帰郷(1)


 その死その物は、単体では今さらさして驚くべき事件ではなかった。元々他県とはいえ、全国的に見れば関東地域の比較的近い場所ではあったのだ。

 しかし、東京都以外では「マザリ」で死んだ者は初の事例ということで局は騒がざるを得ない。どちらかと言えば、この奇妙な天災が全国へ拡大するのだろうかという危惧が、皆に必要以上の興味を持たせていた。

 出社してもなお、質問したくてうずうずする心の声が透けて見える。事実、心を読むとそういった感情が局の一同から多く見えた。

別段自分の境遇は秘密にもしていない――むしろ下手に隠そうとしすぎた方が騒がれかねない、という今までの配慮でそうしていたのだが。誰でもちょっと経歴を調べれば、それまでの深山の人生や、境遇はわかってしまう。元超能力少年。息子の才能に狂った父母。そして親の方が東京都外で始めて死んだケースとなれば……怪奇じみた、いくらでも騒げる要素はたっぷりとある。そう言った深山弘二という個人に対する興味本位の念がそこらじゅうから見え、あふれていた。

 悲劇の数奇な人生を送ってきたテレビディレクター深山弘二。それを題材に特番を組むか……ということが議題にあがるようになったのは局内の企画会議でも一度や二度ではなかった。しかし、当事者を目の前にすると流石に気まずい。ごく普通に一緒に作業や製作をこなしてきた上司、部下、仕事仲間である。プロデューサーもあからさまに言葉を濁す。放送作家も、ADも、関係者全てが……何かしら、身内、者によっては上司をネタにするということへの面倒くささと気まずさを感じているのは明らかだった。いっそのこと、番組にし得る話題の要素が何も無い方がよかったと考える者も少なくはない。プロとして、その気持ちは深山も判らないでもなかった。だからか……

「別にかまいませんよ。自分から番組としてどうこうする気はありませんが、拒否もしません。ただ先導して作るのもなんですし、自分の事となっては主観抜きに上手く番組を作れる自信もありませんからどなたか別の布陣にお任せする形になりますが」

 と、悲しげだが表情の抜けた顔で深山も穏やかに言ってくる。特にそれは空元気や辛さを押し殺しての言葉というわけでもない。配慮こそあるが、あくまで本音の台詞ではある。だが……だからこそ、余計に周囲は気まずい。

「ああ、いや。ともかく。ご家族が亡くなられたんだし、ほら、君もご実家の調べ物やゴタゴタとか葬式とかあるんじゃない? 行きなさいよ。私ら止めないからさあ」

 近しい仕事相手として、先陣を切ってそうフォローするプロデューサーの言葉。それを聞いて他の者も追従する。

「そ、そうですよ! ここで更にこんな内容で働かせたら局も鬼みたいじゃないですか! 今時そこらへんモラルにうるさかったり調べだす視聴者も多いって言いますし、ここは忌引き休暇をどーんと!」

 軽口に慣れていない田辺の言葉に皆も頷く。やがて……では、しばらく休みを取らせてもらいます、と深山は呟いた。思わずその場の全員に、ほっとする空気が満ちる。

(……ありがたい、と言うべきかな)

 厄介事が無くなったと思っているのは確かだが、それはこちらを心配していないことと必ずしも等号にはならない。そういった心の内の機微を――心を読まずして察した深山もまた、多少気まずくはあれど周囲に少なからず感謝の念を覚えた。

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