最終話 イカんせん、貧乏でスシ。
平日の二時半。ピークタイムを過ぎて客足が途絶えた回転寿司富山湾のカウンターには、僕と美和さんが座っている。今日は、大安吉日ということもあり、思ったよりもお昼の客足が多かった。
「それじゃあ、修二、美和さん。遠慮せず、好きなものを頼んでください!」
板場に立った哲が、柏手を打つ。結局、哲の美人局事件は、大将が詐欺師を説き伏せて解決した。僕の想像通り、詐欺師側も哲の件以外にも見つかりたくない余罪があるらしく、逆に詐欺が訴えられると裁判で完全に敗北すると察したらしい。哲の払った堕胎費用は示談金として全額返してもらえることになった。とりあえず、今回の事件は内々でもみ消される事になったが、その代わり哲は大将にみっちり叱られた。解決した次の日の朝、哲の目は泣き明かした涙の跡がはっきりと残っていた。
「それじゃあ二人の婚約祝いってことで! 大将、二人分のお勘定は無料でいいんですよね?」
哲が大将の方を見ると、大将は口を開けて快活に笑った。
「好きなだけ食べられ。食べた分の勘定は哲の給料から引いておくから」
哲の隣に立った立山も、大将につられて笑っている。
「ちょっと大将!」
哲が慌てている様を見て、兄さんや他のバイトも笑った。
出会って三ヶ月で、僕は美和さんにプロポーズした。
その事を大将に伝えると、彼は心の底から喜んでくれ、僕たちのお祝いになにかしてくれることになった。僕は、しばらく大将や哲の寿司を食べられなかったこともあり、寿司が食べたいと頼んだ。そうしたら、店を貸し切って寿司を食べさせて貰えることになった。
「美和さん、好きなの頼んでいいよ」
僕がそう言うと、美和さんは両手を合わせて喜んでいた。
「それじゃあ、ブリください! 後は、ノドグロ! すり身揚げもお願いします!」
「コハダ二皿に、サーモンマヨ三皿。後は、玉子一皿」
僕と美和さんの注文を聞き、哲と大将が寿司を握り始める。あっという間に握り終え、僕たちの前に、頼んだ寿司の皿が並ぶ。
「修二さん、私のブリあげるね? はい、あーん」
「あーん」
美和さんがブリを一貫、僕の口に運ぶ。恥ずかしかったが、スタッフ全員の期待の眼差しに負け、素直に食べることにした。
結局、僕は二百万円を婚約指輪に使った。七回目のデートの後、富山の富岩運河環水公園でプロポーズしたら、美和さんは涙を流して喜んでくれた。
後は、余ったお金で新しいノートパソコンを買った。銀行勤めの美和さんは、僕がバイトと並行してフリーランスをすることを聞くと、ローンの組み方とかを懇切丁寧に教えてくれた。どうやら、僕がまた会社を作るとでも思っているらしい。しばらく仕事をしてみて、法人化したほうが良さそうだったら、彼女にお願いするかもしれない。
「おい、修二。何一番安い皿ばっかり頼んどんがけ。ウチの店のHP作って、大将から金貰っとんがやろ? もっと派手に金使わんなん。そして、高岡の経済を回していこうぜ?」
哲が手持ち無沙汰で催促してくる。
「じゃあ、カツオのタタキ」
僕は、ホワイトボードに載っているネタを注文する。
「それも、お値打ち品で一番安いやつ!」
「いやー、修二のおかげでウチのHPも立派になって! 特にこの熱い文章がいいね。“お寿司がつなぐ人の縁。心を満たしにいらっしゃい”」
大将が、スマホの画面を見せてくる。パソコンでもスマホでも綺麗にHPが見えるようにレスポンシブ対応にしたので、画面の崩れがない。我ながらいい仕事をした。
哲からカツオのタタキを受け取ると、裏からゆあがお盆を持ってやってきた。
「お待たせしました! すり身揚げです」
「わー! 美味しそう! ゆあちゃん、ありがとう」
「いえいえ、美和さんも、是非お腹いっぱい食べていってくださいね! 今日は哲さんのおごりなので!」
「やったー! 哲さんも太っ腹!」
美和さんとゆあが楽しそうにおしゃべりしている。いつの間に仲良くなったんだと思いながら、僕は横目で二人を見た。
哲はというと、ゆあからのウインクを受けて、仕方ないなと、頭をかいている。
結局僕は、寿司屋のバイトと、フリーランスでのHP制作と、趣味の小説を並行することにした。これからの結婚生活でお金が必要だし、折角東京で培ったITの技術を地元の富山で活かせるのではないかと、美和さんからのアドバイスがあったからだ。東京みたいに大規模アプリ開発の話はないけれど、以前勤めていた店長伝いで寿司のタブレット注文システムの導入だったり、パソコンの使い方を教える簡単な仕事はそれなりにあった。個人的な依頼ながら、時給換算でバイト代の二倍はもらえるので家計の大きな助けになっている。
こうした仕事を通して、技術があれば、その地域に自分を合わせて役立てることがあると学んだ。少しだけ、自分の進むべき道が見えてきたように思えたのも収穫だった。
富山湾の方の人手不足問題はというと、コロナも落ち着き始め、高校生バイトの人数も増えてきたため、シフトの融通がききやすくなった。
そしてアルバイト古残の立山とゆあが、高校卒業と同時に富山湾に就職することに決めたため、大将は哲以来久しぶりに若い職人を育てられるとあって鼻息が荒い。まだ卒業前なのに、職人になる立山の包丁を見繕うため、刃物の行商人を店に呼んで話をしている。
ゆあの方も哲と付き合うことになり、パートの主戦力として、今では姉さんとタッグを組んでアルバイトたちの細かい部分まで念入りに見てあげている。
人手不足が解消し、僕は週五のシフトから週三に減らしてもらった。色々やりたいことも出てきて、大将は僕の挑戦を応援してくれている。一応、年末年始やお盆などの繁忙期と、平日の人が足りないときなんかに呼ばれれば、いつも通り出勤するようにはしている。
「それじゃあ、アオリイカ一つ」
哲の煽りに負け、僕は百九十円のアオリイカを頼んだ。
「お、価格が一段階上がったぜ。もう一声」
哲がさらに煽ってくるのを、僕は手で制する。哲は大人しく、イカを握り始めた。
「いや、僕はこのくらいがちょうどいいんだ」
自分の身の丈にあったもの。その居場所にいて心地いいと感じるもの。誰かの目を気にすることもない。どこかに自分を必要としてくれる場所はきっとある。自分なりの頑張り方で、自分の好きなものを存分に味わい尽くすこそが、本当の豊かさだと知れたから。
哲からアオリイカを受け取り、僕はありがとうと返す。
折角のお祝いごとなのに欲張れよ。と、顔をくしゃくしゃにして笑う哲を見て、僕も笑った。そして、僕はイカのお寿司を箸でつまんでこう言ってやったんだ。
「イカんせん、貧乏でスシ」ってね。
了
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