08話.[よく考えていた]
「これ、どうすればいいんだ」
「せっかく作ってくれたんだから食べさせてもらえばいいんだよ」
「なんでここにいるのかは知りませんが、まあ、それしかないですよね」
貰って菜月と別れてから三十分も経過しているのに帰れないままでいた、どうすればいいんだと五回目の呟きをしたときに先輩が話しかけてきた形となる。
「先輩ももう卒業ですね」
「そうだね」
卒業してしまったらあの学校で話せるのは菜月だけということになる。
もう前とは違うからそれでもいい的な風には考えられない、それになにかがあったとしても協力してもらうことは不可能になってしまう。
俺一人でずっと菜月と仲良くしていけるのかどうかは分からないため、先輩ではなく同級生ならよかったのにと最近はよく考えていた。
まあほら、単純に知っている人が卒業してしまう寂しさというのもあるんだよ。
「俺はてっきり、菜月のことが好きなんだと思っていたんですが」
それでも恥ずかしいから俺らしい方向に変えておく。
バレンタインデーだからまだ最後ではないものの、二人でゆっくり話せる機会というのはそうできないだろうから優先する形になった。
「崇英君が現れて諦めた、急に変えたというわけではないんだ」
「みちるは学校が終わるとすぐに帰ってきましたし、晃とばかり行動していたから先輩と一緒に過ごしているようには全然見えなかったんですけどね」
「夢望が不登校じゃなかったときは家によく遊びに来てくれていたからね。ただ、夢望と遊ぶために来ているのに出しゃばったこともあって少し微妙なんだけど……」
「はは、先輩がですか? 全く想像ができませんよ」
でも、正解だったということだよな、積極的に行動したからこそ先輩のことを妹も気に入っているわけなんだから。
ストーカーにまでなってしまったら大問題だが、気になっているなら、好きなら勇気を出さなければならないわけで。
「崇英君と話せてよかった。それ、早く食べてあげてね」
「はい」
こんなところにいつまでもいたところでメリットもないため、自宅に向かってこちらも歩き始めた。
今日チョコを渡してきたときの菜月は真顔だったが、その内側はどんな感じだったんだろうか。
正直、俺には慣れないことだったから心臓がなにも影響を受けないということはなかった、それでもなんとかいつも通りを装い、礼をいい、別れたのが四十五分前ぐらいのことだ。
「食べるか」
で、食べてみると甘すぎず苦すぎずで落ち着く味だった。
こうして食べ始めてしまえば終わるのは一瞬で、贅沢なことに少し物足りないなんて思考になり始めて慌てて捨てた。
とにかく食ったことと礼を言わなければならない、直接はやはり恥ずかしいからメッセージで、という形になるが……。
「ありがとな、美味かったぞ……と、これだけでいいよな」
ここが○○でこうだから美味いなんて言ってやれないからこれが限界だ。
まあ、残念ながらいつもと違ってすぐに返ってくることはなかったものの、気にせずに夜飯作りを始める。
それで作り終えてから気づいたんだが、どうやらまだ妹は帰ってきていないようで変わらずに静かだった。
「晃のところにいるわけじゃないのか?」
「うん」
少し心配になって一番可能性が高そうなところに電話をかけた結果がこれだった。
「じゃあ……菜月の家か? 先輩の家ってこともないだろうし……」
夢望がいるとはいえ、気になっている存在がいる家に何時間も世話になろうとはしないだろう――というのはあくまで俺の場合であって、妹みたいに積極的に動ける存在にとってはどうかは分からない。
冬は部活が早く終わることになっているため、できた時間をとにかく自分のために使おうと考えてもおかしくはないよな。
そうでなくてももうすぐ卒業というところまできているから、相手が受けいてくれているんならとなっていても……。
「よし、じゃあいまから僕が崇英のお家に行くよ」
「いいぞ」
結局、ごちゃごちゃ考えたが事件や事故に巻き込まれていたりしなければそれでいいんだ。
寧ろ先輩のところにいるんであれば安心できるというもんだ、全く知らない男子の家にいるとかより遥かにいいことだからそういうことになる。
「来たよ」
「おう……って、みちるといたのかよ……」
なんでそんな嘘をつく必要があるのか、これは聞いてしまってもいいんだろうか。
「違うよ、菜月先輩が送ってくれていたんだ」
「って、菜月かーい」
「うん、『どうしてもお願い』と頼まれてお家に行っていたの」
「ま、まあいい、おかえり」
「「ただいま」」
