第7話

第七話



私はクレマンにあの忌々しい男を預け彼女の匂いをたどる。夜の森は危ない。森の奥に行けば魔物もいる。しかも彼女は血を流しているから血の匂いに集まってきてしまうかもしれない。はやく見つけなければ……手遅れになる前に……!



「どこだ!どこにいる!?」



近くにいるはずだ。するとかすかに声が聞こえた。その方向を見ると彼女が立ちあがろうとして倒れ込んでいた。



「おい!大丈夫か!」


「来ないで!!!」



急いで駆け寄ろうとすると彼女が鋭い声で叫ぶ。



「なぜだ。苦しんでいる番を放っておけるわけないだろう」



国に帰れば解呪師が待っている。お金のことも大丈夫だ。5年前からずっと準備をしてきたのだから。それなのに彼女は私を拒絶する。



「近づかないで!あなたを傷つけたくない!殺したくないの!」



今にも泣きそうなする彼女を見て心が痛む。彼女の感情が伝わってくるのだ。番だからこそできることで、激しい感情を抱くとどんなに離れていても伝わる。近くにいるとなおさら痛いくらいに届いてくる。



「お願い……私を殺して……」


「何を言って……」



彼女は今なんと言ったのだろうか。私の聞き間違いか……?



「お願いします……。もう限界なの……。これ以上……耐えられない……」



彼女の腕がひとりでに暗器を構える。それでも私に向かって投げないのは彼女の精神力の賜物だろう。


……どんなにつらいだろう。痛いだろう。しかし彼女をそんなふうにさせているのは私でもあることに申し訳なさと自分では何もしてやれないことに無力感を感じる。



「お願い……します……。もう人を殺したくない……」



悲痛な慟哭に胸が張り裂けそうだ。……彼女の願いはなんでも叶えてやりたいがこれはきけない。これだけは絶対に……!



「そんなこと……そんなことできるわけないだろう!ずっと待ち望んでいた番だぞ!私は君を殺すなんて絶対にしない!」



駆け寄って彼女の痩せ細った体を痛いくらいに抱きしめる。今まで辛い思いしてきたのはわかっている。自分の意思に反して暗殺者として殺しをやってきたのだろう。でも……



「できるわけないだろう……愛しい番をこの手で殺すなんて……」


「……お願いだから……離れて……。じゃないとあなたを殺しちゃう……」



もう何も言うなとより一層強く抱きしめる。そして優しく頭を撫でると彼女はついに涙を流す。涙すらも愛おしくて頬を伝う雫がいつのまにか差し込んでいた月明かりに反射して美しく光る。



「愛しい番に殺されるのなら本望だ」



彼女の顔を見て言葉を交わせた。それだけで十分だと思って無防備の首を出したのだが番の様子がおかしいことに気づく。



「これは……魔力暴走!?落ち着け!大丈夫だから……!ゆっくり息をするんだ!くそっ!なんて魔力量だ!」



私の魔力を流して鎮静しようとするが彼女の魔力量が多すぎて手も足も出ない。その間も魔力はどんどん膨れ上がっていく。



「あぁ……あああっ!!!」



体内で荒れ狂う魔力に彼女が耐えきれず声を漏らす。刻印が彼女の魔力に反応して光る。まさか自力で解呪しようとしてるのか!?



「ぐぅ……あああ!!!」



番が苦しむ姿を見るのは本当に胸が締め付けられる。だがここで私が止めてしまったらきっと彼女は死を選んでしまうだろう。何もできない自分が歯痒い。



「あと少し……あと少し……!」



そううわごとのように自分を鼓舞している彼女の背中をぽんぽんと叩く。がんばれ。それしか言えないが、私は君を信じているから。


そして一瞬のようなはたまた何時間も経ったような感覚の中、彼女がどうやら術式を完成させたようだ。しかしここでまた彼女の魔力が暴走を始める。安心して制御を誤ったみたいだ。


今度こそ彼女の魔力を落ち着かせようと私の魔力を流そうとしたら彼女は無理やり魔力を動かして激流のような魔力を術式とともに刻印に流し込んだ。あまりの力技に心配が勝つ。



「はぁ……はあ……成功……したの……?」



荒い息を整えようと胸を上下させている彼女をまじまじと見つめる。



「まさか……本当に成功したというのか……」


「はは……よかっ……た……」



安心したように小さく笑う彼女に愛おしさがこみ上げてくる。もう我慢できなくてきつくきつく抱きしめた。


番だ。やっと見つけた私の運命の相手なんだ。離さない。絶対に幸せにする。そう決心する。



「……無理せず眠るといい。目が覚めた時には全てが終わっているだろう」



抱きしめている腕の中で瞼が落ちていく彼女に安心させるようにそう言うと汗ではりついた髪を避けて額に一つキスをする。



「お休み、私だけの番」



さあ一緒に国に帰ろう。そして君を苦しめた者には相応の罰を与えようじゃないか。

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