回帰と常態化(2)


「それで、深山さんはどうしたんですか?」

 田辺が調子っぱずれな声を出して、四家井へ心配そうに聞く。偶然、局の通路で見かけた四家井へ挨拶もロクにせずいきなりどうしましょうどうしましょうとでも言いたげに深山の様子を聞いてきたのだ。

 その頼りない雰囲気を全身に纏う田辺を見て、まだまだ新米根性が抜けないねぇと四家井はやれやれと思いつつも、深山クンのコトで不安になる気持ちはわからないでもないでけどねとやはり内心で付け足しつつ答えた。

「ああ。出社してからだが全く変わらないよ。遺産や身辺整理なども付いたってさ」

 四家井から見ても、特に問題は無かったらしい。安心したと言った感じに、田辺が返す。

「……近場でこう大規模な攪拌事件が起こったとなるとちょっと、今さらほじくり返すのもタイミング逸した感ありますよね」

 どうにも一連の事件その物の立ち位置が奇妙になってきたと言わざるを得ない。これは災害なのか怪奇事件なのか。自然には到底見えない奇妙さを誰もが意識せざるを得ない存在となりつつも――そう、扱う事自体がどうにも後ろめたいような微妙なポジションの事件へと、なってしまった感じだ。

 テレビ局からすると、ネタを庶民に奪われたとでも言おうか。それぞれが私人としての感想ならば関東圏でこれ以上意味不明な事件など一切起こらない方が怖くなくて済むのだろうが――どうにも、段々関わり合いになること自体メリットを感じなくなってきていた。

「後々の仕事に支障が出てもなんだしねぇ。と言うかさ。他はともかく災害事故にそういうネタ要素を連想で入れること自体リスキーじゃない? だから深山さんには今まで通りってことで」

「ですよね!」

 そして何事も無かったかのように――とまで行かなくとも、仕事は滞りなくこれからも続く。社会は回る。それは決して悪でもなければ、間違いでもない。ただ――時に、自覚無き恐怖を齎すだけである。それは今、この瞬間も例外ではない。

四家井しかいと田辺が会話し、勤めているテレビ局とは全く違う……都内であれど遠い他局の社屋の傍で、恐怖の種となるそれは起こっていた。

 局の裏手にあるビルの裏側に、数名が倒れ込んでいる。

 ふと、おかしな様子を見に来た女子高生らしき子が、怯えながら周囲を見ていた。

「これ……マザリ!? じゃ、ないよね……」

 何かしら沈んだり、混ざったりするような姿ではなかった。しかし、それは明らかにズタズタになった死体のようにも見えて。見る物に緊張と、本能的に逃げたくなるような感情を与える物体だった。

 だが――この場で逃げたらもっと恐ろしいことになりそうな気がして。嫌々ながらも奥を、そぅっと見ると。

 倒れ伏す人々の原因と思わしき、何かが見えてしまった。

 杭。

 そう、テレビ番組かどこかで見た――田沢と言っただろうか。その男性が何か輝くものに貫かれ倒れ伏していた。だが、それだけではない。杭の上に――更に、何者が佇んでいる。

 薄暗い闇の中。腕を組んで。宝石のような輝く杭の上に立ち、同じ種類に煌々と輝く眼差しでこちらを見据え、マントを羽織る――色の抜け落ちた金属で構成された、甲冑姿の誰かがこちらを見ている。

 揺らぐような存在感が、近隣の学校に通っていると思わしき女生徒を、強く圧迫するように震わせる。

「助け――!」

「なぜ俺の姿が見える?」

 叫びを上げようとした彼女に対し、甲冑はただ問いかけた。

「え……」

 怯える女子高生の姿が、止まる。何も動じぬように甲冑の怪人は、言葉を重ねる。なぜか声色が切り変わっていた。女性のような――そうでないような。

「今の私たちは通常のニンゲンには見えない。それはつまり、お前がニンゲンならざる才ある者か……」

 甲冑が全てを言い切るまで待たず、女子高生から表情が抜け落ち、叫びをあげる。スイッチを切っていた記憶が、認識が殲滅のためのそれへと切り替わる。カギ爪を伸ばし、その身を獣のような輪郭のシルエットに変えていきながら身の丈より大きく跳ねて――甲冑へと襲いかかった。

「彼の影法師よろしく、奴らの尖兵か」

 だが、直前まで女子高生であったモノが攻撃を浴びせようとした時には既に……甲冑の振るわれた腕からエメラルドに輝く衝撃が、鋭い槍となって相手を穿ち、空を抉るように貫いて――消し去って行った。軽い爆風が外まで吹き抜ける。直後に路地裏から飛び上がって建築物の屋根を駆ける、甲冑のような誰かを――誰もが気にしない。爆風も、天空を突き抜けるエメラルドの槍も何も無かったかのように、誰も気付かない。

 やがて、小さな物理的痕跡……例えばストラップの欠片や、僅かな血塗れにも似た染みが見つかることがあるやもしれない。だがそれは直接の死を明示するほどの確たる証拠には決して成り得ず。攪拌事件とはまた異なる謎の行方不明……怪死を連想される物語が、より不明瞭であるために、想像力を掻き立てる無責任な噂となりつつあった。

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