地味で平凡で陰キャなはずが美少女たちに囲まれてしまうのにはカラクリがある!
武石勝義
第一話 お前が地味で平凡で陰キャとかあり得ないから
身長百七十センチ余り。中肉中背の背格好は日本人高校生としては至って中庸。少なくとも後ろ姿からひと目でわかるという見目ではない。
頭髪は耳に掛かる程度の、長くも短くも癖もない黒髪。やや目に掛かる長さの前髪が特徴的といえるかもしれないが、比較的校則の緩い我が校では珍しくもない。
近眼のせいで時折り一重の目つきが厳しくなることもあるが、常日頃はコンタクトレンズを装着しているから、そんな悪人相を人前に晒すことも無い。
成績は中の下より少々マシといったところか。駆け足だけは少々速いらしいが、それ以外に運動神経でも秀でたところは特になし。
休み時間はいつも机に突っ伏して寝ているか、そうでなければこっそり持ち込んだ漫画や小説を読みふけっている。たまに彼と口をきく生徒といっても、せいぜい特定の二、三人程度。決して人を寄せつけないわけではなく、話しかけられれば相応に受け答えもするのだが、かといって積極的に他人に関わるつもりもないようだ。当然のことながら特定の部活にも属さない、いわゆる帰宅部である。
極めて地味かつ平凡極まりない、どちらかといえば陰キャであることを自認する彼――
お前はいったい何を言っているんだと、僕はその言葉を何度口にしかけては呑み込んだことか。
だいたい冷静に考えてみてくれ。まずその名前からして平凡なわけがないだろう。
大棟凡人って、なんだよ。「おおむね、ぼんじん」だよ。
大棟って名字はまだいいよ。ネットで調べたら全国に百三十人しかいないぐらい珍しいそうだけれど、日本人の姓の多様性は世界でも群を抜いているというから、そんな名字があってもいいだろう。
でも凡人って名前はどうなんだよ。凡人だよ、凡人。「なみひと」って読ませりゃいいってもんじゃないんだよ。僕は命名したお前の親御さんの神経を疑うね。断言するが、僕だったら必ずグレる。少なくとも思春期の間は親と口をきかないだろうし、改名のために何度だって裁判所に訴えるよ。
それによく見てみろ。一字間違えれば「大木凡人」だぞ。大木凡人が悪いってんじゃない。あの人はテレビタレントだから、むしろ際立った名前で世間に覚えてもらうのが仕事なんだよ。だいたいあの人の場合は芸名だろ。お前は本名なんだよ。キムタクと名前が被るとか、そういうレベルじゃないんだよ。普通は「大木凡人」と下の名前が被ることないんだよ。
まずもって名前からして、お前は全然地味でも平凡でもない。
それでも特殊なのが名前だけだったら、僕だってここまで気にすることはない。やけに立派すぎる名前とか、気合いの入りすぎた名前とか、男女を問わず毎年クラスには何名かいるものだ。それは多少弄られるネタにはなるかもしれないけれど、幸いにして今のクラスではそれが深刻な苛めに発展するようこともない。もっとも大棟凡人に限っては、その名を弄られる気配すらないことが、僕にとっては不思議で仕方が無いけれど。
でも、お前はその名前以外にも、とても地味とか平凡とか名乗ることは許されない。ましてや陰キャであるはずがない。
例えば教室の片隅に陣取るお前に声をかけるのは、僕が知る限りでは三人しかいない。学校で口をきく人数がそのまま陽キャ・陰キャのバロメーターとなるなら、僕もお前が陰キャであると認めよう。
だけどその三人は、どう考えても地味で平凡な陰キャがつきあえる相手じゃない。
第一に
そもそも学校中にナンバーワンの美少女として知られる存在なんてものが嘘くさいんだけど、そこはもう置いとくよ。確かに神宮寺は誰とでも分け隔て無く接するから、クラスメートのお前にも声をかけること、それ自体は不思議でもない。だけど休み時間の度に彼女がお前の席に駆けつける頻度、半端なさ過ぎだろ。
噂に聞いてるよ。彼女につきまとってたストーカーを、偶々とはいえ見事追い払ったんだろう? だったら彼女がお前に感謝するのは当然なんだよ。好意にまで発展することだって十分有り得るんだよ。そこでお前が鼻の下伸ばしてデレても、誰も不思議がんないんだよ。
