07話.[笑っていたかな]

「ここ、寒いね」

「当たり前だ、真冬に敢えて海を見に行こうとするなんておかしいだろ」

「二人きりになりたかったんだよ」


 二人きりになりたいなら敢えてここまで移動しなくても家で集まればよかった。

 約束もしていない状態でどんどんと人が来るような家でもないし、冷えるわけではないからそれこそちゃんと優先できていたというのに。


「あと、なんで男っぽい格好をしているんだ」

「ふふ、いまさら聞くんだ?」

「まあな、で、なんでだよ?」

「恥ずかしくなっちゃったからだよ、だっていつも通りのまま行ったらデートってことになっちゃうから」


 結局内側が一緒なら恥ずかしさは変わらないと思うが、彼女は「こういう格好をしているとやっぱり違うんだ」と。

 つか、どういうきっかけがあればそういう趣味ができるんだろうか。


「映画とかじゃなくてよかったのか?」

「あれだとお喋りができないからこれでいいんだよ」

「そうか。まあ、任せたのは俺だから文句もないよ」


 先程のは自分で選んでおきながら当たり前のことを口にしていたからぶつけただけでこの行為自体に不満があるわけではない。

 最初と最近の変化に自分でも呆れるが、それ以上に変化をしたのが彼女、ということになるんだよな?


「なんで敢えて俺なんだよ」

「優しくしてくれたからだよ」

「それなら先輩の方が上だと思うが」


 前々から一緒にいるし、夢望を引っ張り出すために協力した仲だ、その間に仲が深まったのは確かなことだろ。

 だってそこがちゃんと仲良くできていなければ協力なんてできないからな、そんなのどんな馬鹿にだって分かるってもんだ。

 でも、こうして真横にいる女子は変な選択をしようとしている。


「そもそも先輩には好きな人がいるからね」

「だからそれが菜月だって話じゃないのか?」


 彼女は首を振って否定する。

 一瞬、これまでずっと過ごしてきた彼女が言うならと納得しかけたものの、本人でもないのになに分かった気になっているんだという考えに変わった。

 関係を壊さないように隠していただけの可能性がある、あの先輩のことだから夢望を引っ張り出すために協力してもらっているのに好きになんかなるべきではないとか終わらせた可能性もあった。


「きゃ――」

「ふっ、お前は軽いから急になにかがあっても対応できるな」


 離して水に近づく。

 まあ、滅茶苦茶寒いがそんなに悪い場所ではなかった。

 冬だからこそのよさがある気がする、人が少ないのは特にいいと思う。

 で、後ろにいるのは気に入っている友達だし、最後までこの緩い感じのままでいたかった。


「加福君」

「なんだ、やっぱり先輩がよくなったのか?」

「ううん、ちょっとお水に触れてみない?」

「は? あ、流石にそれは遠慮しておくよ」


 見ておくだけで十分だ、そうやって楽しみたいなら一人でどうぞという感じだ。

 はぁ、急に訳の分からないことを言い出すのは今日もそうみたいだった。

 別に悪いことばかりというわけではないものの、もう少しぐらい考えてから発言をしてほしいと思うときがある。


「そういえばお前、急に笑うようになったな」


 自分で言っておきながら今更であれだが、この変化は大きい。


「え、いま笑っていたかな?」

「違う、最初はこっちが要求通りに動いても真顔だったからだ」

「ああ、ふふ、加福君は私を変えたんだよ」


 俺が変えられるということはやはり影響を受けやすい人間ということだ、俺より上は沢山存在しているから仮にそういう関係になっても不安な毎日の始まりとなりそうだった――なんてな。