なんとなく飯を食いたいという気分が消えたため、俺の分は寒い中来てくれた晃にあげておいた。
そしてできた自由な時間を使って今度は迷いなく菜月に電話をかける。
「ごめん、みちるちゃんを借りることになっちゃって」
「みちるが受け入れたんなら別にいい、だが、なにをしてもらうためにみちるを家に呼んだんだ?」
「…………を大量消費するためにだよ」
「チョコレートを大量消費するためにみちるを呼んだのか、え、じゃあよくみちるは飯を食えているな」
甘い物は別腹というやつなのか。
これまた平気で俺にはできないことを涼しい顔でしている妹を見て勝てるわけがないという気持ちになったのだった。
「関係のない私の方が不安になってしまいます」
「まあ、俺もみちるが受験生になったら同じ感じになると思うわ」
「兄からしたら自分のことに集中してと言いたいでしょうが」
俺がその立場になったら実際に言われてしまいそうだった。
優しい子ではあるがたまに言葉で貫いてくることもある、で、そうされたら俺は分かりやすくヘコむことになるわけだ。
……昔は晃と過ごすことで回復させたこともあった、どっちが年上だよと見ている存在がいたら言われているだろうな。
「家ではどんな感じなんだ?」
「いつも通りすぎてこちらが不安になるんです」
「あー、簡単に想像ができるよ」
心配になって落ち着かないのに柔らかい笑みを浮かべて「心配をしてくれてありがとう」などと言ってきそうだった、イライラとして普通に存在しているだけでも八つ当たりをしてくるような存在よりはいいのかもしれないが色々とやりにくそうだ。
「あ、最近はよく加福先輩のことを出してきますね」
「俺のこと?」
い、いいことを言われている気がしねえ……。
悪口を進んで言うような人ではないことを分かっていても駄目だった。
俺のことなんかどうでもいいと捨てて共通の友達である妹の話をすればいいのにとしか言いようがない。
「もっと前々から話しておけばよかったとかそういうことです」
「ああ、そうすればみちるとももっと時間を作れたからだな」
「それもあると思いますけど、それだけではないと思います」
まあいいか、一番近くで見ている彼女がこう言っているんだから信じておけばいいだろう。
「私も同じ気持ちですけどね、晃君やみちるさんがいてくれていたのに私は……」
「はは、俺と話してどうするんだよ」
これだって自分から言い出してしまったから仕方がなく続けているだけだろうに。
「私は毎週、この時間を楽しみに生きていますけどね」
「嘘をつくなよ、あくまで晃と楽しんだ後のおまけみたいなもんだろ」
「違います」
怖いな、冬の寒さとかどうでもよくなるぐらいには冷たかった、怖いと分かっているのに顔から他のところへ意識をやれないのも問題だと言える。
そしてそのまま体感的に二分ぐらいが経過したときのこと、いきなりやって来た菜月によってやっと他の場所へ意識をやることができた。
そのままこの世から去りそうになるぐらいには強い力だったが、とにかく感謝だ。
「中学生の女の子をじっと見すぎだよ」
「はぁ、……いつもこうして菜月先輩を呼んでいるんですよね……」
「それは違うぞ夢望、何故か菜月がこうして来てしまうだけなんだ」
「週に一度しかお話しできないのに意地悪な人達です、もういいです」
ああ、家の中に入ってしまった。
流石にすぐに帰ることはできなくて待っていたんだが、残念ながら出てくることはなかったから菜月の提案により帰ることになった。
「もしかしたら嫌われちゃった可能性もあるかも」
でも、残念とか悲しいとかそういう感情が伝わってくることはなかった。
簡単に言ってしまえば俺が説明もなしにスーパーに行こうとしようとしたときみたいな必死さが感じられない。
「遅れてやってくる理由はなんなんだ? もしかしてある程度のところまである場所から観察しているとか?」
「うん、だって中学生の女の子相手に変なことをされても困るし……」
「そんなことしないよ、どう行動しようが本命の晃には勝てないんだからな」
なにか拒んだというわけでもないのに意味の分からないことを言う。
いやまあ、ちゃんと答えてやっていないから不安になってしまう気持ちもなんとなく分かるようなという感じで……。
「不安になってくれるなよ、他の女子にアピールをしているとかそういうことでもないだろ」
異性に一緒にいてくれなんてぶつけたのは初めてなんだぞ、と内で情けないことを呟くことで微妙な気持ちをなんとかする。
「だからそんな顔をするなって」
「あ、狙っていたわけじゃないけど初めて頭を撫でてもらえた」
