第4話
しばらく走ってそこで私は完全に力尽きて倒れ込んだ。
「はあっ……はぁっ……痛い……」
現在進行形で命令に逆らってるからかズキズキと心臓が痛み、太ももからも血がとめどなく溢れている。
(ここで死ぬのだろうか……?)
それもいいかもなぁ……とぼんやりそんなことを考える。あんなに地獄の日々を過ごしたのだ、せめて最後は楽になりたい。そう思った時だった。
(……あれ?何だろうこれ)
ふいに視界がぼやけてきた。そして何故か目から雫が流れ落ちる。ここ10年くらい泣いたことなんてなかったのに何故泣いているのかわからない。ただひたすらに溢れて止まらない。
(どうやら私はまだ生きたいらしい……彼のために……)
たった数秒目を合わせただけなのにもうこんなにも名残惜しい。番の本能というのは不思議なものだ。そう思いながら私は目を閉じた。するとどこからか声が聞こえてくる。
「どこだ!どこにいる!?」
その声を聞いた瞬間全身の血の気が引いた。
(なぜここに……!匂いか!)
鼻のいい狼獣人の彼はすぐに私の居場所を見つけてしまったようだ。逃げようと起き上がろうとするけど力が入らない。
「お願いだから動いてよ……!」
自分の体に悪態をつく。自分の体に鞭打って立ち上がり逃げようとするものの、足がもつれてまた倒れる。
「おい!大丈夫か?」
私の姿を発見して駆け寄ろうとする彼を見て、私は喉を潰さんばかりの大声を出す。
「来ないで!!!」
きっと今までの人生の中でこれほどの大声を出したことは無いだろう。それほど切羽詰まっているのだ。
「なぜだ。苦しんでいる番を放っておけるわけないだろう」
そう言って近づいてくる彼を私は拒絶する。
「近づかないで!あなたを傷つけたくない!殺したくないの!」
彼にそう叫んだ後、目頭が熱くなるのを感じる。現に今も彼を殺さんと体が勝手に動こうとしているのだ。ならば……
「お願い……私を殺して……」
「何を言って……」
酷なことを言っているのはわかっている。だけど他に方法が思いつかないのだ。
「お願いします……。もう限界なの……。これ以上……耐えられない……」
腕が勝手に暗器を構える。今まで心を殺して命令に従ってたくさんの人を殺してきた。だけどこの人を殺してまで生きたくない。殺したところでまたあの地獄の日々が待ち受けているだろう。いや……それ以前に狂ってしまうかもしれない。
「お願い……します……。もう人を殺したくない……」
もう痛みで思考すら麻痺してきた。血も多量に失い、意識を保つことすら難しくなってきた。
「そんなこと……そんなことできるわけないだろう!ずっと待ち望んでいた番だぞ!私は君を殺すなんて絶対にしない!」
そう言って彼は私のもとに来て痛いくらいに抱きしめる。
「できるわけないだろう……愛しい番をこの手で殺すなんて……」
苦しそうな声でそう言う彼の言葉を聞いて心臓の痛みとはまた違って、胸が締め付けられるように痛んだ。
(神様……なぜですか……?こんなことになるならなぜこの世界に私を連れてきたのですか……?どうして私がこんな目にあわなければいけないのですか……?私はなにか過ちをおかしましたか……?)
「……お願いだから……離れて……。じゃないとあなたを殺しちゃう……」
そう伝えると彼はより一層強く抱きしめる。そして優しく頭を撫でてくる。その手つきがあまりに優しいものだからさらに涙が溢れてきた。
「愛しい番に殺されるのなら本望だ」
そう言いながら彼は無防備な首筋を差し出してくる。その行動を見てさらに涙が出てくる。
(なんでよ……なんでこの人は殺されてもいいと思ってるの……。なんで……)
理不尽な運命に怒りを覚えると同時に、彼を殺そうとさせてくる刻印の呪いに激しい憎悪を覚えた。
(これさえなければ……!これさえなければ…………!!)
私の感情に呼応したのか体の中の魔力が暴れ出す。それを感じ取ったのか彼が焦ったように声をかけてくる。
「これは……魔力暴走!?落ち着け!大丈夫だから……!ゆっくり息をするんだ!くそっ!なんて魔力量だ!」
彼がなんとかして止めようとしてくれているが魔力はどんどん膨れ上がっていく。
「あぁ……あああっ!!!」
体が燃えるような熱さに襲われる。思わず叫び声を上げるが頭の中はなぜかクリアだった。
(そうだ……!これを利用すれば……!!)
頭の中に昔アシルの嫌がらせで見せられた本の一節が浮かぶ。確かあれにはこう書かれていたはずだ。
"呪いを解除するには膨大な魔力と複雑な術式が必要"だと。
数学が苦手だった私は普段術式を組み立てて魔法を発動させるのではなく全てイメージで行っていた。けれども今そんなこと言っている場合ではない。今は一刻も早くこの呪縛から逃れたいのだ。
(やるっきゃない……!)
荒れ狂う魔力を抑えながら術式を組み立てるのは想像以上に難しい。しかもやってこなかった工程なので尚更だ。だがやらなければならない。でないとこの人が死んでしまうのだ。
「ぐぅ……あああ!!!」
全身が焼けるように熱い。刻印が私の魔力に反発しているのだ。血が沸騰しそうなほど煮えたぎっている気がする。あまりの激痛に気を失いそうになるが必死に耐えて術式を組み立てる。
「あと少し……あと少し……!」
そううわごとのように自分を励ましていると、彼もまた応援するように抱きしめた背中の手をぽんぽんと叩いてくれた。それがなんだかくすぐったくて嬉しかった。
(よし……できた……!これでいけるかわからないけどやってみよう……!)
頭が割れそうなほどの頭痛に襲われながらもなんとか術式を組み立てることができた。後は発動だけだ。しかしここで問題が発生した。先程まで制御できていたはずの魔力が暴走し始めたのだ。
(もういいや……!このまま術式と一緒に刻印に流し込んじゃえ……!)
半ば自棄になりながら最後の力を振り絞って術式と暴れる魔力を刻印に叩きつける。すると次の瞬間体にかかっていた負荷が一気に消え去った。
「はぁ……はあ……成功……したの……?」
詰めていた息を解放し恐る恐る目を開けてみるとそこには信じられないものを見たかのような顔をしている彼がいた。
「まさか……本当に成功したというのか……」
(やった……のかな……?)
どうやら上手くいったらしい。それにしてもとんでもない量の魔力を使った。もう指一本動かせそうにもない。
「はは……よかっ……た……」
なんとか笑顔を浮かべると彼は泣きそうな顔をしながら抱きしめてきた。温かなぬくもりに包まれると急に眠たくなってきた。もう限界を迎えようとしていた体はついに意識を保つことすら難しくなってきたようだ。
「……無理せず眠るといい。目が覚めた時には全てが終わっているだろう」
彼の言葉を聞きながらゆっくりと意識が落ちていく。完全に意識が落ちる直前、額に柔らかい感触を感じたが、それを気にする前に私の意識は完全に闇へと沈んでしまった。
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