仕事の狭間(5)

「えっ皆神さん休んでいるんですか……」

 ようやく番組制作の仕事も一段落付いた頃にバイト先の櫻田探偵事務所に連絡すると、受付の職員が彼は休んでいると言う。元々所長の櫻田は深山の旧友の一人であり、皆神とも交友がある。

 皆神がフリージャーナリストとしてあまり仕事を得られないと聞きつけ、どうせだったらこっちでバイトでもやってくれないかと頼む形ではあったが、半分は知人である皆神の生活苦を見ていられなかったと言うのがある。とはいえ、やや調子に乗りがちな櫻田が皆神のフォローの世話になっている部分も多分にあるのでお互い様とも言えるが。

 皆神は、事務所ではよく働く一方で休みも多かった。前職がカメラマンだったのもあってか、ふらふらと外国や他の地方に行っては写真を撮ってくることも多い。六十前後だというのに恐ろしい体力だとよく探偵事務所の面々や、ジャーナリスト仲間からは言われていた。実は、こっそり念力を使って荷物を軽くして運んでいるから移動費もかからず手早いのだと深山たちには明かしている。それを考慮してもやはり恐ろしい体力だ、と冗談混じりに評されるのも常だった。その、皆神は――今もやはり、マザリの発見者としての記事を仕上げて早々に休んでいる。

 鉢合わせした事件を鑑みれば無理もない、とされているが。実際は彼もまた、何かを察して探しているのではないだろうか? そう、深山は考えていた。

 さて皆神が休んでいるのならあっちに――と深山が考えた辺りで、丁度携帯に着信が入る。悪くないタイミングだ、と深山は電話に出た。

「さーちゃんか」

「おう、なんやフカ。最近は探偵業務も忙しくてなあ! お前もなんだな、その、いそがしそうな感じやけど。まあ俺は皆神さんにはバシバシ働いてもらっておるぞ!」

 中途半端に関西イントネーションまじりの太い声が、馴れ馴れしく返ってくる。つい先ほど深山が電話しようと思った深山の友人の一人、櫻田裕だ。その名の通り、櫻田探偵事務所の所長である。

「ああ。マザリに関して、だ。色々キナくさくてな」

「調べてほしいと。ふーん。まあええよ。」

 話が早い――と、深山が喜んだのもつかの間だった。

「ただし。こっちもちょいちょい忙しいんや。それで……だ。お前もアレだ、皆神さんが休み取っちまったことは知っとるな?」

「……依頼、入ったんだな?」

 暗に探偵業務を手伝えよ、という櫻田の言葉に深山がうんざりしたような声を出す。友人としてお互い様とはいえ、年々キツくなってくる仕事を金銭ではなく貸し借りで持ってこられるのは、少しハードな気分だった。

「探してくれよぉ……フカ、お前の方がこの場合は向いてるだろ? 家出だ家出、写ってなけりゃ直接探すの大変なんだぞ」

「仕事にも慣れて、検索で絞れちゃいるんだろ。その時点で普通より楽してるクセに」

「――ま、まあそーだが。にしても、迅速に見つけな親御さんも心配するんだ。世のためお前も協力しちゃくれんかねえ。外見の画像と概要は添付して送ったろ?」

 深山も折れた。元々こっちも頼み事をしに電話をかけたのだ。何だかんだ言ってあちらの仕事も手伝わなければ筋が通らぬという物だろう。それに、マザリに頭が支配されかけている今としては気分転換に良いかもしれない、とメールでの添付情報を確認する。

「……わかったけどさ。こういうの、気軽にメールで送っていいのか? 守秘義務の観点からして」

「うーん。俺らにとっちゃそこらへんメールだろうがあるまいが正直ピンと来ないというか。変わらんし、なあ。隠してもなあ。お前だってその気になればわかるだろ?」

「そりゃまあ、そうだが。にしても最低限の情報保護はしとけよ……」

 心配そうに深山は写真を見る。それは――丁度深山の息子、茂と同程度の年頃の娘だった。


 標的が居ると思われる場所で。車に入りながら、深山と櫻田の二人は中でかれこれ二時間ほど静かにしている。カーエアコンを利かせて尚、閉塞感もあってか暑苦しさがどこか蔓延する空間だった。地味で小さな軽自動車だけに、走らせている状態ならばともかく停車し続けた状態からロクに出られない状況ではただの牢獄同然だった。車体に蓄積した熱が、消し切れぬように車内の冷気と打ち消しあって生ぬるいような冷えているような何とも過ごしにくい状況を作る。

