残った家族

 時を同じくして深山家。深山弘二と別居状態の家族が住む一軒家の方の深山家だが、苗字は変わっていない。家の名義も夫にあるままだ。

 居間のソファに座りこんで。女性はもたれる形でテレビを見ていた。概ね家事が一区切りついた小休止と言う感じだが、心ここにあらずと言うか、間を保つために無理にテレビを付けているようでさえあった。服にはシワがよっていたりするが、特に気にする様子もない。

 弘二の妻、純香は急激に変わった情勢に少し面食らっていた。彼女は常時いくらか疲れたような、寂しげな目が艶やかな長髪に映え、近所からも物静かな謎めいた女性としてたまに話題に上がる女性だった。今のところ、義母と義父の死と、生前の言動が大規模にバレて騒がれてはいないが――どこかで知る人が出やしないか……ご近所でも醜聞になりはしないかと、そういった危惧を少なからず彼女は持っていた。

 今時ご近所付き合いや個人の家庭に対する干渉と呼ばれる行為も、地方ならばともかく都心部では然程みない。が、結局のところ周囲に住む人にもよるし、何よりこの家には学生の子供が居るのだ。長く別居状態ともなれば親同士の会話で――少なからず、噂は発生する。

 何よりその全てを撥ねつけているが、彼女の実家における家族らは、前々より離婚を度々純香に勧めていた。それは向こう側――深山弘二の生家の異常性を少なからず知っていれば当然の心配ではあった。面倒を避けたいというだけでなく、単純に娘と孫に身の危険が及ぶのではないか、そう思うのも無理はない。なにせ当の深山弘二ですら、確かに実父と実母の存在が純香と茂の重荷になるのではと一、二回ほど離婚も止む無しという意見を出した事があった程だ。が、純香は頑として離婚だけは受け入れなかった。元よりそれで別れるくらいなら結婚などしていない。何より弘二さん当人の人格と関係の無いことで別れるのは嫌だと。謝り、泣き、わめいても尚――それだけは譲れないとばかりに別れることだけは拒絶した。その意思表示をして以来、弘二からも離婚の言葉を持ち出すことは無くなった。

 息子である茂もまた、父方の祖父母――あの二人の死を、ニュースで知っている。直後、父である弘二から電話が届いた。俺は遺品整理や、生前にあの人らが何か迷惑や面倒事を起こしてないか念のため調べるから。終わったら会えるぞ、と聞いて。彼は、ガラにもなくいくらか高揚していた。

 それなりに落ち着いた性格に子には育っていたが――特異な閉塞した状況からの変化は、むしろ茂としては望むところと言えた。

 二階に居た茂が降りてくる。のろのろとした動きで顔だけこちらに向けて来る母――純香を少し焚きつけるように、話しかける。

「父さん、今度はいつ会えるのかねえ」

「茂……」

 とはいえ、あからさまにはしゃぎ立てるほどでもなく。茂もまた、遠慮がちな態度にもなってはいた。年中短パンにTシャツで、日頃はいかにも四六時中走り回っていそうな元気な少年なのだが。ここ最近は流石にどこか神妙な顔にもなりがちだった。

「いや、ヒデーこと言うみてぇだけどさ。つうか酷いけどさ。もう――ほら、会えない理由は、去ったわけじゃん」

 息子の言葉に対し、母――純香はうつむいて黙り込んでいる。

「あんなジジババがいなくなって親と会えるのなら、喜んで会いたいわけで。ああ」

やっぱ酷いこと言ってるな、オレ。と、茂は手を顔に当てて他人事のような口調で呟いた。

 純香は否定をしない。だが、肉親の祖父母にそんなことを言う物ではありません、とも言えない。正直言って……あの者らが死んで、純香もまた安堵のような感覚を一瞬覚えたのは事実ではあるのだから。だが、そんな思考は夫を――たまに見透かしたような目をする弘二を、悲しませてしまうのではないだろうかと。今の彼女はそうやって自己嫌悪する。純香からすると深山一太と深山ユメは、夫から自分と息子を引き裂いた人間ではある。しかし、夫の弘二にとってはやはり、親なのだから。何かしら思うところもあるはずだろうと。

 それでも安堵の後、最初に考えたことは息子が今言ったことと同じく「ああ、これでようやく弘二さんに会える」だったのだ。いくらなんでも人の死に対しなんとも利己的な思考ではないか。

 茂はそうやって生真面目な苦悩を見せる母に対し――それでも、会いたいと思えるのは一番大事だよね。と、静かに言った。

「……そうね」

 純香はそっと己が肩を抱いて、それでもその感情その物を静かに肯定する。

 深山弘二という男が、帰ってくる日を待って。

 二人は彼が帰ってくるべき家で、今日も彼を待ち続けていた。

 深山が自分自身でも何を探しているのかわからぬまま、予想だにしない物を調べ続ける時も。ずっと、二人は待ち続けていた。

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