苦労していた。

あの日、この少年に会ったときから奇妙な予感がしていたが。もしかしたら、運命かもしれない……


もしも、そのとき現場に居た少年が、彼だとしたら。



「聞きたいことが、ある」


とおいと櫻の間で視線をうろつかせる少年を見つめる。

俺より背が低いので、少し背をかがめて話しかけている。


「なんですか?」


彼は、ふっと俺を向いた。

なんの疑問も持たなさそうな、きれいな目をしてる。


「この辺りにある、ちょっと前に潰れた喫茶店、レモネードとかが有名だったとこ。

知らないか」



「えぇ! あそこ、つぶれたんですか。俺昔よく行ってたのに」



ビンゴだ。


櫻をエイリアンセンター経由で係に一旦持ち帰ってもらってひとまず病院に行った帰り、「話したいことがある」と話しかけた。

彼は少し微熱がありそうだが、まだ比較的元気そうで、安心する。薬を飲み安静にすればどうにかなるか。


「話、なんですか?」


律儀に枕をしているとおいのそばに寝そべり、砂季が聞いてくる。


「昔、あるエイリアンがたくさんの人を攻撃していてな。

そいつが最後に逃げていた潜伏先の近くで、ある少年の、人格をコピーしていた」


「潜伏先?」


砂季が通ってたっていう、喫茶店の名前を出すと、彼は青ざめた。


「そのエイリアンは感受性が欠如してるからな。

人間となんらかの形で関わって、情報を抜き取るんだが、そういうときに、飲み屋だとか、喫茶店だとかを利用する。

不特定の他人が集まる場所にこっそり混ざって、学んでいる」


なにか、思い当たらないかと聞いてみる。彼は、ありますと小さく答えた。


「趣味が、よく合う人が、居た。何を話しても、同じようなこと考えてて、読んでた本とか、好きなものとか同じで――すごい偶然だって思ってた人」

「櫻、っていうのも、あのエイリアン見たときなんかその人を思い出して。

さくらみたいな人だったから」


まさかあの人がエイリアンだったなんて……と彼は、目を丸くしている。

苦い記憶なのだろう。

もしかしたらはじめて会ったとき思い出してたのはこのことだろうか?なーんて。



「あぁー、でも確かに、変だなとは思ったんですよね。先に来てて、俺が好きな料理とかしか頼まないし、俺が興味ある本とかすぐに似たようなの見始めるし」

「それは、お前のデータをコピーしてたところだったんだろうな、そして、その人格をインプットした上で、あいつを……」


「あいつ?」



口が滑るところだった、こんな話をしても仕方ないのに。


「いや、知り合いがな」


ごまかそうと思った。

なのに、なぜかその純朴そうな目を見ていると、見透かされるような気分になる。

嘘をついても、無駄だと言われてるような。




「マスターが、エイリアンに殺されたんだよ」




信号が見えてきて、車が一時停止する。



「うそ……、じゃあ、あの、あと……」



と、砂季はなにか思い出していた。

「でも、よく死ななかったな。


エイリアンから完コピされた人間は、大半すぐ自殺してしまうか心が壊れて精神科に送られるんだ。自分という存在が吸収されて無くなってしまうから」


動揺する砂季をとにかく落ち着かせたくて、優しい声で言う。

「砂季のあまり自己主張しない性格のおかげで、エイリアンも長い間、なりすましがバレることが無かったんだろうけど……


でも、お前があまり本心を語らないやつで、良かったよ。

サクラも、完全なコピーがしきれなかったんだろう」



死ななかったおかげで、

彼の、この仮面をつけたような性質のおかげで、砂季に会えた俺は救われたんだ。


砂季は、ふっ、と悲しそうに笑ったがうつむきぎみだった顔をあげた。


「でも、櫻と、俺。

出会って……しまいました。

つまりまた、コピーしにくる。いや、もう、俺の一部がまた、知られたと思います。もし成り済ます精度をあげられたら、今度こそ、死ぬしかないし」




「平気だ。死なないためにもっと、自己主張しろ。あいつがいる以上は、出会った以上は、今の櫻を否定するだけの力をつける方がチャンスなんだよ。

再びのコピーを再現するにも

時間がかかる。


その間叩けば倒せるかもしれない。

少なくとも目撃者は増えるだろうしな」
























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