認識欠落(2)

 実家の最寄駅、甲府から更に二駅。同じ県で実家から遠くない場所なのは、果たして偶然か。それとも近場の人間だからこそ、深山の両親がシンを見つけられただけか。

「…………」

 慣れない道を多少迷いかけ――狭い路地裏をなるべく避けて通るせいで余計に迷うところだったが、どうにか目的地のマンションに行きつく。定住地かどうかはわからないが、なんだか深山自身の住んでいるマンションと似たつくりだ。趣味が似通うのだろうか……と考えると。

 送ってもらった個人情報を軽く見る。

 調べてもらったのは良いが、なぜ虎井シンという人間が今まで自分の目に入らなかったのだろう。この人が。一体、なんだというのだろう。

 単にニアミスと言ってしまえば、まあ。それだけかもしれないが。

 と、やけに見覚えのある顔がマンション下に居た。それは先日居酒屋でよく見た――

「……加川!?」

「深山……?」

 マンション脇のゴミ捨て場に居た男は、ジャージズボンにシャツ一丁でボーっとしていたその男は、見慣れた旧友の姿だった。ゴミを出した直後なのか、いかにも緩んでいる。

「お前、その……昼間だろ今?」

 例えマンションの蓋付きゴミ置き場であろうと、早朝以外でゴミ出しをするのは各自治体のルールに明確に反する行為のはずである。

「えっ……いや違うって! 勝手に捨ててくヤツがたまに居るから見てるんだよ!」

「あぁ、ああ……そうか。いや、このマンションに住んでいるとは……」

 深山は同じく山梨出身なのは知っていたが、加川の現在の住処までは知らなかった。娘は一人暮らしをしていて、今は母と嫁の三人暮らしとは聞いていたが。

「おお。えっ……ああ、偶然来たのか? どうした」

「ちょっとな。櫻田に頼んで調べてもらった奴が居て……」

「ああ、取材か。テレビクルー来てるの?」

 思わず加川は野次馬根性に満ちた表情で辺りを見回す。深山はどうにかごまかそうと、曖昧な発言を重ねた。

「いや俺個人で……ちょっとな」

「ふぅん……俺もさ、あれから気になって……被害者を大体調べたんだが……死人は超能力者が多いんだ」

 その言葉に、驚きもせず深山は頷く。

「……ああ、俺も調べたんだが。大体一割以上は見知った連中――全国に数百人も居ないとされる人口比からすれば異常だ。いや――」

「数百人未満ってのも昔のお前や俺が知っている限りでは、な大雑把な数字だしな。この内の被害者に暗数としてもっと居ても……おかしくは、ないと」

 加川が言う。

「超能力者狩りだとでも?」

「そう断定してから見ると、今度は明らかに普通の人が死にすぎている。半端なんだよな……」

 無関係と言うには被害が多いが、超能力者を狙い済ましたものとみなすにも座りが悪い。そんな中途半端な数字だった。

 誰か特定個人を狙う、とか恨みを込めてといったような意図は感じない。半自動的に行っているようでもあり、通り魔じみたものにも見える。いや、自然現象に人間じみた錯覚を抱くのもまた人の世の常である。

「だからまあ、こうして知ってる能力者全員に口を酸っぱくして注意勧告してるんだ。と言うより。関東でテレビ局の裏方なんぞやってる上に、親があんなことになったんだぞ? 一番危険な匂いがあるのはお前自身だってことを理解しておくんだな。路地裏には金輪際近づくなよ、半径一キロは離れておけ」

「出社も外出もできねえって……」

 最後の冗談じみた警告をあしらって行こうとすると、待てよと深山は呼び止められた。振り返ると、打って変わって加川は何か真剣な面持ちでこちらを見ていた。

「……やっぱ無理だわ、深山。お前、この期に及んでまだ何か調べようとしているんだな?」

深山は思わずたじろぐ。

「いや、俺は」

「なあ、さっきも言ったけどさ。ニュースで見たよ、そっちの実家のコトは……お前が、蚊帳の外状態の俺には到底わからない部分まで辿り着こうとしているってのもわかる」

「だったら」

 調べたいという俺の気持ちもわかるんじゃないか、と深山は問うた。しかし。

「むしろ逆だ。もし、今まで起こったマザリの事件が、意図的に、何らかの意志によって引き起こされた殺害だとしたら……そんなの、人間にできることじゃねえ」

「それは――」

 否定はできなかった。個の存在による行為だとすれば明らかに、自分たちの超能力どころの話ではない。桁外れの怪物が人々に尻尾も掴ませず殺人を繰り返しているのだと仮定すれば、そんなもの真っ先に逃げる方が正しい。少しでも避けるように行動すべきだろう。

