吸血鬼殺し
海沈生物
第1話 バディ結成
目の前で美味しそうにモンブランを頬張る「吸血鬼」の女を見ていると、もう後の人生なんてどうでもいいやと思えてきた。コーヒーで喉の奥にモンブランを流し込んだ彼女の姿を眺めているだけで、もう私という全てがどうでも良くなってきた。私がトロトロに蕩けた顔をしていると、彼女は眉に皺を寄せ、露骨に嫌そうな表情をしてきた。
「なんだい、まだアタイのことを疑っているのかい? 疑り深すぎて肩が凝っちまうよ」
「う、疑ってませんよ!? ……というか、吸血鬼なのに肩が凝るんですか!? 腰痛とか肩凝りを起こさない吸血鬼が好きなので、”解釈違い”の”罪”で死んで欲しいんですが……」
「ほぼ初対面の相手に”死んでほしい”なんて言うもんじゃないよ! ……まったく。出会った時にも思ったが、”非常識”も程々にしな。そもそも、アタイは”永遠の夜の支配者”たる吸血鬼なんだよ。”殺されるー!”と恐れるのが普通、ってもんじゃないか?」
「それは……恐れなくはないんですが、その……”理由”が……」
「言いたいことがあるなら、さっさと言いな! アタイはせっかちなんだ。はきはき言葉を言わない奴は、身体中の血を吸い尽くして干物にしちまうよ?」
「は、はひ……っ! え、えっとですね。その、私にはちょっとした夢がありまして。それが、えっと”吸血鬼を殺す”ってことなんですが……あっ、別に貴女である必要はありませんよ? ただ、ちょっと……その……人間以外の生物を殺す行為っていうのを”体験”してみたいなーって”衝動”が昔からあって」
「”衝動”、って。……そんな感情的なものに突き動かされて、”殺吸血鬼”なんてしようとするんじゃないよ! 吸血鬼に親を殺された、というわけでもあるまいに」
その言葉に、なんとなく気まずくなって沈黙してしまう。言うべきなのか、話がややこしくなるので、言わない方が良いのか。私がどう説明するべきか迷っていると、勝手に「何か」を察したような顔をしたその吸血鬼は、「そうかい」とだけ小さな声で言った。彼女はお皿にへばりついていたクリームを二股に分かれた舌先で舐め取ると、席を立ちあがった。
「モンブランとコーヒー美味しかったわ。ごちそうさま。……でも、アンタの吸血鬼殺しを手伝うことはできない。それは、吸血鬼の中にも”酷いこと”をする”悪人”はいるけど、そいつに”処罰”を下すのは下賤な人間ではダメだね。同族の高貴な吸血鬼が”処罰”するべきだよ」
彼女はテーブルに身体を乗り出すと、私の両頬を掴み、真紅の瞳で睨んできた。
「……吸血鬼サマを舐めるんじゃないわよ、クソガキ」
人気のないその瞳に寒気を覚え、一切動くことができなくなった。しばらくして動けるようになった頃には彼女の姿はもうなく、テーブルには彼女が綺麗に舐め取ったお皿とカップだけが残っていた。
翌日、また別の吸血鬼の女と出会った。その吸血鬼は、路地裏で萎びた顔のサラリーマンの血をチュウチュウと「吸血」……もとい「食事」している最中だった。私が近付くと、露骨に嫌そうな表情を浮かべてきた。
「あ、あのすいません。……私に殺されてください!」
「突然そんな告白みたいに言われても、無理よ!? というか、その”非常識”さは、確実に君ね。昨日、ファミレスでうちの
「ち、ちょっと”誤解”があると思うんですが……あっ、昨日の吸血鬼の方とお知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、一緒にこの星に来た同僚よ。私は正直、君みたいな”非常識”な人間がいる星になんてきたくはなかったんだけど。あのバカ堅物女が珍しく、”今度の任務、アンタも一緒に付いてきな”って誘ってきたから、仕方なく付いてきたやったのよ。……まったく、本当に仕方ない
