認識欠落(4)

「……櫻田か」

「なんや――」

 元気ないなあ、とでも言葉が続くところだったのだろうが、それを遮って深山は櫻田へまくしたてた。

「マザリだ。マザリに関する重大な情報を掴んだ」

「何?」

 そうだ、何よりこうなっては櫻田を頼らざるを得まい。しかし――

「コレを見てマザリが来るか、来ないかはまだわからん。危険だと思うなら画像を見ず、削除してくれていい。だが、お前しかいない……画像を送って、いいか。調べて、くれるか?」

 サイト内のアクセス制限されたページに残る、マザリを引き起こす影法師の姿。

 果たして、この姿その物は奴を引き寄せるのか。マザリを起こし続けている存在としてそのレーダーに引っかかる代物なのか。

 それは、どこまで危険なのかも測りがたい、謎に満ちたリスクだった。正直なところ、危険な賭けに巻き込むようで気後れすらする。しかし――今や、深山にとっては櫻田の能力にしか突破口が無いのも事実である。

 真剣な面持ちの喋りに、櫻田もふざけ混じりの声色ではなく、なにやら神妙な空気となっていた。

「……おう。調べろっちゅうなら調べたる。ちょうどええ、こっちもお前に知らせにゃあかんニュースが更にあったわ。虎井シンと言ったか? アレの生まれに関してや」

「シンの……!?」

 求めていた情報の核心のひとつに思わず深山の声が裏返る。何せどういう人間なのか住んでいる場所に行ってもほぼわからなかったに等しい。

「虎井シンっちゅうヤツはなあ、孤児や。まあ孤児にしても、俺が調べた状態ですら生まれた辺りに関しての情報だけがごっそり削れとる。いや、いや。別に偶然そういうのがわからん人もそうおらんわけじゃない。ただ、このおネエちゃんの場合元から色々簡素なのに比べても幼少時の部分だけがゴリッと削られ取るんや。徹底して出生時関連の個人情報やら「だけ」が見えん。おかしいわ……と思って何度か調べた。妹まで使ってな」

 自分特有の検索方法を長年使い慣れている櫻田だからこそ気付く違和感。個人情報の隠れ具合のムラのような物。それがあると言う。

「……それで?」

 そう言えば虎井シンの現在ばかり気にして、過去は聞いてすらいなかった。むしろ父母の方に気がそれていたせいか、現在の住処さえ見つけてしまえば大体のことはわかるだろうと踏んでいたのもあってか――虎井シンのことに関してあまり櫻田から得ていなかった。

「年齢から逆算して、あからさまにデータが消えとるのを幼少時からの近隣施設から探した。するとな……ある、病院からそれらしい抜け落ちた記録の跡が見られた」

 人為的に情報が消された、ということだろうか。深山は黙って櫻田を促す。

「それがな。お前の生まれた病院や」

「……何?」

 深山弘二と、虎井シンが同じ病院で生まれた可能性が高い、と櫻田は示した。勿論深山はそんなこと知りはしない。身に覚えもなければそもそも先日「虎井シン」の名を見知ったばかりなのだ。今までの人生で聞き覚えはない。不思議と何やら親しみのような念は沸くが、聞いた名でないことは確実であった。あまりよくある名とも思えなかったからだ。

「今は廃病院跡地――たまに各地の心霊スポット扱いされとる場所だけどな。長年勤めていて、お前が生まれた時に担当しとった医師もちょうど近所におるわ。なあ……俺はお前以外に読心能力者は見た事があらへんけど。もしかして……」

