第2話 シュウの隠し事
切られた首筋を包帯で雑なグルグル巻きにされながら、ヒリヒリとする痛みに顔を歪める。その痛みを紛らわすように、私はバディを組むことになったアイから手渡された、「悪人吸血鬼」の手配書を見る。どこかで見たような顔の隣には、「他種族交配罪」という犯罪名が載っていた。そんな名前の罪、少なくとも人間の法律にはない。名称から大体は予想が付くのだが、一体どんな罪なのかと思っていると、上の方から風を切る音が聞こえた。
見上げると、そこには昨日出会った彼女――――アイ曰く、「シュウ」という名前の女吸血鬼――――が私たちを見下ろしてきた。彼女は私が持っている手配書に気付くと、チッと舌打ちをしてきた。
「アイ。まさか、その人間と本気でこの”吸血鬼”を殺させようとしているんじゃないだろうね?」
「本気よ。まぁ私もこんな人間如きが吸血鬼を殺せるなんて一切思っていないけど。それでも、”デコイ”……敵をおびき寄せる
「なにバカなことを言ってるんだい! あの吸血鬼は私たちの守るべき”法律”を犯した、”凶悪”な犯罪者なんだよ。そんな人間なんて、絶対に囮になんてなるわけがない。仕事の邪魔だよ」
「でも、この子と約束の”握手”をしてしまったし」
「はぁ? ”握手”なんて、ただの”口約束”と同じじゃないか。どうせそいつは下等種の人間なんだ。”約束”なんて守ってやる理由はないんだから、この場で吸血して、干物にしてしまいな!」
私の方を見てまた舌打ちをすると、パチンっと指を弾き、一瞬の内に手配書を灰に変えてしまった。私のポカンとした顔に「フンッ」とだけ言い残すと、シュウと呼ばれた女吸血鬼は背中から羽を伸ばし、どこかへと飛び去って行った。その姿を見届けると、アイは溜息を漏らした。
「やっぱり、おかしいわ。いつものシュウなら、私が頼めば”仕方ないね……”って了承してくれるはずなのに。君もそう思わない?」
「えっ……! あー……はい」
「なーに、コミュ障(※コミュニケーションが不得意なこと)みたいな反応しているのよ! 今から君を悪人吸血鬼の元に導いてあげるんだから、私の話ぐらいちゃんと聞いていなさいよ。分かった?」
「は、はい!」と勢いよく返事をすると、「よろしい」と頭を撫でられた。「これが人外に撫でられる感触なのか……」とちょっと興奮していると、背中に足蹴りを喰らわされた。その痛みにまた別の興奮を覚えかけていると、ゴリッと腕を掴まれた。そんな積極的に触れられると勘違いしてしまう、とクソ気持ち悪い思考をしていると、不意に身体が宙へと浮いた。
状況が掴めないまま下を見ると、そこは既に雲の高さだった。空から見下ろす世界はどうにもミニマムだった。ついでに急激な高度上昇のせいか、飛行機の中みたいに鼓膜がおかしくなっているような感覚を覚えた。そのせいか、私を掴んで飛行している間、アイが「――――――――?」とか「――――――――!」と言っていた声を何一つ聞き取ることができなかった。
頭の感覚で数時間程度すると、やっと地上に降り立つことができた。周囲の一面の森であることゆったり見ながら、唾を飲んで耳の違和感を修正する。「あーあー」と言っていて直そうとしていると、突然、顎にアッパーを喰らった。
「ほーら、そんな口を開けてないの。ちんたらしていたら、悪い吸血鬼を先に”処罰”されてしまうかもしれないわよ?」
「いやでも今殴った理由……」
「何? 文句あるの?」
「いえ、それは気持ち良かった……じゃなくて、ないんですが。でも、本当にこんな場所にいるんですか? 森ですよ、森」
「それは私も同意よ。こんなところに住んでいて、どうやって血を確保しているのか……って疑問に思うけど。でも、吸血鬼警察にタレコミされた情報だと、ここらしいのよね。多分」
アイは「ちょっともらうわね」と言って私の腕に噛みついてきた。静脈の血管がちぎれた気持ちいい痛みに「イッ」と声をあげていたが、筋肉注射並に吸血し終えるのが早かった。蚊と良い勝負である。
「ごちそうさま」と言われたのに「お粗末様でした」と応えるのに変な感覚を覚えていると、彼女は指先から血で出来た
「あの子たちに任せておけば、数分で悪人吸血鬼の場所を突き止めることができるわ。……でも、その前にちょっと座ってくれる?」
指示通りに私も地面に座ると、アイは私の頬に手を当ててきた。まるでキスでもしてくるのかと言わんばかりに距離を詰めてきたのに、またクソ気持ち悪い妄想をしてしまった。しかし、そんな私などどこ知らずという顔で、彼女は真剣な真紅の目で見つめてきた。
「ねぇ。君がどういう経緯でシュウと出会ったのか、私に教えてくれない?」
「経緯……ですか? 偶然、よく行くファミレスの前に真紅の瞳の人がいたので、”吸血鬼ですか?”って聞いたら”そうだよ”と言われて出会った……って感じですかね」
「多分、それは君を待っていたのね。どういう”理由”で君みたいな”非常識”な人間を待っていたのか分からないけど、私たちは普通、下等種の人間に正体が明かすことを禁止されているの。条例みたいなものだから強制ではないんだけど、でも、あのバカ真面目な堅物のことよ。”理由”もなく、条例を破るわけがない。長年あいつと相棒をやってきた私の直感だから、間違いないわ」
「直感なんて信憑性が」と言おうとしたが、あまりにキラキラとした「信頼」に満ちた目を見ると、私はどうにも反論することができなかった。そうこうしている内に、蝙蝠たちがボチボチと帰還してきた。彼女は私の頬から手を離して掌を蝙蝠に向けると、掌の中にポツポツと蝙蝠が入っていく。私はそんな幻想的な光景をぼんやりと眺めながら、切られた首筋の痛みがいつの間にか全くしなくなっていることに、首を傾げていた。
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