第三話 頼むからプロットとか設定とかは事前にしっかり作り込んでくれないかなあ
「……もしかしてお前、新作のプロットを披露してるだけじゃないだろうな?」
姉小路は何度か目をしばたたかせながら、呆れるべきか感心するべきか迷っているように見えた。
「まあ設定自体は悪くないよと思うよ。主人公が身の回りに起こる不自然さを突き詰めていく内に、やがて作者という神のような存在に気づく、的な? でもメタ要素を押し出した話って、上手く文章化しないと読者にはひたすらサムく思えるから……」
「違う! 僕が今書いてるのは、バリバリの異世界ファンタジーだ!」
僕が好きなのは昔から異世界ファンタジーだ。それもここ最近流行りの転生やらざまあやらじゃない、勇者一行が苦難を乗り越えて魔王に立ち向かう、昔ながらの剣と魔法の世界だ。そりゃ多少はハーレム要素があったり俺TUEEEするかもしれないけど、王道だ、王道なんだ!
「お前のその、王道ファンタジーに賭ける意気込みはわかったから、落ち着け」
しまった、また脇道に逸れてしまった。余計なスイッチを押してしまったという姉小路の顔を見るまでもない。つい興奮しすぎて突っ走り気味になるのは、我ながら悪い癖だ。
「この世界が大棟凡人を主人公とした物語の舞台であると、お前はそう言いたいわけだ。しかもこの物語の作者はもしかするとノープロット派で、書いては修正を繰り返していると」
姉小路の言うことは、僕が先ほど主張した内容を多少言い換えた程度だったが、少なくとも僕を落ち着かせるには十分であった。僕は彼の言葉に力強く頷きながら、さらに補足する。
「もっと詳しく言えば、この物語はおそらく二年生の新学期からスタートしている。そこで主人公である大棟を取り巻くヒロインその一として用意されたのが、神宮寺薫なんだ」
顔もスタイルも性格も良い同級生の女子とか、そんな都合の良い存在と巡り会える高校生男子が、いったいこの世に何人いるのだろう。そもそも僕の記憶では、入学時点では同じ学年にそんなスーパースペシャルな女子生徒はいなかった。
しかしそれでは困るのだ。誰が困るのかといえば、作者である。というより僕が思うに、この作者はどんなヒロインを用意するか、ろくに考えていなかったのではないか。
だからスーパースペシャルな男子生徒という「設定」であった神宮寺薫が、急遽女子生徒に変更されたのだ。
「多分、最初は陰キャな大棟にも気さくな、男友達役のつもりだったんだろうな。でもいざ書こうとしたらそんなん必要ないと思って、その代わりヒロインその一にされたんだ」
「適当というか、安易というか。先のこと考えないで、一話書き上げたら推敲も無しに即ネットに投稿するタイプの作者だな」
僕も姉小路も、小説を書くには事前にある程度プロットや設定を決め打ちする。自然、勢い任せに書き殴るタイプへの評価も辛辣になりやすい。
「ここまで言えばわかるだろう? まず二年生になった大棟はクラスメートの神宮寺と出会う。そして親しくなるにつれ神宮寺を付け狙うストーカーと対決することになり、夏休みいっぱいかけて撃退するんだ。これで第一章ってところか」
「じゃあ何か。第二章で一ツ橋亜里砂が追加されて、大棟と神宮寺との三角関係が勃発。第三章では大棟が生徒会のトラブルに巻き込まれるために、勅使河原先輩が突然登場したってことか」
「ストーリー上必要なキャラが後から書き足されたり突然湧いて出てくるなんて、小説書いてたらよくあることではあるけどさ」
だがこの作者には頼むから、ちゃんとプロットを書き上げてから本編に取りかかるようにお願いしたい。でないと現実の生活でそういった現象を目の当たりにする僕は、今後も違和感に塗れて過ごすことになる。
「いや、おかしいだろ、それ」
姉小路の疑いたっぷりの口調に、僕はやや苛立ち気味に応じた。
「何がおかしいんだよ」
「なんでお前だけが、その変化を感じ取れるんだよ。ほかの連中は何も感じてないんだろ? 現に俺だってそうだ」
「それは……」
その疑問に対しても、僕の中には一応の考えがある。にもかかわらず言い淀んでしまったのには、それが僕自身にとっていささか屈辱的なものだからだ。
だがここで口ごもってしまっては、今まで主張した内容が全て単なる妄想に片づけられてしまう。僕は恥を忍んで、その答えを口にした。
「それは僕が、大棟どころじゃない、真の陰キャだからだ!」
やけくそ気味に言い放った僕の顔が、あまりに堂々としていたからなのか。それとも憐れみを感じたからなのか。姉小路はあんぐりと口を開けたまま困った表情を浮かべるという器用な真似をしている。
「僕はおそらく、大棟に顔も名前も覚えられてない。それどころか僕の仮説が正しければ、この世界の作者も僕のことを認識していない!」
「……大棟はまだしも、作者もってどういう意味だよ」
「文字通りの意味さ。例えば『教室中が一斉に驚いた』とか書かれたシーンでも、その一斉に驚いた面々の中に、僕は含まれてないんだ」
「お前、そんな悲しいことを、よく自信満々に言い切れるな」
「事実から目を逸らしては、この世の真理にはたどり着けないんだよ」
悲しげに首を振ってみせた僕の真意を、姉小路は汲んでくれただろうか。しばらく腕を組んで唸っていた彼は、やがて「うん」とひと言発してから顔を上げた。
「お前の言うことが正しいかどうかは、まあ置いといて。少なくとも興味は湧いた」
その言葉に、僕は釈然としない面持ちで彼の顔を見返した。肝心の話を脇に置かれては立つ瀬が無いのだが、ではいったい姉小路は何に興味が湧いたのか。
「大棟凡人って奴が、面白おかしい高校生活を送ってるってところさ。ちょうど俺の次回作のモデルにいいかなって思って」
僕が異世界ファンタジーものばかり書くのに比べて、姉小路の書く分野はファンタジーからSF、ミステリーなど多岐に渡る。そういえば次は学園ラブコメを書いてみたいと言っていたことを、僕は思い出した。
「いや、しかしさあ。それって要するに、この世界の作者の作品を丸パクりするってことになるんじゃないか」
「それはお前の考えが正しければ、の話だろう? それにもし正しかったとしても、俺はその作者の小説世界の住人なんだから、俺にとっては単に現実を参考するだけだ」
「それはまあ、そうなんだけど」
僕はかなり真剣に語り尽くしたつもりだったのだけど、結局姉小路には彼自身の興味のある範囲だけしか伝わらなかったらしい。それはまあ、仕方が無い。むしろ僕の与太話にひと通り耳を傾けてくれただけでも感謝すべきなのだろう。
ただこのときの僕は、そのことについて不満を抱くというよりも、もっと漠然とした不安を感じていた。それがいったいなんなのか、僕自身もはっきりと言葉にすることが出来なかったから、あえて口にすることはなかった。
だが数日後、僕の不安は最悪の形で的中することになる。
「お前、もしかして、あ、姉小路……?」
文芸部の部室を訪れた僕を待ち受けていたのは、学ラン姿の見慣れた姉小路
セーラー服の上にカーデガンを羽織った、姉小路
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