帰郷(3)
「ふうん。あのボンクラどもが、いきなりマザリとかいう……あの東京の災害でいきなり死んだのが不自然だから。葬式ついでになんか余計なバカまでやってなかったか調べたくなったと」
「おいこら、いくら何でもその言い方はないだろう。いくらその、なんだ……アイツらと言えども。今となっては故人で、弘二くんはその遺族だぞ」
「いえ、大体というか……正にその通りですから」
わざわざ来てもらって立ち話で返すのは忍びないし、まずは休まないとこちらも気が滅入るからと、お茶を出して一息つく村田夫妻と深山の面々だったが、端的に村田婦人は状況を纏めていた。
「市の話で聞いた感じだと、一応はどういう死に方なんじゃいってこと調べんといかんで警察が切り出して司法解剖とかやってるらしいけどねえ。問題は火葬場とかどうすりゃいいんだか。コンクリとかのきれっぱしまで混ざってるわけでしょ? 火力足りねえんでねえかねえ」
「あー……そういえば、お骨はどうすんだろう。こりゃゴタゴタ多くて迂闊に死ねん世の中だね」
「工事の人も大変だしねえ……死んでまで世間様に迷惑かけたかないねえ態々」
ナチュラルに死を見つめ茶をすする老人夫妻に対し、強い人たちだなと深山は苦笑する。実家に帰ってみた深山弘二の身からすると、どこから探していいのかよくわからないため、丁度どうすべきか悩んでいたところだった。なにせ彼らなりの変な宗教観、世界観とも言いがたい物に基づいた妄言の塊とも言える物品や文面がこの家にはゴロゴロとあるのだ。どれが自分の言い知れぬ不安を説明するカギとなるのか……何も証拠が無いのではなく、雑多で無意味なノイズじみた情報が多すぎる。その上、元々こちらが調べんとしていること自体が曖昧である。当の妄信の対象たる深山にもそれは判断が付きにくいひたすら面倒な代物――それがこの実家だった。
そんな今の状況からすれば、近所の村田夫妻の証言はありがたいものだった。何かしら家捜しのヒントになるかもしれないし、何より一人でこの家屋の中にいるだけで閉塞した空気があったものだが、それもいくらか霧散していた。
「インターネットあたりでもよく活動しとったらしいね。アカウントやらサイトをいくらか宣伝しておったが……なあ」
「内容が内容だからね。殆ど気にされないか、たまに話題になっても玩具代わりにからかうやつが出るかくらいで……私らも最初はそういうの全く知らなかったんだがなあ。ほら、近所のとことかまで含めネット上になんだ、公表とは言わんけど。彼奴らは平然とインターネット上に暴露するわけだ。個人情報とかな」
「それで一悶着あって、嫌でもこんな年寄りどもがその手のサイバー犯罪がどうしたなんてのを覚えにゃならんことになったわけよ、弘二君」
世間話のように言うが要は身内の恥である。もう済んだ事のように村田夫妻はアッサリと言うのが深山にとっては救いだった。
「そんな……その、そこまでご迷惑を……」
すまなそうにする深山に対し、夫妻は気にするなとでも言うかのように平然としていた。散々振り回された被害が良くも悪くも目立って筒抜けなせいか、地元において深山弘二は恥さらしの深山夫妻の憎き息子ではなく、むしろ深山夫妻の最大の被害者扱いなのは、不幸中の幸いとも言えただろう。勿論恥ずかしくはあるが――実親と同類扱いでないだけでも彼にとってはありがたかったのだ。
「まあ今じゃ大方のサイトは閉鎖か何かに追い込まれとった筈でな。目に見えるところは潰れとるから特に弘二君が求めるような何かしらの動向を追える手がかりにはならんと思うが」
あっけらかんと村田翁は言う。深山弘二という人間は、成人するかしないかの頃に親元を離れた。それが間違いだと、彼が思ったことは一度たりとてない――例えるのなら災害や変質者を避けることを「逃げる」と決して呼称しないように。だが、村田夫妻のように家族よりは距離を置いた環境とはいえ、ここ数十年もの間あの二人を相手どっていた近隣の面々に対してその苦労と、強さが垣間見えた気がした。
「あっ、そうだそうだ」
「何か思い当たることでも?」
「そうそう、アイツら去年あたりからなんか若い子をウチに引き入れてなんか怪しげなことしてたわ。弘二くんと同類がどうしたとか、ようやく見つけたとか、研究所だかってはしゃぎまくってたから近所でも騒ぎになってな」
婦人の言葉を聞いて、村田翁もそうそう思い出した――と続ける。
「あーあー。とうとう弘二くんに見切りをつけて、他の子を仕立て上げるつもりかって怒ったなあ。ま、その子も凛々しいというか……あまり彼奴らの言動にも動じてない感じの賢そうな娘さんだったし、その内居なくなったからそこまで心配せんで済んだが」
「それは――」
一体誰だ、と深山は驚く。あれほど自分に執着していた親がそこまでするとは何者なのだろう。かつての深山の父母は、深山当人を除けばその息子を狙ってはいたが、それは深山弘二という存在を取り込むための道具のひとつか、または、嫌な表現だが――付属物として狙っていた色が強い。
だが、多少聞いただけでもその女性は明らかに深山弘二と同等の「何か」としてあの狂人の手前を行ったり来たりしていると呼べる状態の父母に迎えられているようなのだ。驚きと戸惑いを深山は禁じえなかった。
「シン……とか呼ばれてたな。あだ名か本名かはわからんが。研究所がなんちゃらとかも、しきりにそこいらで携帯使って怪しげに連絡取ってたとかご近所の目撃情報が多いでな。ああ、別段見てたご近所の連中がそれほど目ざとい面子なわけでもねえ。イヤでも目につくほど動いとったちゅうことさ。たぶん電話関連の台帳か、メモかなんかに書いておるんでないか?」
「メモ……」
「弘二くん。機械が十二分に使える年寄りでもな、記録はそこらへんのよく使う場所や物にサッとしてとっておかんとパッと忘れるというのは多いんよ、なあアンタ?」
「うんうん」
固定電話の置いてある場所に、帳簿があったはずだ。あの二人には珍しく、何かしら思想信条も特に関係のないちょっとしたメモ帳代わりだった帳簿で、あまり重要な事が書いてあるとも思えなかったから優先して探そうとはしなかったが。後で探そうと深山は決心した。
「案外あの娘さんに逃げられたせいで、あせって自ら変な儀式でも始めようとして……無茶してうろついてたらマザリに合ってポックリかもしれんね、あれは」
茶をすすり茶菓子を食いながら言われる村田老人のそれは――手放しに納得できる物ではないが、非常に信憑性のある言葉ではあった。
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