そう言って溜息をついているが、その頬は明らかに緩んでいた。満更嫌そうでもないような顔をしていて、これはそういう「関係」なのかと疑った。吸血鬼がそういう「関係」なのは若干「解釈違い」ではあるが、吸血鬼同士ですらそういう「関係」になる可能性があるというのは、ちょっと良いなと思った。
「それで、貴女も殺されてくれないんですか?」
「逆に、どうしてそこまで吸血鬼を殺したがるのよ。……もしかして、吸血鬼に両親でも殺されたの?」
「いえ、殺されてないです。というか、昨日の吸血鬼……サマから聞いていませんか? 私が”衝動”から”殺吸血鬼”をしたがっているーって話。……あぁ、もちろん相手が吸血鬼であっても、殺人自体が”酷いこと”であるって自覚はありますよ? 仲の良い唯一の友達から”お前は人間的な感性が死んでいる”とか”もういっそ、私が吸血鬼になってお前に殺されてやろうか?”とか、散々批難されて理解しているので」
彼女は私のオタク特有の早口を聞くと、手で掴んでいた萎びたサラリーマンを捨てた。口元に付いた血を拭うと、口を尖らせて「こいこい」と手招きしてきた。釣られて近付くと、突如、私の首筋はぐしゃりと鋭く尖った爪で切り裂かれた。意味が分からないまま痛みにのたうち回っていると、そんな姿を彼女は見下してきた。
「早口すぎて何言っているのかよく分からなかったけど……”殺吸血鬼”は普通に犯罪よ。仮に貴女がそんなことをすれば、然るべき”処罰”が与えられる。そんな当然の摂理が分からないまま、バカみたいに”殺したい!”と喚き散らすなら、ここで私が貴女を殺すわ。平和に生きたい、同族たちのためにも」
押し倒されて馬乗りになられたかと思うと、彼女は私の首を絞めてきた。私はなんとか吸血鬼を振り払おうとしたが、彼女は首を絞められるのをやめなかった。喉骨が折れてしまいそうなほど圧倒的な握る力に首が外れてしまうのではないかという恐怖を抱いた。その内に視界がぼやけてくると、なんだか「首絞められるのも気持ちいな」と思いはじめた。酸欠状態というものに初めてなったのだが、案外に悪くないかもしれない。そう思いはじめた時、ふと彼女の手が離れた。ケホケホと咳き込む私に、彼女は蔑んだ目で私を見下してきた。
「これで分かった? ”衝動”だがなんだか知らないけど、殺人は相手を死ぬほど苦しめる、”酷いこと”なの。だから、相手から余程”酷いこと”をされていない限りは、そんな行為をするべきではないわ。……どう、これでやめる気になった?」
「じゃあ、”酷いこと”をしている吸血鬼なら殺しても良いんですか?」
吸血鬼は私の顔を見ると、まるで哀れな生き物でも見るようにして溜息をついてきた。なぜだか分からないが、失礼なことを思われている気持ちになり、不快だった。
「……ここまで説得して聞かないのなら、分かったわ。今ここで君を殺してしまえば、”吸血を伴わない虐殺行為”として私が”処罰”されてしまうだけだし。……私が君を殺しても良い、”悪い吸血鬼”の元へと案内してあげる。ただし、君はただの下等種の人間よ。そいつに殺されたとしても、私は助けてあげないからね?」
その真剣な眼差しに、私は胸を高鳴らせた。すぐさまに「は、はい!」と返答すると、彼女は懐から名刺を出してきた。そこには、彼女の名前が「アイ」であること、そして彼女が「吸血鬼警察」の「捜査官」であることが書かれていた。
「よろしくね、下等種の人間サマ?」
掴まれた手を握り返すと、私たちはゴリッと骨が折れそうなほど「固い」握手を交わした。
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