なのにお前はその度にやれやれ勘弁してくれって顔して、お前がその態度を取る度に周りの男子の空気が目に見えて悪化するのわかってるのか? 気づいてないなら神経が太すぎるし、わかってやってるならどんだけ性格ひねてるんだよ。
第二に
明るくて活発でそのくせちょっとばかり甘えん坊で、何より可愛いひとつ歳下の幼馴染みとか、漫画とかラノベでしかお目にかかったことないよ。しかも毎朝お前の家まで起こしに来るとか、なんだよそのべたべたなテンプレ。その上お前と神宮寺が仲いいことにヤキモチ焼いて、頑張って独り暮らしのお前の分まで弁当作ってくれるなんて、いじましくって涙が出るよ。それをお前、毎回大変だから無理すんなとか素気なくするなよ。ちゃんと彼女の気持ちを汲んでやれよ。
僕にも幼馴染みの女の子がいるけど、今じゃ廊下で会っても「おう」とか挨拶する程度だぞ。特にドラマもなく、微妙な気まずさを感じたまますれ違ってっちゃう、それこそが平凡な男女の幼馴染みなんだよ。
そもそもお前、高校生のくせに独り暮らしとかおかしいだろ。中学までしかない田舎から出てきたとかならわかるけど、ここ東京だぞ? 凡人と名づけるは高校生のひとり息子をほったらかすは、お前の両親は何考えてんだよ。
しかも第三に、どうして
頭脳明晰・スポーツ万能・容姿端麗な生徒会長とか、存在そのものが冗談みたいな人だぞ。そもそも一年前は生徒会なんてまったく存在感無かったのに、彼女が生徒会長になった途端に突然ウルトラエリート集団みたいになったのはどういうわけだよ。生徒会が集団で歩いてると誰もがさっと道を開けて、その後ろ姿に憧れの視線を注ぐとか、僕はこの歳になって初めて見たよ。しかも先頭を歩く勅使河原先輩が声をかけるのは、決まって大棟凡人、お前なんだよ。
わかってるよ。お前がなんだかんだと生徒会の活動を手伝ってるってことは。部活の予算割り振りで体育会系と文化系が一触即発だったところを、口八丁で上手いこと仲裁したり。文化祭を盛り上げようと予算獲得のためにパンフレットに広告の掲載を提案して、近所の商店街に頭下げて回ったり。ていうかそれって生徒会の仕事だろうって思うんだけど。勅使河原先輩がお前のこと頼りにしてるからって、いくらなんでも押しつけられすぎだろう。そこはお前、少しははっきり断れよ。やれやれ困ったなじゃないんだよ。
そんなスーパー集団の生徒会に頼られるような奴が、地味な陰キャなわけないだろう。
……いけない、少々興奮しすぎてしまった。違うんだ。僕は決して大棟凡人に突っ込みを入れたいわけじゃない。
確かに彼という男は突っ込みがいがある、というよりも突っ込む要素しか見当たらない。平均的な容姿に口数が少ないという点は陰キャ的だとは言えるけれど、僕に言わせればその程度では生温い。それは彼が外見にやや無頓着というだけであり、ちょっとお洒落を覚えれば際立ったイケメンまでとはいかずとも、いわゆる女子が恋人の条件として真っ先に挙げるような「清潔感のある男子」にランクアップする可能性を秘めている。
奴が月並みな容姿を名乗るなら、毎朝天パーの頭が見苦しくならないように整えて、それでも下ぶくれの輪郭はどうにもならない、僕の立場はどうなるんだ。どんなにビオレUを塗りたくってもニキビが消えない僕には、清潔感なんて一生縁が無いに違いない。それでも僕のことを面と向かって不潔と指差す奴はいないし、それどころかお薦めの洗顔料を教えてくれたりするのだから、正直なところクラスメートはいい奴ばかりだ。この学校に入って本当に良かった――
しまった、また脱線してしまった。僕が言いたいのはそういうことじゃない。確かにこの学校は先生も生徒もいい人ばかりだが、それにしたって彼らにもおかしいところがあるのだ。
だって彼らは、大棟凡人のことを「地味で平凡な陰キャ」と認識している。
そんなわけないってことは、もうわかるだろう?
