第6話

そして現在、オスナン帝国へ向かう道中。私は馬車の中で考え事をしていた。もちろん番のことだ。


今回の訪問の目的は不可侵条約の確認のためだが本当の目的は違う。もちろん条約の確認も国のための大事な責務ではあるのだが。



「……はぁ」



思わず溜息が出る。今回で見つからなかったら私はどうすればいいのだろうか。



「殿下、ヴァレリアンです。野営地につきましたのでここらで休みましょう」



窓の外から声がかかる。ヴァレリアン・フォン・フランドル。我が国の騎士副団長である。



「ああ、もうそんな時間か」



外を覗くといつの間にか暗くなっていることに気づく。馬車から出るとここは木々が生い茂った森の中の一角の開けた場所だった。今日はここで休み、明朝にまた出発するようだ。



「では、お茶を用意してまいりますね」



そう言って従者の一人が席を外す。その間に皆それぞれ思い思いの行動を取り始めた。テントを張ったり料理をしたり。私はというと特にやることがないので、離れたところで木に寄りかかりながらボーッとしていた。すると誰かが近づいてくる気配を感じた。



「よぉ大丈夫か?」


「ああ、少し考え事をしていてな……」


「お前のことだから番のことだろう?さっきから溜息ばっかりついてるぞ。辛気臭い顔してんじゃねぇーよ」


「うるさい。放っておけ」



こいつの言う通り番のことで頭がいっぱいになっていることは事実なので言い返すことができない。



「……だが今回は……今回こそは見つかりそうな気がするんだ」


「おっそりゃよかったなぁー。あっそういや食事の準備ができたらしいぜ」


「ああわかったすぐ行く」



そして簡単に食事をすると、就寝の準備を進め野営テントに入る。




***




辺りが寝静まった頃、寝付けなくてテント出た瞬間体が拘束される。



「なっ……!」



しまった油断した!かろうじて剣は腰に刺しているが拘束の魔法で指一本動かせない。なんとか魔法を解こうともがいていると刺客がすぐ目の前まで迫っていた。



(速い……!)



まずいと顔を上げた瞬間、体に電流が走ったような衝撃を受ける。その衝撃は今まで感じたことのないものだった。



(これが運命というものなのか……)



相手も驚いたように金色の目を見開き今にも私を切ろうとしていた剣の軌道を逸らす。



「……うそ」



ああ……声までかわいい。君はどんな顔をしているのだろう。フードと口当てのせいで顔がよく見えないのが残念だ。だけどいい匂いがする。



「……私の番」



やっと見つけた。私たちは状況も忘れて見つめ合った。



「……どうして」


「何をしてる!さっさと『殺せ』!」


「うっ……!」



彼女が剣を落として心臓の辺りを押さえて苦しんでいる。そうか。彼女はやはり奴隷なのか。魔力のこもった絶対に逆らえない命令に抗っているのだ。



「うぅ……」



苦しみながらも決して屈しない彼女の姿に感銘を受けると同時に彼女を苦しめるあの男に強烈な殺意が湧く。



「殿下!お逃げください!」



見ると彼女が暗器を持ってこちらに近づいてくる。護衛たちが彼女を止めようと剣を構えるが首を横に振って止める。なぜですか!?と驚く彼らに再度首を振る。


彼女を苦しめているのは私だ。私を殺せば楽になれるのだ。喜んで死のうじゃないか。こうして番を一目見れただけで幸せだ。欲を言えば彼女の顔をじっくり見てキスの一つくらいはしたかったが……。



「……ごめん……なさい……」



悲し気に呟いて暗器を振り下ろそうとする彼女を私はただ黙って見ていた。しかし彼女は暗器を振り下ろすがなんとかギリギリで軌道を変えた。



「……!」


「何やってんだ!!」



彼女の血が私の頬に落ちる。彼女が自分の太ももに暗器を刺したのだ。私が死ぬのは構わないが、このままでは彼女が死んでしまう。早く拘束を解かなければと思い、そちらに意識を向けると先ほどから大声を出してる彼女の主人らしき男がさらに命令を重ねる。



「待て!逃げるな!」


「うぐっ……」



番が胸のあたりを押さえながら苦しながらも森の奥に走っていく。


……もう我慢ならない。



「殺してやる……!」



怒りに任せて拘束を解きすぐさま駆け出す。そして番に命令し苦しめている暗殺者を全力で蹴り飛ばす。すると男は飛んでいき木に叩きつけられ動けなくなる。



「地獄に堕ちろ……!」



そう言って剣を抜き男の首を切ろうとしたその時、



「おい!ダメだ!」



クレマンが間に入ってくる。



「そこをどけ、クレマン。邪魔するならお前ごと切るぞ……!」


「ちょっと待て、落ち着けって!冷静になれよ!」


「うるさい!番を苦しめたんだ!冷静じゃいられるわけないだろう!!そこをどけ!」


「どけるか!思い出せよ!こいつ殺したら番も死ぬぞ!」


「っ…………!」



そうだ。隷属の呪いは主人が死ぬと奴隷も死ぬ。



「……くそっ!」



思わず横にあった木を殴る。彼女を苦しめたのに殺すこともできないなんて呪いにすら殺意が湧いてくる。しかし、そんなことをしても彼女は助けられないからすぐに気持ちを抑え込む。



「はあ……肝が冷えたぜ。とりあえず気を失ってるこいつは俺が生捕りしとくから、お前は早く彼女のところに行け」


「感謝する。……死なせるなよ」


「わぁってるって」



こいつには呪いを解いた後地獄を味わわせなければ気が済まない。もっとも地獄を見せても許しはしないが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る