第二話 女になったり弁当食ったり生徒会長になったりみんな唐突過ぎるんだよ

 イケメン、長身、性格も明るくさっぱり爽やかで、誰にでも気さく。それが僕と一年生のとき同級だった神宮寺薫だったはずだ。


 その彼が、二年生に進級した途端に目も覚めるような美少女になってしまったとか、冗談にしても程がある。性転換ってそんな簡単に出来るものなのか? それとも僕が勘違いしていただけで、実は男っぽいだけの男装女子だったのか?


 そんなわけはない。僕は体育の授業で海パン一丁の彼がプールをクロールで泳ぐ姿を見た覚えがあるし、一泊二日の校外研修では一緒に男風呂にも入ったのだ。一年生のときの神宮寺薫は、間違いなく健全な男子高校生だった。


 そのはずなのに、二年生になったら性格はそのまま、だがアイドルも顔負けの容姿を兼ね備えた女子高校生になってしまったのだ。学校中がひっくり返ってもおかしくないような大ニュースのはずなのに、どうやらそのことに驚いているのは僕ひとりだけ。


 それが、僕だけにしかわからない、だが僕にとっては最大の違和感の根拠である。ただそのときは神宮寺薫の性転換(?)ばかりに驚愕して、大棟凡人の存在など頭からすっかり消し飛んでいた。


 僕が彼のことを意識するようになったのは、これ以上無い変貌を遂げてしまった神宮寺薫を、ついつい目で追っている内のことだ。


「神宮寺をストーカーしている内に、全ての元凶はその、大棟凡人にあると思い込むようになったってことか?」


 容赦ない物言いで誤解を招くような姉小路あねこうじの発言に、僕は敢然と抗議した。


「それじゃまるで大棟に撃退されたストーカーが僕みたいじゃないか。あの犯人は夏休み明けに警察に捕まったって、お前も知ってるだろう。紛らわしい言い方するなよ」

「似たようなもんだろ」


 どうでもいいとばかりに笑い返す姉小路めぐむは、僕と同じ文芸部員の二年生だ。僕が感じる違和感について頷くわけでは無いが、かといって頭ごなしに否定もしない。だから放課後の文芸部の部室で、僕はなんとなく彼に相談する格好になっている。


「それにお前が言うその大棟って、俺は見たこともないからさ。そんなに熱弁振るわれても、未だにぴんと来ない」


 姉小路がそう言うのも無理はない。僕と彼とは神宮寺と同じ一年生のときのクラスメートだけど、二年生に進級した際にはクラスが別々になってしまった。だから姉小路は大棟と同じクラスになったことはないし、普段は鳴りを潜めている大棟を知る機会も無い。


「だいたい神宮寺が一年のときは男だったって、そんな話を聞いてどん引きしないのは俺ぐらいだぞ。というか俺だって正直引いてる」

「引いてるのかよ」

「当たり前だろう。神宮寺は入学初日からダントツに可愛いって評判だったじゃないか」


 このように姉小路にしても、神宮寺は一年生のときから美少女だったという認識は変わらない。ただ彼がほかと異なるのは、どうして僕がそんなことを言い出すのか、その点を掘り下げて尋ねてくれるところだ。


「それで? お前視点での話だけど、神宮寺が性転換しちまった原因は大棟にあるっていう、その理由はなんなんだよ」

「原因っていうと語弊があるな。大棟自身は別に神宮寺を性転換させたつもりはないと思う。それにあいつが神宮寺を知ったのは、二年になってからだろうし」

「それじゃ神宮寺が一年のときに男だったか女だったか、それも知らなかったってことか? だったら大棟が関係あるわけないんじゃ……」

「いや、聞いてくれ。神宮寺の件以外にも、おかしいと思えることはまだあるんだ」


 例えば昼休みになると、一年生の一ツ橋亜里砂が当たり前のように弁当を持って現れる。上級生の教室というとなかなか足を踏み入れ辛いものと思っていたが、彼女に限ってはそうでもないらしい。毎日のように現れては大棟の前に陣取って一緒に昼食を取ったり、ときには中庭や屋上に連れ出していく。この学校が屋上を開放しているということを僕はそのとき初めて知ったが、まあそれはいい。彼女の積極ぶりに最初は戸惑っていたクラスメートたちも、一ヶ月もすれば最早日常の光景として受け容れるまでになっていた。


 ただ一ツ橋亜里砂が毎日昼休みに現れるようになったのは、夏休みも明けて二学期になってからのことだ。それまで僕は彼女の顔どころか存在も知らなかった。大棟も一学期の間は、購買部のパンを買っていたはずだ。だって僕が買おうとしたパンを、目の前で大棟に掻っ攫われた覚えがあるし。