 俺はすぐに不安になるタイプではないし、仮に好きになったとしてもそこまで拘るタイプでもない。


「好きだよ」

「適当だなあ」

「適当じゃないよ、私は加福君が――ううん、崇英君が好きなの」


 今更になって名前呼びかよ、下手をしたら一生加福君呼びだった可能性があったということだよな。

 名字を教えてもらえなかったから名前で呼んでいたわけだが、かなりおかしなことをしていたことになる。


「まあ、ありがとな」

「それだけ?」

「急がなくてもいいだろ、先輩と違って俺らは同級生だ」

「駄目だよ、同級生だからって油断していたらあっという間に卒業になっちゃうんだから」


 それでもすぐに俺も好きだなんて言えるわけがない。

 いや、言えるには言えるが、なんか勢いで言ってしまうのは違うだろ。

 どうせ俺のことだからこの先も一緒にいられれば変わることだろう、だからそこまでは待っていてほしかった。

 もし急に変えたくなったとしてもその場合は聞かなかったことにできるから彼女にとっても悪いことばかりではない。


「そろそろ帰るか、風邪を引いたら馬鹿らしいからな」

「そうだね、お水に触れるのは春とか夏まで待つことにするよ」

「そうした方がいい、焦ったっていいことはなにもない」


 言うことを聞いてくれたのはよかったんだが途中で急に手を握ってきてはぁと内でため息をついた。

 ちらりと横を見てみても「ふふ、どうしたの?」といつも通りのままで回復するようなことはなかった。




 二月になった、が、俺達は特になにもないからあくまでいままで通りのままでいられている。


「加福君、今日はみちるちゃんと洋服を見てくるね」

「先輩って受験生なのに余裕がありますよね」

「やることはちゃんとやっているからね、焦る必要が全くないんだよ」


 妹は先輩のことが気になっていたわけだからなにもおかしなことではないが、先輩は別にそういうことではなかったのに変わるのが早すぎる。

 とはいえ、なにがすごいってもう高校を卒業するというところまできている先輩に積極的にアタックしていく妹の存在だった。


「一方通行じゃなくてよかったよね」

「ああ、悲しそうな顔をしているところなんて見たくないからな」


 みんな奇跡的に別の人間が気になっているというところもよかった。

 ごちゃごちゃしていないからやりやすさがまるで違う、あ、俺はまだ菜月に考え直した方がいいと思っているが。

 や、好きになってもらえるのは普通にいいことではあるが、もったいないことをしていることには変わらないわけだからな。

 自分の欲求だけを優先するなんてことはできない、流石にそこまで屑ではないというやつだった。


「私も同じだよ」

「待て、なんかそれは他の意味も込められていないか?」

「ふふ、どうだろうね」


 放課後になっているから帰るとするか。

 最近はこうして意味もなく残っていることが多かったから早めに帰って風邪を引かないようにしようと思う。


「あ、夢望ちゃんと櫻井君だ」

「本当だな」


 手を繋いで歩いているとかそういうことはないものの、横を静かに歩いている夢望はそうしたそうに見えた。


「そういえば勘違いされたこともあったよね、私が櫻井君とそういう意味で仲良くしたがっているとかそういう風にさ」

「前にも言ったと思うが露骨だったからな、あれなら誰が相手でもそういう判断をすると思うぞ」

「私は毎回君のところに行っていたんだよ? もしそういう気持ちがあったとしたら軽い女みたいになっちゃうよ」


 軽いとか軽くないとかはどうでもいい、あくまでメインはあちらにしてくれれば俺はもっと自然に彼女といられた。

 仲良くなれればなれるほどいいというわけではないからな、だからこその問題というやつも出てくるから慣れていない人間にはきついんだ。


「あ、夢望ちゃんからじゃなくて櫻井君から手を握った」

「男だな」


 油断できないのは鈍感君だからしたくてしているのかは分からない、というところだろうか。

 夢望がどんな理由からであれ、手を繋げたというだけで喜びを得られるんならいいがな。


