認識欠落(3)

 年 月 日

 Mind Decode systemと呼ばれた物を深山夫妻より受け取る。自己実験を再開する。

 意識が上手くまとまらないため、無理やり明確なわかりやすい形にするためここに書き記そう。

 MDを知った当初は、私自身の能力を拡張し、安定させるための道具としてしか考えていなかったことは否定できない。

 だが、彼らに対しデータを進呈し互いにメリットのある取引ではあるつもりだった。

 私の考えは甘かった。


 私は幼き日より、自分の能力や存在に半欠けのような中途半端さを感じていた。何かが足りない。この読心能力は本来の物ではないと。

 そのためあのような……本来私が協力すべきではないあの2人と接触までしたのだ。

 あの人たちと会うべきではなかった。率直に言えば、失望を覚えた。

 やはり、協力だなんだと話が進む前に直接彼と会うべきだったのかもしれない。

 だが、なんにしても今の状態に適応してからだ。



 年 月 日

 幻覚と現実の区別が付かなくなってきた。せん妄状態にあるようだが、それを認識している自分もまた存在する。狂いそうでいて、狂えない。発狂を望むわけでもないが。

 ひとりだけでは何も進展しないと、今私は東京駅の中でこれを書いている。無数の声が、無数の思考が、そしてそれを精査して見える情報が飛び込んでくる。

 人間はただ生きているだけで、膨大な情報を取捨選択し、発信し、受信し処理している。

 例えおぞましい邪悪な人間の心を読んだとしても、それをただ人の心が醜いと、あるいは空虚とだけ見なすことができた私はどれほど幸せだったろうか。否、人心の表層的な行動や心の清濁を否定しているわけではない。

 だがそれ以上に人の心の奥に宿る物は深く、そして膨大で……化物じみている。

 私はMDの力によって意識的にそれを認識してしまった。もう、戻れない。



 年 月 日

 ただ機械的にデータを読み取るだけならば、こうはならなかっただろう。ただ思考を外在化するだけならば、こうはならなかっただろう。両者が揃ったことにより、何らかのトリガーが引かれたのだ。今の私はなんだ、人間か?

 わからないのは、ここに至っても尚半欠けじみた感覚が消えないことだ。私は何かが欠けている。だが、それを埋める方法を知らない。これでは何かが足りない。どこかズレた行為をしている気がする。



 年 月 日

 マザリ……と、呼ばれる事件が耳に入る。私の周囲で人が死ぬ。

 何が起こっている?

 深山の家で、あの人たちが来た。アレらとは会いたくなかったが、何かをするつもりだった。記録された私のデータ。ギガバイトにも見たぬあれを……彼らは。

 ばら撒いた。

 影法師の姿。あれは、あれは。そうか、私のせいで。私が。

 止めねばならない。私はここにMDを残す。もはや誰が使っても意味はあるまい。

 弘二を除いては。




 ……日記はそこで終わっており、これで終わりかと更に調べると続きの部分が刳り貫かれていた。中には少し前の補聴器のような、耳に付ける何らかの機械があった。おそらくはこれがMDS――なのだろう。

 アッサリと、目当ての物は手に入った。しかし。

「……結局、何もわからんままじゃないか……」

 結局深山が読んでも、読心能力者がこれを使うと、食い合わせが悪く発狂しかけるような目にあう事しかわからなかった。ただ単に自分にとっては危ないだけの機械を……深山にとってのみ危ない機械を見つけてしまった形だ。これを返しに行けばいいのだろう、か?

 マザリとは?

 シンは何者なんだ?

 今シンはどこに居る?

 父母との関係は?

 影法師とは誰だ?

 ばら撒かれた情報とは一体なんなんだ!

