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06話.[やめてください]

「加福君、ちょっといいかな」

「先輩も来てしまったんですか」

「うん、ちょっとお願いしたいことがあってね」

　菜月と呼び捨てにしている時点でもう分かりきっているようなもんだが。

　でも、断るわけにもいかないから付いていくと「夢望が加福君と一緒にいたいみたいなんだ」と想像とは違う結果になった。

　小学生の俺がなにをしたのかは分からないがこれはいいこととは言えない。

「それに夢望が学校に行くことにしたのは君のおかげでもあると思うんだ」

「やめてくださいよ。俺なんてたまたまあの日、先輩の家に行っただけなんですよ」

　しかもあれは自分のイメージを回復するためにしたことであって先輩のためとか菜月のためとかではなかったんだ。

　みんなに優しくできることはいいことだと言えるものの、そんな風に無理やり繋げたりする必要はなかった。

「とりあえず会ってあげてくれないかな？」

「えっと、妹さんも部活をやっているんですよね？　それまでどうするんです？」

　いちいち聞かなくても強制的になんらかの部活に入らなければならないことは分かっているから無駄な質問だった。

　だが、それでもなにかしらの理由を作って行かないようにしたかったんだ。

　残念ながらこうなってしまった時点で答えは決まってしまっているようなものの、なんにもしないよりはマシだと片付けている。

「そんなの僕の家でゆっくりしていてくれればいいよ、ケーキぐらいなら出すよ」

「じゃあそういうのはいいんで今日は家に行かせてもらいます」

「うん、ありがとう」

　言いたいことを言えて満足して戻るかと思えばそうではなく、先輩は初対面のときと同じように少し離れてから「菜月が君を気に入る理由が分かるよ」と。

　来てもらえてありがたい俺とは違ってただの暇つぶしみたいなもんだろと微妙な気分になった。

　菜月と違って先輩といられるのがいいことなのかどうか分からない。

「加福君、一緒に帰ろう」

「悪い、先輩に呼ばれて家に行くことになっているんだ」

「あ、それなら私も行っていい？」

「いいんじゃないか？　よし、じゃあ行こう」

「腕を掴まなくても逃げたりしないよ」

　やっぱりやめるとか急に言われても嫌だからこうしているんだ。

　廊下で待っていると先輩がやって来たから一緒に歩いて行く。

　楽しそうに会話をしている二人を見て、お似合いなんじゃないかなどと考えて現実逃避をしていた。

「あ、夢望ちゃんが会いたがっていたんですね」

「うん、夢望にとっては大事なことなのかもしれないね」

「加福君はなにをしたんだろう」

　本当だよ、小学生のときの俺はあの子になにをしたんだ。

　苛めをするような人間ではないから悪いことをしたわけではないだろうが、ちゃんと○○をしてくれたと言ってくれるまではこの状態が続く気がした。

　いや、もしかしたらあの子にとって悪いことをしていて、だからこそ敢えて言わないことで思い出させようとしている可能性もあるか。

「ただいま」

「「お邪魔します」」

　元々他者の家に上がらせてもらうことで緊張したりはしないが、二回目のここにももう慣れてしまった。

　冬だから活動時間が短いとはいえ、すぐに帰ってくるわけでもないから寝転んで休んでおく。

「もう、加福君は自由すぎるよ」

「気にしなくて大丈夫だよ」

「甘くすればいいというわけではないんですよ、加福君には特にそうです」

「おっと、今日はちょっと厳しいね」

「そうですか？　私はいつもこんな感じですけどね」

　先輩がそう言いたくなる気持ちも分かる、今日の彼女はらしくない。

　いつもならにこにことしているのに少し怒っているように見えるのも俺の気のせいというわけではないだろう。

　付き合えることには付き合ってきたのになにが不満なんだろうか――あ、先輩の前だからこそしっかり者でいたいということか。

「加福君」

「先輩と仲良くしておけ、俺は邪魔しないからよ」