 病院に複数の超能力者と言われれば、あまり良い予想は思い浮かばない。あたかもマッドサイエンティストの陰謀のような絵面が、明言せずとも互いの脳裏に浮かぶ。

「人体実験でもしてたってのか……?」

 安易ではある。が、否定するには不気味にマッチする状況であるのも事実だ。深山も櫻田も、他の面々もそうだが――実のところ、超能力者がどう生まれるのかを知らない。ただ単に特異体質……希少な個人の特徴、その一種としてしか結論は出なかった。特筆して何か共通点があるわけでもなし。人の世に隠れまばらに出るのみ。だが、人為的にどうこうしようと考えた超能力者たちの親族などが、深山の両親以外にも学生時代の知り合い等に居なかったでもない。が、結局は荒唐無稽で実現不可能な妄言の域を出なかった。そもそも生物学的にどうなってるのか全く検討もつかなかったのだ。一口に超能力といっても、明らかに起こす事象が異なる以上それは別の感覚であり別の現象であり、また個人の認識も全く異なる物でしかない。

 ようするに、糸口が何一つ無かったのだ。そこに来てメンバーの一人は深山弘二という――テレビでいんちきじみた見世物と化した過去のある彼の存在である。そんな怪しげな連中を調べさせようとしても、本気で取り合ってくれる研究者など見当たらなく、ほぼ詐欺じみた擬似科学の存在として。あるいは若者の悪戯――果ては子供を使った悪質な金儲けやカルト扱いとして侮蔑と嫌悪の念を抱かれ。各策した一部の関係者は青少年を使って悪質な行為を重ねる大人として、社会的な立場を失っていった。

 だからこそ、当事者たる今の彼らは自分たちの発生起因や存在その物にさして疑問をはさまない。いや、この年ともなれば気にすること自体を煩わしく思っていると言っても良い。皆生活があるのだ。とは言え――このような実際に手がかりじみた物を見せられては、話は別である。

「まあ、わからんけどな。偶然そう言うのが生まれやすい場所だったのかもしれんし。元々パワースポットみたいなもんで、逆にだから潰れたのかも――おっ、医師の住所がわかった。今は引退して息子夫婦と暮らしとるみたいや。なあ。場所、聞くか?」

「……ああ」

 その時ばかりは。どうせならもう少し若い頃にこういう事実は知りたかったと、二人とも考えていた。

 詳細情報を交換しあった後に、電話が切れる。

「……まあ、危ないっちゅうのは最初ハナからわかっとるしな。アイツだけ踏み込ませるわけにもいかんか」

 櫻田探偵事務所の、所長室で――櫻田はデスクトップパソコンの前で、時に電子的な通常の手段で調べ物と合わせながら。時にそうしているフリで偽装する形で己が能力を用い、画像データをサーチするのが専らのスタイルであった。

 たまに意味も無く椅子で回ったりもする。

「さて、さぁて――他にシンのおネエちゃんでわかっとることは何かねぇ……現在のスリーサイズは是非とも知りたいところやけど」

 独り言の無意味なセクハラを誰相手でもなく言いながら――実際に依頼者や探していた人間として女性と会うと、そういう発言ができないと察するし当事者には決して言わない程度の慎重さは見せるのだが。

 検索を少しでもリラックスして行おうと、くだらない言葉を時折挟みながら、吟味し始める。すると――新しい画像が、彼の網に引っかかった。真新しく写真が撮られた、ということである。

「良し、これで現在の動向がわかる! ほう、物理媒体の写真か……な、なぁ?」

 虎井シンが――死亡?

 あっけに取られた櫻田の声もまた、誰も聞く者は居ない、彼だけが脳裏に呼び出すサーチエンジンの仮想空間じみたイメージの中で――その検索網に、ある写真が追加されていた。

 同時刻。

 保全された検視官が写真を取り、人気の無くなった廃屋のブロック塀をどうやって刳り出すかの位置を測っていた。その顔は、皆どこかぎこちない。

 一人二人ではない。その場の全員が、あたかも何かを畏れているかのようだった。

 やがて死体の前で、感嘆とも畏怖ともつかぬ独り言が出る。

「……マザリで亡くなった奴はここ最近でいくらか見たが……こんな目をしたやつは一度も見た事が無いぞ」

 誰ともなくあがったその声を、否定する者は一人として居なかった。

 ケースとしては直立姿勢で背面が攪拌現象でコンクリと溶け合う形で死んだ場合で、そう不可思議なところはない。まあ、その凡庸さもあくまで数々の攪拌現象の死体の中ではごく普通の死に様にあたるというだけなのだが。ただ大きく異なる点があるとすれば――この被害者は、壁に混ざりかけた背中を引き剥がそうとした最中で、死んでいる。