「災害であってもなくても、首をつっこめる事態か?」

「……ああ。とは言ってももう、色々頼んじゃってるからな。今さらこんな中途半端なところで終えるのも、却って危ないだろう」

「さーちゃんまでやってんのか、やっぱ」

 そこまでのリスクを背負う必要があるのか。その問いかけへの明確な回答を深山は未だ、持っているとは言えない。

 単純に巻き込まれたくないという加川の恐怖に、こちらを心配しての危惧。それらの感情が、心を読まずとも突き刺さるようだった。だが、それで深山が帰れるような状況でないのも事実。

「……報道する側の人間になったからって、そこまでするかよ」

 マンションの目当ての部屋に向かう男をもう止められないと悟った、加川のその問いかけに。深山は自嘲するかのように答えた。

「いや。テレビじゃない。俺自身が――勝手に知りたいだけだよ」

「馬鹿野郎」

 階段を上る深山を見届けながら、加川は呟いた。やがて――彼もまた、とぼとぼと自宅の階へと戻っていく。彼が今やれる事やるべき事と言えば、当初の目的だったゴミ捨て場の点検をしたことを家族に言っておくことくらいだった。

「今日は勝手に捨てていなかったよ、誰も――」

 妻にそう報告しながらも。自分はこの事件と関係無いのだと己に言い聞かせるように彼は、ずっと思考し続けていた。

 一方深山は、どうにかこうにか迷いを振り払うと八階の虎井と書かれた一室、その前に立つ。

「ここ、か」

 虎井との表札プレートが傍にある扉を目の前にすると、僅かに緊張してインターフォンを鳴らす。返事が無い。というか、気配が無い。留守か? 半分自棄のように深山はドアノブを掴むと――カギすら、かかっていなかった。

 しばし考え込んで、入る。犯罪じみた行為なのは深山も重々承知だが、ここまで来て手ぶらで帰る事の方が座りが悪かった。

(すぐ逃げられるよう靴は脱がない――いやそれじゃ空き巣か)

 行為としてはさして変わらない。が、流石にまずいかと靴を玄関先に脱いで出揃えて入る。お邪魔します、という言葉が返事もなく虚しく響き渡る。

 女性の部屋に勝手に入る形のせいか、必要以上にびくびくしつつも家捜しを始めた深山だが――いくつかの部屋の中を見渡しても、基本的な生活家電の類を除けばベッドと本棚くらいしか無い。後はクローゼットにスーツが何着かあったがそれだけだ。

 生活感のある物品があまり無い光景と、開いているカギ。思わず彼も夜逃げを連想したが。

「……なんか、夜逃げにしてもしっくりこないな」

 服が数着残してあるというのが変だし、これほど様々な物を無くしてあるのに本棚だけあるのも意味がわからない。

 電気やガス、水道を確認したが止まっている様子も無く、水も錆び付いた感じではないためつい最近居なくなっただけかと思われる。これでもし、単に買い物にでも出かけていてカギを掛け忘れただけなら即座に通報されるだろうな――と別の意味でぞっとする想像が深山の脳裏に浮かんだ。

 はたまた純粋に物を持たない人種だったのだろうか。そういう生活スタイルの人も今は珍しくはない。深山はミニマリスト関係の番組で、更に徹底して物を持たない家庭をネタにしたこともある。だが……これでは、一体家人がどういう状態なのか、わからない。留守中とも空き巣に入られたとも思えない感じなのだ。強いて言えば空き巣のようなことをしているのはやはり今の深山当人だ。ふと、彼は実家の自分の部屋を連想した。この物の無さはどこか、かつての自分の部屋に似ている……それは読心、遠隔外在化能力者同士の心理的共通項か。

 なんなのだろう。この、虎井シンとの名前を持つ女に感じる親しみ――いや共感か。同じ力を見出され、同じくあの親に振り回され押し付けられることへのシンパシーなのだろうか。直接会ったことも無いだろうに。

(よせ、勝手な共感だ。ストーカーじみた思考ことになる前に、冷静になれ……)

 一人暮らしの女性の部屋に入り込んで挙句そのような考えを抱くのはあまりに危うい。

 大体めぼしい場所を見てから、他に探すものも無しと本棚を探ると、日記が出てきた。そこまで古い物ではなく、真新しい。今年の日記だろう。めくると、日付無しに直接内容が書きこまれていた。それも核心めいた部分を補足や前情報も無くいきなり書き出すような、よくわからない内容だった。

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