　俺はもう高校二年生、あともう少しで三年生になるというところだから構ってちゃんみたいなことはしないんだ。

　友達が誰かと仲良くしたがっているようなら気をつけて行動をする、場合によってはこうして協力したりもする。

　まあ、単純に毎日来てくれている優しい存在が相手だからこそなんだが、人間ならそういうもんだよな。

「寝たら駄目だよ、だから寝てしまわないように手を掴んでおくね」

「先輩の手を握っておけよ」

「寝ようとしているわけではないんだからそんなことをする必要はないでしょ」

「俺にだって必要ないぞ、どうせ三十分とかそれぐらいで寝られるわけがないんだからな」

　それにどうせ寝るなら夜に沢山寝ればいい、昼寝なんかは必要ない。

　休日は家にこもりがちな俺だって寝ることで時間をつぶそうとしたことはあまりなかった、理由は簡単、暇な時間だったとしても何故かもったいないことをしている気分になってくるからだ。

　あと、この前の彼女みたいに即寝られるようなスキルは多分有していないため、寝ようと意識すればする程駄目になると思う。

「加福君、菜月はそういうことにして手を繋ぎたいんじゃないかな」

「先輩、仮にそうだとしても言葉にしてしまうのは違うんじゃないですか？」

「あらら、加福君からそんなことを言われるとは」

「えぇ、やっぱり俺のイメージは……」

　回復しきれていなかったみたいだ。

　ちなみに菜月はこちらを寝かせないようにすることで一生懸命だったのか反応するようなことはなかった。

「部活お疲れさん」

「ありがとうございます」

　結局二人で話すことになってしまった、体が冷えるだろと言ってみても「外でお話したいです」と聞いてくれなかった。

「それで俺はどうすればいいんだ？」

　俺にしてやれるのは正直なところを聞いて誰かといたいようならその人間のところまで連れて行くことだった。

　そういうことを求めてきていないんであれば困ってしまう、最初の菜月みたいに理由が分からなくて距離を作ろうとしてしまいそうだ。

「たまにでいいから来てほしいんです」

「それはまあいいが……」

　その場合は絶対に先輩と菜月にいてもらおうと決めた。

　一対一で話すのは間違いなくこの子にとってメリットがないからそれでいい、これでも一応相手のことを考えて行動できる人間だからまだいいよなと自分で褒める。

「菜月先輩と仲良くした後でもいいから来てください」

「俺と菜月はそういう関係じゃないがな」

「でも、これからは分かりませんから」

　まあ、それを言われてしまったらどうしようもない、多分、いるのかどうかも分からない神にだってこの先のことなんか分からないだろう。

　小さな選択でも大きな選択でもこの先に間違いなく影響していく、現在の俺が正しい選択をできているのかどうかは俺にさえ分からない。

「ごめんなさい、本当は聞いてほしいことがあるんです」

「おう」

「晃君と……仲良くなりたいんです」

「そうか、だったら積極的に近づかないとな」

　俺なんかと過ごすよりも一緒に帰るなりして時間を作った方がいい。

　彼女相手にも言えることだが俺は暇人だから本当に暇になったときだけ来ればいいんだ、それまでは他に一生懸命になればいい。

「この前頑張って聞いて連絡先は交換できました、次はなにをするべきですか？」

　なんで彼女は学校に行けていなかったんだろうかと会う度に考えてしまう。

　行けていなかったからこその積極性――でも、いきなり変われるようなことではないからそのようには見えない。

「そこまでいったなら出かけることじゃないか？」

「お出かけ……ですか」

「ただちょっと近くの店まで行ってみるとかでいいんだ」

「それぐらいだったら上手くできそうな気がします」

　なんで俺がこんなことを言うことになっているのかは俺でも分からないが、緩い感じでいけばいいのは確かなことだった。

　こうしてああして最後は～なんて一生懸命に考えたところで理想通りにいく可能性は低い、また、少しでも違うことが起きると混乱してしまう可能性が高まるから柔軟に対応できるようにするためにもそれでいいんだ。