「違う、手を置いただけだ」
「ふふ、作戦成功ということでいいか」
作戦でもなんでもいいからいつも通りにこにことしていてほしい。
真顔というか暗くなるのは自宅でやってもらいたかった、溜まったなにかを発散させる方法は……分からないが。
「うん、崇英君は温かいね」
「って、本当に作戦だったのかよ……」
温かいって制服越しには分かりづらいだろ、あと、そういうことがどうでもよくなるぐらいには普通ではいられなくなる。
抱きしめられたぐらいでなんだよ、恋をしている妹だってもっと上手く対応をできるだろうよと内で止まらなくなっていく。
「うん、いまさらああいうことで不安になったりはしないよ? いちいち不安になっていたらそれだけで疲れて崇英君と楽しめないよ」
「はは、そうかい」
あれだな、相手が普通すぎると案外すぐに落ち着けるもんなんだな。
だが、今度は抱きしめておきながら普通でいるなよと不満を抱いている俺もいたのだった。
「終わってしまいましたね」
「そうだね、今回も涙は出なかったよ」
卒業式なんてそんなものだろう、泣けなかったら問題があるというわけでもないから気にしなくていい。
いやでもこうなると少し寂しさはあるな、もちろん迷惑になるだけだからそれをそのまま言ったりはしないが。
「短い間でしたが一緒にいられてよかったです」
「そっか、うん、僕も同じだよ――あ、菜月がやっと来たね」
菜月は何故か二年生なのに泣いている女友達に付き合っていて一緒にいなかった。
だが、こうしてすぐに来てくれたから安心する、今日みたいな雰囲気は少し苦手だから後は任せたかったんだ。
「夢望の件で本当にお世話になったからね、菜月もありがとう」
「いえ、結局崇英君にいいとこ取りをされてしまいましたから」
彼女達が頑張って頑張ってもうすぐ出られそうというところでたまたま俺が行った結果があれだったから確かにそういう言い方をされても仕方がないのかもしれない。
ありがたいことではあると思う……が、残念感は高そうだ、でも、どう残念だったのかをこの二人が口にすることはないと思う。
願望みたいなものがあるのは認めるしかないがな。
「はは、確かにそうだ、だからそういう点でももっと早くから話しかけておけばよかったと後悔しているんだよ」
「過去は変えられないですけどこれからは変えていけますから」
「うん、僕はまだまだ相手をしてもらうことになるだろうからね」
頼むぞ、妹を悲しませたりしないでくれ。
もっとも、兄ではできないことをしてほしいなどと願わなくても先輩なら勝手に上手くやってしまうんだろう。
「さて、満足したから今日はもう帰ろうかな」
「私達も一緒に帰っていいですか?」
「ごめん、君達とこのままいると泣いてしまいそうだから一人で帰るよ」
う、嘘臭え、なんで最後にそんなこと言うんだ。
までも、もし仮に我慢をしていただけで泣いてしまったとしても夢望がいるから問題はないか。
「来年、私は泣いちゃいそう」
「そういえば菜月は大学を志望するのか?」
「うん、崇英君は違うのかな?」
「ああ、俺はさっさと就職活動を終わらせて後半はのんびりとしてえなあ」
人間関係のことではないから不安にならずに挑めるのはいいことだった。
さっさと終われば彼女との時間もかなりできることになるし、まあ、一緒に勉強をしたりとかしても悪くはない気がする。
というか、俺にできるのがそれぐらいしかない、でも、一応相手のことを考えられているわけだから……。
「来年もこうして一緒にいられるといいな」
「いられるよ」
「本当にそうか? だってこれからは変わっていくんだろ?」
変えようとしなくても勝手に変わってしまうということもあるんだ。
ちょっと別行動をしている間に菜月にとっていいことをしてくれる人間というやつが現れるかもしれない。
「またそういうモードになっちゃったんだ」
「悪い……」
「いいよ、黙ってどこかにいかれてしまうことの方が嫌だからね」
流石に去るときはちゃんと言ってからにするがな。
中途半端にやると気になるから自分のためにそうするんだ、彼女相手にそうしようとしている自分はいないが。
「ありがとう」
「お、おお、まさか崇英君の方からしてくれるとは」
「終わりだ、帰ろうぜ」
あれだな、自分からしてしまった方が固まってしまうなんてことにはならないんだとよく分かった。
だからこれからは絶対に彼女からはやらせないようにしようと決めたのだった。
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