 腕を伸ばし、脱出しようとしている姿。肉体と混ざっている筈のブロック塀のコンクリートが強引に引き伸ばされ、飛び出してすらいた。死によって光を失ったその眼差しには、それでも消せぬような荒々しい闘志の意が溢れているようだった。何よりその表情には、自らがマザリ死ぬ事に対する恐れも驚愕もありはしない。まるでそれは――磔を己が力で強引に引きちぎり、その手で誰かを掴み、襲いかからんとする受刑者のような姿にも見えて――

 検死官も刑事も鑑識も皆、どこか既存の怪死体やマザリの被害者に抱く不気味な感覚とも違う、圧倒されるような重圧を感じていた。

 何より、その掴みかかろうとした相手は一体――何者なのだろう?

 口にはしていなかったが、その場の誰もが漠然とそんな疑問を抱いていた。

 だが、検死は進む。いかな死に様であれ、死体は死体として――

 その周辺情報を画像情報として検索してしまった櫻田は、思わず震えた。

 その凄絶な画像の内容もあったが、それだけではない。近かったのだ。その場所は、今自分が居る事務所と同じ区だった。

「ウチと近い――いや、それ自体はまあええ。ただ、山梨に居るはずの虎井シンがなんであないな死に様見せつけとる……?」

 東京に来て、なんぞするつもりだったか。はたまた口封じか――既に、櫻田もまた、今や完全にマザリを偶然とは捉えていなかった。明らかにこれは、何か。意図的な何かがあるという事実を否定できなかった。

(どちらにせよ、フカから他に画像が来とるのは確か。なら、それを調べるしか無い、か)

 迷いもせず、あまり鮮明とも言いがたく影のように映る送られた画像を開きながら櫻田は検索を開始した。

 すると――

「……なんや、これ?」

 何一つ見えないかと思ったが、それは膨大にあった。

 それはあらゆる土地で、時代で、どうという事の無い情報として蓄積していた。

 曖昧な影その物としてではない。影法師の不気味な姿を思わせる画像が、びっしりと出てくる。偶然よく似た図形の影が写り、引っかかっただけかと一瞬思ったがそれとも違う。櫻田の検索は、画像の意味や存在と違う物は引っかからない。図形処理しているわけではなく、写っている対象物に関連する画像情報しか出て来ないのだ。だから変装や歳を経ての違いにあまり意味は無く探せる。だからこその、異常さ。

 無数の写真に、噂に、文字の中に埋没する形で――まるで世界中の裏で百年千年と蠢き続けた存在の、消そうと思っても消しきれない足跡のように、かするように見える情報の数々。それでいて、それが何者なのかは決してわからない。

 ただ。その情報回りには……似たような顔の、櫻田もよく知る顔がちらりと見えた。見えて、しまった。

「いやいやいや。ヤバいわ。これ……なんや! フ、フカにとにかく知らせ……」

 思わず再度、通話しようとするが、圏外になっていた。

「ええい! 今は一刻を……いや!」

 探偵事務所から櫻田は慌てて外へ駆けだす。

(今は緊急災害時用にまた公衆電話が増えとるはずや! 確か家のまわりにも幾らか――)

 公衆電話を探し、走る。

 あった!

 見つけたとばかりに電話をかけようとするが……つながらない。

 小銭を入れようにも、繋がらない。

 わめき散らしながら受話器を落として周囲を見渡すと――景色が、変わっている。

「あれ。い、何時の間に」

 路地裏やないか。誰も居ない空間に、櫻田の声だけがあがった。

 背後から、気配がこびりつく。

「えっ、アンタ。うわ、うわっ……ア、アンタは……あっ」

 櫻田の声が――その場で掻き消える。

 残響すら、残さず。


  ◆

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