「はぁ、加福君が似合わないことをしているね」

「ま、気になっているなら頑張れよ」

　そんなことをわざわざ言われなくたって今度は俺が一番分かっている。

　幸いなのはなんであんな人に聞いたのかと彼女は冷静になるだろうということだった、これで付き合えたこともない人間が恋愛相談に乗るなんてこともなくなるわけだからいいことだった。

「じゃ、そろそろ俺は帰るわ」

「加福君が帰るなら私も帰るよ」

「はい、今日は来てくれてありがとうございました」

　肉体的により精神的に疲れた方がきついということを今日知った。

　やはり年下の異性といるのは少し微妙だ、特になにかがあるわけではないと分かっていてもなるべくない方がいいとすら思えてしまう――……と言うより、横を歩いているこいつがおかしいだけなのかもしれない。

　いつからか来るから相手をするという考えから変わってしまっているのも問題だろう……。

「協力してやろうとしたのになんで先輩と仲良くしないんだよ」

「もう十分仲がいいからだよ」

「だったら一歩踏み込んだ関係になりたいとかそういう考えはないのか？」

「それもちゃんと言ったよね？」

　言っていたがいまからでも変えることはできるんだ、本人に聞かれていないんであれば尚更のことだと言える。

　で、俺が勘違いしてこいつのことを好きになってしまう前にどうにかしようとしているのにこいつは分かってくれていなかった。

「よかったよ、夢望ちゃんが加福君のことを好きでいるとかではなくて」

「ちょっと過ごした程度の相手を好きになっていたらやばいだろ」

「じゃあ私はやばくないね、だって話すようになってからもう一ヶ月は経過しようとしているところだから」

　足を止めると彼女も足を止めた。

「今度、デートしよう」

「待て、流石にちょろくないか？」

　俺でもあともう少しなにかがあれば変わるというところだったんだ、それだというのに彼女の方が変わってしまうなんておかしい。

「あのとき助けてくれただけではなくてその翌日からも優しくしてくれたでしょ？」

「じゃ、じゃあなんでさっきは怒ったような顔をしていたんだ？」

「え、そんなの不安だったからだよ、夢望ちゃんがどういう話をするのかが分からなかったからさ」

　好きだとかそういうことを言われるわけがないだろうが……。

　結局、彼女が言うように一ヶ月ぐらいが経ったいまでも彼女のことはよく分かっていないままだった。

「そういうわけでよろしくね」

「俺に期待するだけ無駄だぞ」

「じゃあ私が考えておくよ、だってこのまま終わらせたくないからね」

　それなら安心、とはならない。

　間違いなくいいことのはずなのになんとなく喜びきれないところがあるのは確かなことだった。

「菜月先輩は崇英が好きで、みちるちゃんはお兄さんが好きで、そのお兄さんは誰が好きなんだろう」

「どうせ菜月だろ、我慢しているだけだ」

　最初から先輩はおかしかった、だからこれからも遠慮をする可能性は高い。

　それでも勝手にこちらのせいにはされたくないから、そういう気持ちがあるならぶつけておくべきだった。

「でも、菜月先輩は崇英君に集中しているみたいですからね」

「晃はどうなんだよ、そろそろはっきりとしたらどうだ」

「いやいや、そこは先に崇英先輩がはっきりしてくださいよ」

　君だったり先輩だったりどっちだよ、つか、分かっているくせに意地が悪いことをする。

　ここまでは三角関係にならないようになっているが、彼と先輩の答え次第では変わってきてしまう。

　同じ人間を好きになっていない方が協力もしやすいため、自分のことでもないのに頼むと願っていた。

「夢望ちゃんはお兄さんが好きそうだよね」

「知らん」

　残念でもなんでもないが夢望が好きなのは彼だ、でも、言うわけにはいかないから知らないことにしておく。

