第8話:宇宙日記の真実
俺は例の日記帳をめくって、そこに書かれた文章を読み上げていく。
「○月△日。参考資料を読んだ。ほかはなにもない。変わらない一日だった。――○月■日。昨日と同じ。――▼月○日。昨日と同じ――昨日と、同じ――」
どのページをめくっても一緒だ。
なにも起こらない毎日を。
エレクトは
「お前――ずっと
こくり。
エレクトは頷いた。
――ニンゲンさんと会えておしゃべりできたのひさしぶりだったんですもん~。
彼女が最初に俺に会った時にそう言っていたことを思い出す。
「一体、どれだけぶりだったんだ……?」
『……ざっと、
「なっ!?」
1万日? 聞き違いか? そんなもの
この際、宇宙人だし年齢のことは気にしないでおく。レディーに歳のことを聞くのは失礼だしな。
しかし――それほどまでの長い時間を、だれとも会わずにただ独りで過ごしてたっていうのか? この四角い銀色の小部屋で?
「なんでだよ! 自分の星に帰れば――」
そこまで言って気がついた。
帰れるのであれば。きっと彼女は帰っているのだ。
それができないということは、きっと。
『はい。私の星はもう――この
「……!」
『大きな戦争があって、私の星は――種族は。滅びてしまいました。この場所は宇宙船の中です。星が滅びる直前に……私は父によってひとり、この箱舟に乗せられ宇宙へと旅立つことになりました』
彼女は甘ったるい声に苦みを混ぜ込んで、とつとつと語り続ける。
『託されたのはこの箱舟と――あとは無数の【たぶれっと】でした。【たぶれっと】はその先の場所と箱舟とを繋ぐ唯一の希望で……そんな父の残してくれた希望を、私はこの宇宙に【放流】しました』
ガラス瓶の中に手紙を入れて、大海原に流すイメージが思い浮かんだ。
孤独な無人島から。遥か彼方に広がる海の向こうに在るドコカへ。そこに居るダレカへ。
届くようにと祈りを込めて送り出すメッセージだ。
『ほとんどが途中で通信が切れたり、バッテリーがなくなったり――音信不通になる中、そのうちの
そこでようやくエレクトは微かに口元を緩めた。
口元にパステルカラーの爪をあてながら続ける。
『とっても驚いて……それで。その繋がった相手が、
「……!」
相変わらず涙は零れていたけれど。
彼女は『うゆゆ~』とようやくしっかり微笑んでくれた。
『だから――これでもう、
そしてふくよかな胸の前で、指と指を重ね合わせて。
恥ずかしそうに擦りながら。
彼女は言った。
『あたしと――〝えっち〟をしてくださいっ』
だからなんでそうなるんだよ! という言葉が喉まで出かけたのを我慢し切れずそのまま出した。「だからなんでそうなるんだよ!」
『うゆ~、だってもう……ニンゲンさんと触れ合えるのは、きっと二度と……ないですもん』
哀愁が漂う横顔は相変わらず綺麗で。
『それに……私がドキドキしたの、ジンさんがハジメテだったんですっ。ジンさんじゃなかったら、こんなお願いしてません~……!』
顔を真っ赤に染めてそう告白する彼女は。エレクトは。
やっぱりどうしたって、俺に超前傾姿勢を取らせるくらいには好みだった。
「あああああああもう! ふざけやがって!」
とうとう我慢ができなくなって俺は叫ぶ。
「お前はこの
俺はすううううう、と息を吸って。覚悟を決めて。
目の前の子犬みたいなゆるふわ宇宙人に言ってやった。
「まさしく
『ジン、さんっ……?』
「この激しい胸の鼓動こそが恋愛だ! 過ごした時間の短さだとか、世界どころか宇宙を越えた種族の違いだとかは関係ない! ただお前のことを想うと胸がうずく――論理を無視した何よりも強い激情があるだけの、
『……っ‼』
エレクトは両の掌を震わせて口元にあてている。
『う、うゆ~……う、うれしい、ですう~』
「答えは!」
ぴくり。エレクトは身体を震わせて、『わ、私も。ジンさんは恋愛ごっこと言っていましたが……途中からあたしにとっては〝ごっこ〟じゃなくなっていました。ジンさんといるとドキドキする――そのことだけで〝恋愛〟の概念がない私にとっては
だからですね~あのですね~うゆ~あやややや、とエレクトは指先を絡ませたあと。
きっと目をつむって。きりりと見開いて。俺に対して返事をしてくれた。
『ジンさんのことが、
はい!
いただきました!
これにて恋愛童貞卒業! おめでとう自分!
そして迫りくる
「だったら最初から言えよなああああ」
俺は肩を落としながら叫ぶ。
『……うゆ?』
「最初っからここに居られるのに〝時間制限〟があるんだったら、はじめに言っとけよな! そうしたらもっと
『できた、こと……?』
「ああそうだ! 例のアレだよ! あと残りは何分ある?」
俺は言うかどうか迷ったが、頭の中の天使と悪魔がイケイケドンドンだったのでその事実を突きつけてやることにした。
「とにかくな! ――〝えっち〟はあと1分だか2分だかの短い時間じゃ、できないんだーーーーーっ!」
『あーやややややや!』
エレクトが目を見開いて驚愕した。
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