「でも、こっちの男の子は全くそういうことをしてくれないんだよね」

「全部菜月に任せているんだぞ、俺に求めるなよ」

「えぇ、なにその顔」


 どんな顔をしているのかは分からないが、俺が自分から動けるわけがないだろう。

 そういう人間だったらとっくに他の彼女がいるってもんだ、一応、関わりはあったわけだからそうおかしな話というわけでもない。


「大体、俺らはまだ付き合っているわけじゃないだろ」

「確かにそうだけど、受け入れてくれたようなものなんだからいいでしょ」


 俺はあくまで俺に期待なんかするなと言っているだけだ、なので、彼女からしてくることについてはなにも言ってはいない。

 先程みたいなことを言っておきながら嫌そうな態度でいるとかそういうことではないわけで、勝手にやめているのは彼女の方だった。

 まあ、今回もしてほしいみたいに聞こえるかもしれないからそのことを言ったりはしないが、多分待っているだけでは変わらないと気づいて動き始めることだろう。

 それで仮に自分が動かなければなにも変わらない関係に嫌気が差したとしても構わなかった。


「あ、行っちゃった」

「あっちに先輩の家があるからな、さ、お前も今日は大人しく家に帰っておけ」

「ちょっと考え直さなければならないことができたからそうしようかな、それじゃあまた明日ね」


 冬であまり気にする必要はないから帰宅してすぐに飯作りを始めた。

 で、普通に作ってリビングで休んでいると、妹が「ただいま」と帰ってきた。

 出かけた割には早くて心配になったものの、特別暗いとかすぐに部屋に引きこもるとかもなくて少しほっとする。


「欲しくなってしまうから帰ってきたの」

「金がないときに見てももどかしくなるだけだからな」

「うん、あと、あんまり時間を無駄にしてほしくないというか……」

「そういうのは気にしなくていいと思うぞ」


 心配しなくても先輩なら上手くやる、仮に家でおかしいんだとしたら夢望が教えてきているだろうからそれがないということは心配をする必要はないんだと分かる。

 ただまあ、好きな人のことを考えて行動をしようとするのはなにもおかしなことというわけではないので、


「それならどっちかの家で勉強をしたらどうだ?」


 これだ、これなら自分のためにも相手のためにもなるから悪くはない。


「あ、今度一緒にやる約束をしているの」

「そうか、流石だな」

「流石……かどうかは分からないけど、それなら自然と一緒にいられるから私としても安心できるわ」


 これが恋をしている乙女的な思考、というやつなんだろうか。

 菜月もそうなのかとまで考えて、次にどうなるのかは分からないからすぐに捨てておいた。




「みちると一緒で流石だな」

「あ、まさかこの前の……見られていたということですか?」

「ああ」


 悪いが晃が自然と手に触れるようには考えられなかったんだ。

 あれはどう考えても彼女の意思が関係している、もし仮に晃の意思でしたんだとしたら謝るしかない。


「いまはとにかく頼んでいくしかないんです、菜月先輩みたいに積極的にいかないと変わりませんから」

「晃は手強そうだ」


 それよりも学校をどれぐらいなのかは分からないが休んでしまったことを気にしていそうだった。

 自分が休んでいる間にも対象はみちるとか他の人間と仲良くしていたわけだし、焦ってしまっているところもあるのかもしれない。

 で、どうするべきか、焦るなよと偉そうに言うのは簡単だがするべきなのか……。


「実は加福先輩が関係しているんですよね」

「俺か?」


 いや、なんにも反応せずに黙られるよりはいいが頷かれても困る。

 晃は確かに相手をしてもらえて嬉しいとか毎回言ってきているものの、なにか変な関係とかそういうことはないからだ。

 恋はすぐに冷静な状態ではいられなくなるんだと彼女が見せてきている気がした。


「大袈裟でも妄想でもなんでもなく、晃君の中にあるのはあなたと一緒にいたいという気持ちだけなんです」

「なるほどな」

「だから早くお付き合いをしてほしいんです」


 それでもいますぐに菜月からのそれを受け入れるつもりはなかった。

