第四章
回帰と常態化(1)
一週間以上前に発生した首都圏近隣の廃病院で起こった明らかにおかしな規模の攪拌事件。更にパッタリと止んだ「既存の」攪拌事件。
今までの定説となった事象を逸脱した規模と、現象。そしてその怪奇性と――何より人的被害自体はその場に誰も居らずゼロ、更には辺り一帯が攪拌されたあげく吹き飛ばされ、ねじれた爆心地のようになったその廃病院の有様は。マザリという事象をあっと言う間に都市伝説じみたキワモノへと、数日でその立ち位置を戻してしまった。
自称「専門家」であった田沢と言う男も今やどこに行ったか知れず。各放送局は口を噤むか、あえて謎に対し更に簡素な注意喚起を施すかの二極となった。これに関しては誰が悪いというわけでもなく、マスメディアも含めて混乱の方が大きいと言えるだろう。
爆発的に増える噂に噂、あり得ない風評風説――起こりもしない事件に対する疑心。世間や社会その物が騒ぎに振り回され、攪拌されているような状態だった。
「深山さん……もう、良いんですか?」
深山は休みが終わって出社してから、いつものように平然と仕事を始めていた。時折ADなどが心配そうに話しかけるのだが、別段気にするでもなく。
「良いも何も。滞り無く実家の財産整理諸々は終わったよ。ま、残念ながらテレビにできるようなネタは無かったけどな。このタイミングで仕事に穴開けたのは痛手だよな……ほら、あっちで買った信玄餅。あと信玄系の菓子が何種類かあるから。良かったら皆で食べてくれ」
そう言うと、さっさと菓子の包みをいくらか取り出しては周囲に渡しだす。あまりに頓着してない深山の言動からむしろ皆はどう反応していいのやら、と言いたげな顔をした。
「信玄系……ですか。あ、いや、にしても深山さんを今さらこのタイミングで番組として扱うのは無いですよ。流石に。世相がそれどころじゃないですから」
「――良いのかな?」
「いや、良いも何も……」
色々それどころじゃないだろう。職場の全員がそう考えていた。
「そっか。ああそうそう、次に候補になってた企画の撮影で医学系の専門家とかどこから招こうかってあったろ。丁度ロケハンの許可取れそうな場所見つけたから。島って人が所長やってる脳神経の情報関連なんだけどな」
「えっ何時見つけたんですか?」
「いや割と休みが長かったじゃないか。その間に調べ物の時間があって――」
所詮はタダの忌引きでもうどうってこたぁ無いとでも言いたげに、休み明けの業務を調整するのに集中している深山の姿を見て、職場の面々は「ああ、これでもう大丈夫か」と安心していく。だが一部の面々は――どこか、深山の雰囲気が更に変わったかなと奇妙な印象をほんの少し、抱いた。しかしそれも彼の実家との確執が解決されたからだろう。業務で悩んでいる時の眉間の皺がいくらか和らいだのはそのためだ。そう結論付け、今日も今日とて仕事はどんどん進む。
しかし稀に――トイレやほんの僅かな休憩時間に。深山が誰に気取られる事もなく、どこにも居らず。姿を消している瞬間があった。観察力ある一部の面々でも、それに気付くことはなかった。
例えば。
「――――っと」
ついさっき休憩時間が来て、社内自販機のコーヒーを買いに席を立ったはずの深山が何時の間にそこに来たのか。本来そんなとこに居たら止められるはずの、局の屋上の更に柵の上に立っていた深山は――躊躇せず、宙へ跳んだ。
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