「しかし、所長自ら張り込みしていいのか?」

「ああ。丁度バイト居なくなっちまったし。皆神さんもアレだし。人手が根本的に足りねーんよ」

 要は諸々引継ぎのタイミングが悪かった、という訳である。さほど人員を抱える規模の大きい興信所というわけでもないせいか、所長自らフットワークが軽いのは数少ない美点と言えるかもしれない。

「それで、見えないのか、フカ?」

 オペラグラス越しにアパートを常時凝視している深山に、櫻田がやや急かすように聞く。ちなみにこのオペラグラス、こういった臨時の手伝いのため探偵事務所に置いてある深山専用の備品の一つだったりする。テレビ映像や写真など画像、映像として処理された物まで彼の能力は及ばないが、光学的に単純な屈折や反射――つまり眼鏡や望遠鏡、鏡に映った姿程度ならば読心能力の使用が可能なのである。

「いや、疑わしき場所を読んでもそこに人が居ないとな……あと居てもそれについて思考してないと意味ないし」

「行動パターンから見るに、友達か男が協力してへんと無理っぽいからそこらで引っかかるとは思うんやけどなあ……結局最後は時間かけての張り込みに行きつくんだな……」

「疑わしい場所は?」

「ここが第一で、あと三ヶ所ってとこやね。ほれ。餡子ダメだったか?」

 事前に角のコンビニで買ってきた菓子パン類等のラインナップに対し、深山は多少躊躇しつつ。

「……いや、最近血糖値が気になって」

 と、櫻田が買って来たラインナップ全体を見て、無難なサンドウィッチを取った。

「あー。俺はまだ大丈夫やけどな。まあ血圧がちょい高めになってきたけど。まあまだ、ちょっとだし。血管や血流に良いもん食わんとなあ。血圧や血糖値良くする超能力者とかおらんかなあ」

「おいおい、限定的すぎるだろ――」

 大体こんな仕事でこんな作業してこういう食生活を続けているから健康面が怪しくなるんじゃないか、と深山が愚痴のようなことを言いかけたその時。

 アパートから出てくる、ポストの確認をする男性を深山は視た。

「……思考が見えた! ありゃ家出の協力者だ! 中に娘が居るぞ!」

「よし、ここで確定か!!」

 居るという事実が確定したとなれば、後は出入りのタイミングを待つのみ――

暫くして、櫻田がアパートの部屋のインターホンを鳴らす。

「もしもーし。はいどーも、赤居さんいらっしゃいますね。こちら、櫻田探偵事務所のもんですわ」

「……理加ちゃん!」

 中で男が叫ぶと同時に、理加と呼ばれた子――赤居理加は、一階のベランダから逃げようとしたが。

 逃走経路を先読みした深山が、そこに居た。

「はい確保。いや俺らも警察ではないけどね。アンタもなんでこんなことしたの」

 協力者と思わしき男を取り押さえた櫻田が、理加が捕まったと知って降参したかのように出てきた男の腕をがっちりと掴んだ状態で聞く。

「その……ネット上で知り合ったんで、ハイ。家出とか度胸があるなあって、そう思って。協力したんですけど……でも、バレると捕まるかもしれないのが怖くて――」

「フカ、どうやコイツ。他になんかやらかしとるか? 場合によっちゃ通報も追加の方がええか? 探偵ディティクティブじゃなくて警察ポリスの担当か?」

 深山の目が男を捉える。男は櫻田の発言の意味を察して怯え、言い訳じみた言葉を叫ぶ。

「いや、手は出してませんよ本当ですってば! その手の趣味自体ありませんよ!!」

 深山は、その男をひたすら観察するように視続ける――そして。

「――嘘は付いていない。その人はただ単に家出した彼女を匿っていただけだ」

 深山の断言に、場の空気が僅かに緩んだ。櫻田が手を放す。

「そか。お前が言うならそうなんやろ。難儀やったなあアンちゃん、まあ先方の親御さんが許してくれるかはグレーやけど。アンタがおったから危険なことにならずにも済んだ……とは言うとくわ。ただしな。今通報せんのはあくまで俺の目こぼしや。先方が許してくれるかはわからんで――!」

「は、はい……!」

 解放された男は弛緩した面持ちで唯々諾々と櫻田に従っていた。

「じゃあ俺は親御さんに来てもらうんで、フカ。ここ頼むわ」

 と言って櫻田は男と外に出て行った。確かに、そこまで実家や探偵事務所と遠くないらしい。直接来てもらった方が手っ取り早いだろう。よく今まで親に見つからなかったモノだなと深山も考えたが、同じ区や市でも広いもので、一度隠れてしまえばそうは見つからないという事だろうか。

「……あいよ」

 櫻田を送り出すと、念のため更に逃げないように、深山は理加をアパートの一室で見張っていた。

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