帰郷(6)

 研究所の面々にとっては、全ては虎井シンという女性にかかっている――ということだ。

 脳情報感覚補填研究所を出て、深山は彼らの扱いかねるような反応を思い返し、ああ。やはり自分たちの能力はどちらかと言えば、数多くの研究者にとっても真偽以前に面倒でしかないのだなと再確認する。大学の時分に、加川がある試行で言った台詞を彼は思い出していた。

「研究しようにも、起こしている事象が違い過ぎる」と。

 当時、論文を仕上げるコトにも当時慣れてきた加川は、なんなら自分たちで自分たちの超能力を調べてみようと測定等をやってみたのだが――

「あのさあ。そもそも超能力ってひと括りにするけどなあ。これキノコと人工衛星持って来て『同じ物質だから研究できるだろう?』とかほざいて単純な測定だけで相互データ取ろうとするのと大して変わんないぜ」

 指摘されてみると確かに、例えば瞬間移動や予知能力はフィクションにおいてはポピュラーなものとして超能力のカテゴリーで同列に扱われているが、現象としては全く脈絡がない。何かしら、それを引き起こす根を共にするエネルギーや作用を理論化できれば別なのかもしれないが、それを可能にするには圧倒的に今確認されている超能力者だけでは得られる情報が足りなさ過ぎるし、大統一理論以上の理論を一から構築してみせろと知らない誰かに無茶を責めたてられているかのようにも思われた。

「案外、俺らが秘密裏に国だの組織だのに捕まったり、実験されない理由もそれかもな」

「え?」

「存在自体が面倒くさいし原理なんてゼッテーわかんねえから無視ってこと。メリットもあんのか無いのかわからねえし。この世で一番謎が多い研究分野ってのは、つまり一番人気が無い分野のことさ」

 現象が限定された個人に立脚しているから、再現性の高い客観的なデータを取りにくい。調べて具体的なメリットも浮かびにくい。

 非現実的な力だから、どうしようもないのではない。未知の力だから、ダメなのではない。単に性質自体が精査しにくいのが素人には扱えないというだけの話だった。

「……俺たち、不人気なのか?」

「当事者たちまで投げてんだ、当たり前だろ」

 呆れ混じりの笑いがその時は広がったものだが――同時に、その言葉を否定する者も、一人として居なかった。人生そんなものだ、と。悟ったような気にもなっていた。

 自分たちのこともわからないのか、と言う疑問や情けなさと無縁だったわけではない。だが、アスリートは全員が運動力学や人体生理学に精通しているだろうか? 楽器がもたらす音の周波数と振動に関する学問を全て理解しきっている音楽家などそう居るだろうか? つまりはそういう事である。誰もが車の内部構造など把握せず車に乗る。

 同じく、加川の言葉を後に受けて皆神が言うには。

「私らの世代だと、あまり身軽に動けないしねえ。ここまで集まれた今の状態は、深山君ありきな面はあると思うよ」

 深山より年上の世代となると、ユリ・ゲラー騒ぎなどでむしろ埋没してしまったり、後追いの下手なパフォーマーとして黙殺されるケースも珍しくなかったらしい。更に遡れば、戦争で超能力どころではなく。そこを突っ切っても心霊ブームの走りによる混乱……等々。

「結局、流行っては廃れるその手のブームの揺り返しや世相の移り変わりに、当の超能力者個人個人はそうそうついていけないんじゃないかな」

 あるいは、世間の波に上手く乗って表舞台に立てた超能力者のニンゲンこそが、逆説的に歴史上で不可思議な伝説を残した存在なのやもしれない、とも皆神は言った。

 だとすれば、現代においては象徴的な旗頭としてよほど上手く立ち回らねばほぼ無用の存在でしかないだろうとは、集まった超能力者全員が薄々察してもいた。

「――もし、集団として確立されても。社会に認めてもらえないと行動や安定した個性の集まりとして生きるのは難しいだろうね」

 そう柔らかに諭す皆神の言葉はなんだか、先天的にマイノリティとされる心身の特徴を持った人間に対しての論評のようだった。事実、そうなのかもしれない。

 当事者たちからすればそれは千差万別の認識であり、あって当然の意識もしない特性でもあり、時に社会との摩擦を感じ、時にどうとも思わない。

 稀有な存在とは、世にそうそう在るものではないから稀有ではある。しかし、ある種の少数派を常に有するのが集団とも言える。ごく普通の個しか無い集まりなど、絵空事でしかない。だからこそ――珍しく、あり得ない力が真に存在したとしても。別にそれが何かを解決する突破口や問題を説明できる理由になるとは限らない。

 だが、今では――それでもなお、何らかの形で自分たちの力を。存在の正体を必死に探ろうとする者が、少なくとも一人。居るわけである。

 その名は虎井シン。果たして、いかなる心境か。

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