「はは、このまま言わないようにしておけば何回も崇英が来てくれるってことだからそのままにしておくよ」

「同性だし、前々から一緒にいるということで気が楽だからな、まあいいか」

　しかも自宅で休んでくれているから寝転んでいても注意してくるような人間はいないことになる。

　仮にここに菜月がいたとしても関係ない、自宅でのんびりとしてなにが悪いんだと言わせてもらう。

「久しぶりに崇英が作ってくれたご飯が食べたいな」

「なら今日食っていけばいい」

　って、そうか、飯を作るまでは休んでいるわけにもいかないか。

　作った後に俺がいつ食べようが自由だが、妹もいるわけだから作る時間を遅らせるわけにはいかない。

　あと、やることをやってからでないと気持ち良く休むこともできないため、頑張って体を動かして作ることにした。

　毎回毎回余計に一人分多く作っているというわけでもないし、俺らの両親なら許可してくるだろうと片付ける。

「夢望は学校でどんな感じだ？」

「ずっと通っていたみたいに上手くできているよ、二人きりになったときに急に弱々しくなるなんてこともないから安心できるかな」

「そうか、ならいいんだが」

　はぁ、なんで俺が年下の女子の名前を呼ばなければならないのか。

　頼まれたときになかったことにして帰ろうとしたら菜月みたいに面倒くさい絡み方をしてきたんだ、で、いつもの弱い俺が出て従うことになった。

　だが、一番嫌なのは弱いところではなくて悩むのはそのときだけってことなんだよな。

「崇英、焦げちゃうよ」

「あ、すぐにできるから待っていてくれ」

　俺に心配されなくても勝手に上手くやるだろうよ。

　そう、こうやってすぐに調子に乗りがちなところが駄目なんだ。

「みちるを呼んでくる」

　彼が家に来てくれているのにすぐに部屋に移動してしまった。

　宿題とかそういうのがあったからなのか、それともなにか他にしたいことがあったからなのか、今回はどっちなんだろうな。

「みちる、飯ができたぞ」

　反応がない、イヤホンとかで音楽を聴いたりするような人間でもないからこの場合は寝ていることになるんだろうか。

　前みたいに一度で諦めずに数回声をかけたものの、全部駄目だったから諦めて一階に戻った。

「食おうぜ」

「みちるちゃんには悪いけど美味しそうだから我慢できそうにないや」

「ふっ、そうかい」

　意地でも待つとかそのような選択を選ばないでくれてよかった。

　新鮮さはないが、普通に上手く作れていたから満足度は高い。

「これを菜月さんばっかりが食べられるのはずるいな」

　どういう立場からの発言だよ、あと、こんなのは食材と調味料がいいだけだ。

　誰が作ったってこんな内容になる、慣れていない妹だって同じように作れることだろうよ。

「いや、菜月にだって作っていないぞ」

「嘘つき」

「ゼロというわけではないが冬休みからは――」

「もういいよ、崇英は嘘つきだから」

　いや、冬休みが終わってからはここに来ていないからなんにも嘘はついていない。

　十二月などと比べて寒さも酷くなっているのに何故か外でばかり過ごしている。

　まあ、何故かではなく夢望のせいなんだが、それもまた悪いことばかりではないから正直……。

　と、とにかく、菜月関連のことで嘘はついていないから信じてほしいところだ。

「決めたことがあるんだ」

「おう、言ってみろ」

「毎週、土曜日から日曜日までお泊りさせてもらおうってね」

「はは、好きにしろ」

　両親も彼のことはよく知っているし、彼なら大歓迎だろう。

　菜月が同じことをしようとするよりは問題もないため、俺としても歓迎できる。

「ごちそうさまでした」

「おう、洗い物でもするわ」

　終わったらあんまり必要もない気がするが送って行くか。

　しっかりしているとはいっても甘いところもある存在のため、別に男だろうが関係ないと終わらせたのだった。