第2話 任務完了

「あぁ、せっかくのチャンスだったのにな。次こそは…」


奈美はもう一度あたりを見渡す。


「ねぇ、何してるの?」


突然、背後から弾むような声がしたと同時に、肩をトントンと2回たたかれた。


え。


奈美はピクリと身体を震わせ、声のする方を振り向いた。


「私はめぐみ。めぐみか、めぐって呼んで」


地毛なのか、それとも少し染めているのか。

少し茶色がかった髪の毛を、ゆるく2つに結び、二重の目がキョロっと大きい。

いかにも海外のお人形さんのような姿の女の子が、ニコっと笑いながら立っていた。


「あ、私は奈美。好きに呼んでね」


もう少しマシな返事をしようと思っていたが、あまりにも不意打ちな声かけに、名前だけ。という答えしか出来なかった。


「今日、一緒にお昼ご飯食べない? ほら私の席って奈美とも近いし!」


めぐみの指さす席は、奈美の斜め前。

たしかに近い。

こんなに活発そうな子が、自分の席のすぐ近くにいた、ということに全く気が付かなかった自分に、奈美は正直驚いた。

どう見ても、いわゆる「目立つ存在」になり得そうな子なのに…


「うん! 食べよう! ありがとう」


奈美の顔は自然とほころんだ。


ガラガラガラ…


チャイムの音とほぼ同時に教室のドアが開いた。

大量のプリントを両手いっぱいに持った女性が、まっすぐ前を見据えて中に入ってくる。


「みなさん席についてください」


女性にしては低く、安定した声だ、奈美はそう感じた。


「それでは…」


先生はふーと一呼吸置いた。


「みなさん、入学おめでとうございます。

これから新しく高校生活が始まります。まだ慣れない環境だとは思いますが、一致団結して楽しい学級を作っていきましょう」


先生の鼻は、鳥の鷲のように高く、そして少し曲がっていた。

なんとも「魔女らしい」奈美はクスッと小さく笑った。


「私の名前は田中よしこ、と言います。

みなさんもこれから、自己紹介をしてもらいます。名前と、一言をお願いします」


そう田中先生は言うと、教壇からゆっくりと降りた。


自己紹介…奈美にとって1番苦手とする状況。

しかも一言まで言わなければならない。

奈美の頭の中はフル回転した。


前の席の子から、自己紹介が始まった。

基本みんな名前と「よろしくお願いします」とだけ付け加えているのを聞いて、なんとなくホッとした。


きた、自分の番だ!

奈美はガタンと椅子をいわせ勢いよく立ち上がった。


「大石奈美です。みなさんと早く仲良くなりたいと思っています。よろしくお願いします」


スカートの裾を両手でギュッと握りしめたまま、震える声で言った。


終わった…


最後の「お願いします」言い切った瞬間、崩れ落ちるように、ストンと席に座った。


パチパチパチ…

まばらな拍手がシンと静かな教室に鳴り響く。


「今日の私の任務、これにて終了」


奈美は脚を真っ直ぐに揃え、心の中で呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る