 ところが僕にはたまたま聞こえてしまったのだ。大棟と一緒に昼食を取る一ツ橋亜里砂が、こんなことを言っていたことを。


 ――二年生になってからは毎日私の手作り弁当食べられるんだから、もう購買のパンなんて買えないでしょ?――


「それの何がおかしいんだ?」

「わかんないか? ふたりが一緒に昼食を取るようになったのは二学期からのはずなのに、彼女の中では四月からってことになってるんだよ」

「いくらなんでも言いがかりだろう。弁当は一学期から作ってたけど、一緒に食べるようになったのは二学期からでもおかしくはない」

「それが、ほかの奴らにも確かめてみたんだけど、みんな一ツ橋は四月から毎日顔を出してた気がするっていうんだよ」

「だったらお前の勘違いだ」

「僕の席は教室の前の扉のすぐ目の前だぞ。あの子はいつもそこから入ってくるんだ。勘違いしようがない」

「教室の扉は後ろにもあるんだぜ」

「一回や二回ならともかく、あんな賑やかな子なのに、一学期中気がつかないなんてことがあるか」


 僕はなんとか興奮しないよう、冷静な口調のつもりで説明した。そんな僕に向かって、だが姉小路は腕を組みながら疑わしげな目を向ける。ここまで言っても彼の顔はまだ納得していない。仕方が無い、こいつにもわかりやすい、もっと別の根拠を示してやる。


「お前、勅使河原先輩のこと、一年のときから知ってたか?」


 頭脳明晰にして剣道有段者という文武両道の極み、のみならず容姿端麗にして立ち居振る舞いも気品十分という、生徒会長という肩書きすら役不足に思える我が校の頂点、勅使河原麗花。彼女に交際を申し込んで玉砕した男子生徒は数知れず、それどころか女子生徒からも多数のアプローチが殺到しているという。


 そんな凄い先輩がいるなんてこと、僕は彼女が生徒会長に就任するまでまったく知らなかった。


「というより、いつ生徒会長になったかも知らなかった」

「言われてみれば俺も覚えてないな。生徒会長選挙っていつやったんだっけ」


 それどころか会長就任の挨拶の記憶も無い。勅使河原先輩はいつの間にか、当たり前のように会長の座に君臨していたのだ。


「確か先輩は一年のときも二年のときも、剣道の全国大会出場してるんだろう? そういうときって校舎の目立つところに『祝出場!』って垂れ幕かかるじゃん。でも見た覚えないんだよなあ」

「それはまあ、見落としてただけかもしれないじゃないか」


 姉小路の言うような可能性はあるけれど、今までに何回も見た記憶のある垂れ幕を勅使河原先輩の場合に限って見落とすとか、それはそれで不自然だろう。それに垂れ幕がどうこうっていうのは、一例に過ぎない。


「つまり僕が言いたいのは、勅使河原先輩って人は突然、まるで用意されたみたいに現れたってことなんだよ」


 僕の言葉を聞いて、姉小路はなんだか悪いものでも食べたかのような微妙な表情を見せた。


「用意ってなんだよ。そんな、モノみたいに」

「――いや、なるほど。そうか、モノだ。姉小路、お前いいこと言うな。その通りだよ」


 閃いた、というと大袈裟かもしれない。だが僕は姉小路のその言葉を聞いて、ようやく今まで抱えてきた違和感を、もう少し具体的に説明出来るような気がしてきた。


「勅使河原先輩はもしかすると、ストーリーを盛り上げるためのモノというか、追加されたキャラなのかもしれない。だとすると、これまでの違和感も説明つくかも……」

「盛り上げるために追加されたキャラってお前。俺たちが書いてるようなウェブ小説じゃないんだから」


 そう、僕も姉小路もいつも放課後はこの部屋にこもって、下手くそながらも好き勝手に小説を書き殴っている。僕たちはそれぞれに書いた小説を読み合ったり、ウェブ上の投稿サイトに公開してどちらが人気が出るか競ったり、あるいは流行りのウェブ小説を無責任に批評したりしてきた。


 僕たちはそんな日常を満喫してつもりだけれど、傍から見れば陰キャ・オブ・陰キャな青春かもしれない。だけどそんな風に常日頃から妄想に片足突っ込んでいるような僕たちだからこそ、この状況を理解することも説明することも出来るんじゃないだろうか。


「僕の仮説はこうだ。つまりこの世界は、大棟凡人を主人公にした小説なんだよ」


 しかもつけ加えるならば現在執筆の真っ最中で、しかもこの作者はどうやら、しょっちゅう書き直しているに違いない!

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