 ちゃんとお互いにしっかり好きになってからでなければ長続きはしない。


「夢望は晃のことが分かっていないな」

「……確かにそこまで長くいられているわけではありません」

「もし本当にそうなら例え頼まれたとしても手になんか触れないぞ」


 みんなに優しい人間ではあるがそういう意味でみんなを狙ったりはしない。

 馬鹿にしているわけではないからむかついたりはしないものの、ちゃんと見てやってほしかった。


「そうだよ夢望ちゃん、櫻井君はそういう男の子じゃないよ」

「菜月先輩といるときはどうだったんですか?」

「私達はほら、夢望ちゃんに出てきてもらうために協力をしていただけだから」


 いるなんて思っていなかった、廊下で先輩と話していたから声もかけずに出てきたのによく分からない結果となっている。


「なんでここにいるんだ?」

「部活がない毎週水曜日は夢望ちゃんとお家の前で話すと分かっていたからだよ」

「夢望と話したいなら俺は帰るが」

「はあ~、この子はいつもこんな感じなんだよ」

「大変そうですね」


 考え直すってなにを考え直したんだろうか。

 今日は朝から来ることもなく、見える場所で先輩と話していたがそういう作戦なんだろうか。

 だが、残念ながらそういうのは効かないし、妹のためにもいまの先輩といるのはやめてもらいたかった。

 不安な状態になってほしくないんだ、あと、先輩もはっきりと言ってほしい。


「とりあえず同じように頑張ってみます」

「おう、それじゃあな」


 珍しくここで文句を言ってくることはなく、少しの間は静かなまま歩けていた。

 でも、信号の関係で足を止めたときに腕をかなり強い力で掴まれて意識を持っていかれた。


「なんで敢えて関係ない方向に歩いているの?」


 意識して彼女から離れようとしていたわけではないのになにか勘違いをされているみたいだ。

 しっかし、こういうときだからこそなのか力が強えな、正直、色々と考えて行動するよりもこうして握れば一発だろとしか思えない。


「冷たいジュースが飲みたくなったんだ、俺は自販機派じゃなくてスーパーで買う派だからな」

「本当にそうなら付いて行っても問題ないよね?」

「ああ、別に構わないが」


 だが、逃げると判断しているのか腕を掴むことをやめることはなかった。

 どうせならとこの前のことを聞いてみると「結局無駄になっちゃった」と教えてくれた。

 やはりあれは作戦だったようだ、今度先輩に会ったらはっきり言おうと決めた。


「うん、敢えて寒い中冷たい飲み物を飲むというのも悪くないね」

「で、これからはどうするんだ?」

「そんなの夢望ちゃんのように積極的にいくだけですよ」


 彼女はこっちの腕を優しく突いてから「待っていても変わらないからね」と重ねてきた。


「あと、みちるちゃんを不安にさせたくないんだよ」

「実行する前にそうやってやめてほしかったがな」


 ごちゃごちゃ考える前にこちらもやめておくべきだった、一番矛盾していたのは俺だということになる。


「あっ、実はちょっと嫉妬していたんでしょ」

「もしそうだと言ったらどうする?」

「うわあ、この顔は絶対に嫉妬なんかしていない顔だよ、それどころかそのまま変えた方がいいとか思っていそうな顔だ……」


 正解だ、まあ、妹のことを考えるとそんなこともう言えないが。

 まああれだ、ここまでやってもまた戻ってきたということは大丈夫ってことだと思うからこれ以上はやめよう。

 あとはそう、しっかり一緒にいないと好きになることもできないから仕方がない。

 離れていて一緒にいたいという気持ちが強くなったというわけではないが、つまらなくもあったから無駄なことをするべきではないだろう。


「悪かった、また俺といてくれるか?」

「え、どうしようかな」

「ふっ、そのままでいてくれ」

「えー、どうしようかなー」


 欲しい物も買えたから帰るとするか。

 今回は珍しく自分から来ないかと誘うようなこともしておいたのだった。

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