 何かを説明しているようでいて、全く明確な説明になっていない。

(これは日記ですらない。論理だてた文面ではなく、整理できない情報を頭の中でどうにかまとめるための――覚え書きだ)

 もとより誰かが読むために作っているのではないのだ。読み返すためですらない、その場の認識を明瞭にする為の……物理的な行動による情報整理に過ぎないのだろう。

 文章に弘二とあるのはまあわかる。何せ深山老夫妻がバックに居たのだから、あの者ら経由で知っていてもおかしくはない。

(バラ撒く……何かしら、やり兼ねないのは、恐らく……この流れからしてウチの親くらいしか居ないが……)

 拡散、という言葉が浮かぶ。帳簿に書いてあった単語。

「まさか、あのURL。あのサイトまで――あの人たちが、作った?」

 思わず持ってきたノートパソコンを開く。村田夫妻も言っていた通り、深山の父母は機械に弱いというわけではない。それに今時様々なサイトを作る一般人など珍しくもないし、運営していたと言う事実も聞いている。

 持ってきた帳簿のURLを打ち込み、サイト管理者としてアクセスするとパスを求められた。

「…………これか?」

 いくつか周囲に書いてある意味のわからない文面を打ち込む。すると、アッサリと開いた。呆れたことに複雑なアクセス制限のある隠しページまで含めてであった。

「……ある意味管理がザルだな、こりゃあ」

 これらは意味の無いマザリに直接関係のない、アクセス数を伸ばす為の便乗サイトのフェイク動画ではなかった。シンが発狂しかけた状態の、MDのデータを変換した動画だったのだ。後は、又聞きに近い大雑把なMDに関する理論や論文などの――おそらくこれも盗み見たデータであろうものが、多く記録されていた。

 ……そして、人を襲う謎の黒塗りの怪人の画像も。

 深山は、思わず息を飲んだ。どこからフィードバックされたのかは謎だが、明らかにその姿は「マザリ」を引き起こしていると思わしき何かだった。

 撮っている人間がどうやってこれを残したのか謎ではあるが。やはり――マザリは、人為的な何かだったのだ。興奮しながら深山はデータを探り、何か手がかりがないか貪るように読み続けた。

「人間の脳は知覚した情報を自動的に絞り、制御し、処理している。だから個人によってその認識や記憶にバラつきが出たりもする。脳梗塞や、様々な理由で後天的先天的問わずある一定以上、つまり日常生活に支障が出た範囲の物を、脳機能障害と呼ぶ――」

 心を読む、という状態が特殊な体質と考え。更にMDによってもたらされる物が一種の後天性障害を引き起こす物に近いとすれば。

「あの二人は、シンのMD記録が何かしらの効果をもたらすと考え、ネット上に拡散し始めた……実際は別にそれ自体で何が起こったとも聞かないが。遠隔外在化障害……なら……マザリは、マザリを起こすコレの正体は――シンという女性が、その女性だった誰か……データ取りのために広められたそれを回収している「何か」……?」

 後半は完全なる推論だ。だが、一番しっくり来るような気がした。表に纏められたデータの中では、マザリとMDのデータのアップロード時期はほぼ僅差だ。ややマザリの方が速いようだが、それは完全に発狂したシンが最初に人を襲い、そして……自身のデータの匂いがする存在に引き付けられ、次々と偶然その映像データをチラッと「踏んだ」一般市民から襲っているとすれば……?

 ……辻褄は、合わないでもない。これで本当に正しいのかという迷いはあるが、いまのところこれを否定する理由もない。

 つまりシンをどうにかせねばこの事件、終わりが見えぬということかと考えながらもアップロードされたデータを消していく。少なくとも出来得る範囲でデータを全て削除することで、これ以上の被害拡大は避けられるかもしれない。何かの拍子にネット上に拡散していた場合、こう言った行為だけで完全に根絶はできないのを深山は知っていたが――やらないよりはマシだろう。

(元より、この映像を確認してしまった俺も――既に手遅れかもしれんしな)

 先に自分もこの映像を見たような、見なかったような覚えはある。

 果たして大枠としてマザリを起こす条件が会っていたとしても、どこまで何を見ればアウトなのか。動画を最後まで見ればか? サイトにアクセスした段階で? わからない。あたかもPCがいつどの段階でウィルス感染したかの境目が判然としないように、マザリにとっての規準がわからない以上、全ては机上の空論の域を出ない。

 煮詰まる思考をすぐ傍に感じながらも、それでもなお思案を続けていると。着信が鳴った。思わず反射的に深山は電話に出る。

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