第5話

私の名はルシアン・ラウル・リスティア、リスティア王国の王太子だ。今は5年前から始まった不可侵条約を確認するためオスナン帝国を訪れる準備をしている。……というのは口実だ。



「なあ……ほんとに帝国にいるんだよな」



そう言うのは私の側近で親友のクレマンだ。豹獣人で灰青色の髪に碧色の目をしている。おちゃらけた性格だが仕事はできる奴だ。



「ああ、間違いなくいるはずなんだ」



何がというのはもちろん番のことだ。5年前のある日、何十年も音沙汰なかった本能がいきなり激しく反応したのだ。その方向が隣国オスナン帝国がある東からだったという訳だ。


すぐに父王の元に行き報告し、まずは手始めに国内をくまなく探し回った。けれども見つからなかったから今度はオスナン帝国に出発しようと思ったのだが王太子という身分がそれを邪魔した。


リスティア王国とオスナン帝国は国交がない訳ではないがそれほど頻繁にあるわけでもない。理由は明確であちらが獣人を嫌っているからだ。我々が何をしたのかは分からないがとにかく嫌っているのだ。そのため私が行くとなると大騒ぎになるだろう。しかしだからといって行かないなんて選択肢はない。理由なんていくらでも作ればいい。



「しかしよぉー、よくあちらさんも不可侵条約の締結なんて了承したなー」



確かにそれは疑問だった。あちらの獣人嫌いは筋金入りだ。獣人奴隷法なんてバカげた法まで作るくらいだ。


それなのにわざわざ我が国と条約を結ぶなどよく分からない国だ。



「結局俺たちのことが怖いんだろうなぁ。ククッ、イカれてるぜ」



どうなんだろうな。まあそんなことはどうだっていい。重要なのは番を見つけることなのだから。


そう意気込んでオスナン帝国に向かったのだがありえないことに収穫はゼロだった。1年、2年、毎年何かと理由をつけてオスナン帝国を訪問し、限られた日程と時間の中昼夜問わず空いている時間に国中を探し回ったのにどこにも見当たらないのだ。ただ一つ確かなのは帝国内にはいるということ、それだけだ。なのに……



「……くそっ!なぜ見つからない!」



ドンッと執務室の机を衝動的に激しく叩く。私は焦っていた。もしこのまま見つからなかったらと思うと気が気でない。もしかしたら私の本能は狂っているのかもしれないと思うほどだ。長い時間何も反応しなかったのだ。有り得る話だ。



「まあまあ落ち着けって。今年こそ見つかるから気をしっかり持てよ、な?」



クレマンが背中をさすりながら宥めてくる。だが私はどうしても早く見つけたいのだ。ずっとずっと待ち続けてきたのだから。



「……もう限界だ……」


「え?なんか言ったか?」


「もう限界だ!今回で見つからなかったら俺は死ぬ!」


「おいおいおい……何言ってんだよ!とうとう血迷ったのか!?」


「ああそうだとも!こんなにも探しているのに見つからなくて正気で居られるものか!!心配しなくてもアドルフがいる!」


「いやいや、いくら第二王子殿下がいるからって……!まあ気持ちは分かるけどさ、とりあえず落ち着いてくれよ!?奴隷にさせられて辛い思いをしているかもしれない番を残して死ぬつもりなのかよ!」


「うぐっ……すまなかったな、取り乱して……。少し頭を冷やしてくる」



クレマンの正論に言葉を詰まらせる。つい感情的になってしまったようだ。クレマンにはいつも助けられているというのに……。



「おー行ってこい。残りの仕事俺がやっとくから」



クレマンの言葉に礼を言って執務室を出る。部屋を出て王宮内の庭園に向かう。


ここは緑豊かで美しい場所だ。季節ごとに様々な花が咲き誇る。今の時期は丁度薔薇が見頃だろう。


……君にも見せてあげたい。君はどんな表情をするのだろう。きっと目を輝かせてくれるに違いない。


ああ、会いたい、会いたくて仕方ない。そう思うといてもたってもいられなくなる。



「クソッ……どこだ……どこにいるんだよ……私の運命の番は……!!」



今もどこかで酷い扱いを受けているかもしれない。早く見つけなければ。そしてすぐに助け出さなければならない。



「不甲斐なくてすまない……。見つけ出せなくてすまない……」



涙が出そうになるのを必死に抑える。ここで泣いたらダメだと自分に言い聞かせる。



「待っていてくれ……。必ず、必ず君を見つけ出すから」



だからもう少しだけ待っていて欲しい。額を押さえて呟いた声は誰にも拾われることなく消えていった。

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