第一章

仕事の狭間(1)

 東京、某局にて。

 TVディレクターとして仕事を続ける深山ふかやまは会議室で眉にシワを寄せていた。

 彼は、四十手前の男性であった。眉間だけでなく、青いようなそうでないような薄くくすんだ色のシャツや、そしてズボンにもどこかシワが寄っていた。不健康とまでは行かないが、どこか気苦労を感じさせる様の男性だった。

「それで?」

 深山はいくらか煮詰まった感じで、ぶっきらぼうに会議室の面々に意見を促す。

「今は昔の物をちょうど忘れかけていたり知らない人が多いですし、シンプルなドッキリ物に立ち返るとか……リバイバルは受けますし」

 放送作家見習いの田辺が、迷いつつも提案するが、正にそれは提案の域を出ていなかった。彼の仕上げる脚本――と言うより、いつも脚本候補止まりなのだが。それは粗が見える代物だった。それでも常に一考をしてもらえるのは、親がテレビ局の関係者というのもあるが、将来性と根の生真面目さを見出されてのことだ。

 だからこそ、ディレクターの深山やプロデューサー、他の放送作家の面々はむしろ指導に近い形で折に触れて企画会議で彼の仕上げた候補の脚本や、アイデアに対し丁寧な批評を混ぜる機会がしばしばあった。

「リバイバルが受けるのはわかる。だが昔と今では表現として許される構造が違うんだ。できることとできないことがある」

 深山の声色は表情とは裏腹に終始淡々としている。

「露出とか過激な物ができないってのはわかっています。だからこのように、もうちょっと無難な感じにして……路上に財布を置いてどう反応するか、みたいな。いや現金の入った財布だとちょっと露骨かもしれませんから貴金属などにした方が良いかもしれませんが。これなら素人相手でも今できるドッキリのラインなんじゃないかな……と」

 田辺が先よりやや早口な感じで食い下がる。そこは配られた原稿や補足資料にも書かれている面だ。しかし、周囲の反応は芳しくない。

「地味過ぎないかねぇ。シロウトを使うというのなら、今は動画サイトからの衝撃映像を編集した方が遥かに安定しているし」

「わざわざリバイバルをアピールする割にはちょっと微妙すぎて、当時のドッキリとしての原型が残ってる感もありませんよね……どっちつかずって言うか」

「何より、それだと反応がわかりにくい」

「えっ?」

 深山の言葉に、田辺が予期せぬ声をあげた。

「つまり、極端に言えば……まあ、簡単にわけると反応としてはその場で盗むか警察に届けるかという選択肢があるわけで、その多彩な行動を見比べてドッキリとして成立させるわけだろうが」

「はい」

「どうやって見分けるんだ? その場で財布を拾っても、盗むつもりなのか交番に届けるつもりなのかなんてわからないだろう」

 深山の指摘に田辺が思わず、言葉に詰まる。

「え、いや……それは挙動とかで」

「だとしても『俺は交番に届けるつもりだったんだ』と口論になれば厄介なことになるし、かと言って大金を目にしてその場で大変だと通報をされるパターンだと……」

「ああ、ダメだよねそれ。何度も繰り返せば迷惑な悪戯になっちゃう。警察関係で迷惑行為はちょっと無条件にダメだよ」

 会議をある程度静観していたプロデューサーの四家しかが即座に指でバツを作り、否定する。元々田辺の意見を聞くだけは聞いていたが、ここでキッチリとセーフとアウトのラインを示しておこうという判断が見て取れた。言動からやや軽い風に見られる事もある男だが、会議の舵取りを手放すような未熟者ではない。

「ええ。基本的に徹底的に待ちすぎると気付かれもせず素通りとかも多いですからね。手間はともかく安定した反応のリターンが無いと困る。ギミックを作るにしても瞬間的な驚きに欠ける。TV企画というのは、インパクト重視として割り切って一度に使い捨てるか。もしくは反対に徹底して使い回してしゃぶりつくすかの要素を見極めねばならない。この脚本はそういった意味で半端だ。君の脚本はまだ、具体性や盛り込むネタが明らかに足りない」

 田辺はもう、ただ小さく頷くだけだった。

「じゃ、手堅く崎山さんのオカルト系で行くのはどうでしょう? 他局もまだ目ぼしい感じのを今年はやっていませんし」

 ADの意見に、僅かに深山の手が止まる。あれ、と周囲の人間にも気付く者が居た。

「……いや、そこも配慮が難しいからな。悪くはないが、最近はうるさいから乱用できんし……今だと端的に調べるのも楽な分、陳腐化が激しいからな」

「ですかねえ」

 結局は折衷案として、芸能人の突撃インタビューをより劇的に――という骨子の内容が採用された。

 会議も終わって、ディレクターたちが別の作業に入ると、主に放送作家たちを中心に周囲の人間がざわつきだす。

「今日の深山ディレクター、最後だけちょっと変じゃなかった?」

「えー、そうかなぁ」

 時間を縫うように噂好きらしい面子が揃い、その日は自然と雑談のネタとして、深山という男について話題がチラホラと皆の耳に入る。

「あの人昔は自分がテレビに出てたんだってさ」

 えっ、とどよめきがあがる。日頃の深山は、わざわざ製作サイドから表舞台に顔を見せたがるタイプには見えなかったからだ。ともすれば、むしろ淡々と静かに仕事をこなすことに生きがいを見出しているような印象の男。

 それがテレビ出演したとあっては皆少なからず驚きと興味を持たざるを得なかった。

「あー。この仕事始める前の話よ。三十年以上前だったかね。超能力少年ってやつ! あらゆる物をピタリと良い当てる的な!」

「へぇー。言っちゃなんだけど、そんなインチキくさいのに自分が題材として出るようなキャラクターには見えなかったけどねえ」

「まあ、当時はちっちゃかったしね。実は見てたのよあたし。ま、視聴者としてだけど」

 どんな感じだったんですかと面白半分に質問があがる。

「うーん、当事者は割と淡々って言うか。むしろ親御さんが舞い上がっていたらしいよ? ホラ、深山さんかなり色んなことに気が付くでしょ。子供の頃からそこらへん怖いくらい察しが良かったらしくてさ。ソレ見て神童だなんだって騒いだ挙句……ご家族の方がおかしくなっちゃったんだってさ」

「頭が良いってのも不便だねぇ」

「ああいう番組に子供を引きずりまわすのも児童虐待って言うのかね」

との言葉に対し、いや私らが軽々しく言って良い事じゃないでしょ、と苦笑いを浮かべる者も少なくはなかった。

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