学校でも飛び抜けて美人で可愛い女子生徒三人と親しくて、しかもなんだかんだとあちこちで活躍しまくって、それでもなお「地味で平凡な陰キャ」と言い張るのか? 僕なんかその内のひとつでも経験したら、きっとこの先高校時代一番の思い出として懐かしく語っちゃうよ。それをお前、「勘弁してくれ、目立ちたくないのに」のひと言でさらりと流すなよ。
なのに彼自身だけじゃない。周囲までもが未だに大棟凡人のことを「地味で平凡な陰キャ」と見なし続けている。
これはいったいどういうことなんだ。僕は大棟凡人そのひとにも、彼を取り巻く環境にも、違和感ありまくりだ。それも今年、二年生になって彼と同じクラスになってからのことだ。彼の存在を知らなかった去年一年間はこんなこと少しも感じなかったのに、僕が大棟という存在を認識したその日から、毎日この違和感を味わい続けてあっぷあっぷだ。
僕自身が気がおかしくなってしまったのかもしれない。その可能性があることは十分承知している。何より僕自身がその可能性を何度も検討した。でも駄目なんだ。僕がおかしくなったというよりは、大棟凡人と同じクラスになった途端に僕の周囲が一変してしまった――何度考えても、その解釈の方がしっくりくる。
どうして僕がそこまで確信しているのか。それには当然根拠がある。誰に言っても信じてもらえないけれど、僕にとってはあまりにも決定的な出来事があったからだ。
あれは二年生になって最初の登校日のこと。新しいクラスメートの名前が張り出された掲示板の前で、僕は少しほっとしたんだ。
そこには一年生の時と同じ、神宮寺薫の名前があった。
神宮寺は本当に陽キャの代表みたいな奴で、僕なんかにも気さくに話しかけてくれた。もちろん親しいと言えるほど付き合いがあったわけじゃ無いけど、憧れの存在とまた同じクラスになれる、それだけで僕にとっては嬉しい出来事だった。
そして大棟凡人の名前を見つけたときの僕は、どんな顔をしていただろう。ひとつひとつの文字はそれほどでもないのに、この四文字の組み合わせがこんなにインパクトのある名前を生み出すなんて。それまで彼の顔も名前も知らなかったけれど、その瞬間に僕の脳裏には大棟凡人の四文字がしっかり刻み込まれてしまったよ。
それでも神宮寺と同じクラスだというだけで、僕は新しいクラスに期待感をもって教室に足を踏み入れた。中に入ると教室の中央では四、五名の人だかりが出来ている。「それでね、薫ちゃん」とか「神宮寺、面白すぎ」とか周囲が囃しているから、その中心にいるのは当然の如く神宮寺薫――
「あっ、おはよう! また一緒のクラスだね!」
肩までかかるストレートの黒髪を翻しながら、その美少女は僕に気がつくと、ぱっと笑顔を浮かべて挨拶を口にした。
だがそのときの僕は、声にならない声を辛うじて呑み込むのに必死だった。それもおそらく、何度も目をぱちくりさせて、目の前の光景が信じられないといった面持ちで。
――いや、お前、誰?
僕の知る神宮寺薫は、顔良し、スタイル良し、しかも明るくて気さくでいつもクラスの中心にいるような――男なんだよ!
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