第2話:ゆるふわ少女は触角がお好き


 俺はタブレットサイズの謎の銀色の板に吸い込まれるようにして、自室とは明らかに別の空間に来ていた。


 四角い立方形の殺風景な部屋だ。

 窓ひとつなく、壁から床、天井は例の〝反射しない〟銀色の素材が使われている。


 そんな空間の隅っこに。


『いいいい、いらっしゃいまし~……』


 ふるふると震える少女がひとり。

 俺に視線を向けることなくうずくまっていた。表情は前髪で隠れているせいで俺の〝好みかどうか〟は読み取れない。

 しかたなく間をとって〝ほぼ前傾姿勢〟で対応することにした。


「お前が……俺をここに呼んだのか?」


『あっ、は、はい……には、これがいちばんかと』


 確かにごもっともだ。

 WEBカメラ越しに拳を突き付けたって格好がつかない。


「よし。それじゃあ早速拳突合せの時間パーティ・タイムだ。手をよこしな」


『あややややや』


 それは焦りの感情のオノマトペであるらしい。

 俺は隅っこでうずくまる少女の腕を優しく掴んで立たせてみた。


『う、うゆ~』


 今度は恥ずかしがっている時のオノマトペだった。

 あらわになった頬が真っ赤に火照っている。


 そして俺の体勢は――〝超前傾姿勢〟となった。


(か、かわいい……!)


 全体的にな小動物みたいな少女だった。

 おろせば膝元までありそうな髪の毛は紫とピンクと青をごちゃ混ぜにしたようなユメカワ色。

 まるで芸術的な飴細工みたいに所々が編み込まれていて、リボンや幾何学的きかがくてきな髪留めがごちゃっとついている。

 眼はでかい。そしてたれ目でうるうるしている。守ってあげたくなる系の女子おなごだ。

 肌は白い。そしてつやつやとハリがある。つつけば3mくらい後ろに吹き飛びそうな弾力だ(断定)。

 服装も髪色と合わせて青とピンクの系統に白を加えてしている。

 一部に透明な生地が使われていたり、シルエットがだぽっとしていたりでどことなく未来感があった。


 ――と。


 ここまではよくある美少女の描写だ。満足いただけたところで本題に移りたい。


『……エレクト、ですう』


 コミュ障を発揮し中途半端なタイミングで【エレクト】と名乗ってきたその美少女の頭の上には。


 ぴょこんと2つ。

 蝶の触覚みたいな〝つの〟が生えていた。


(うん。俺が人間かどうか聞かれた理由が分かったぜ。何しろお相手さんが人間じゃねえときたもんだ)


 謎が解けた江戸っ子探偵ばりに頷いていたら。

 

 こつん。

 エレクトが遠慮がちに手の甲を俺の拳に当ててきた。


『うゆ~、目的ミッション達成コンプリートです~』


 やりましたあ、と頬を緩ませる様子が甘ったるすぎて俺の尿の糖度が上がった。


 

       *

 

 

「つまるところ、【エレクト】はってことでいいか?」

 

の星の概念で言えばそういうことになります~』


「俺の名前はズンじゃなくてだ。勝手に訛らせないでくれ……って! 少し目を離した隙になんでぽろぽろ泣いてるんだよ!」

 

『うゆ~、だってだって……ニンゲンさんと会えておしゃべりできたのだったんですもん~』


 ふえええ、と大きな瞳を緩ませてエレクトは号泣している。

 嗚咽ですらも『うゆっ、うゆっ……』と糖度マシマシだった。


「そんなに人と話してなかったのかよ……」


 研究室ラボと1Kアパートの往復だけで〝ぼっち〟名乗ってた俺が恥ずかしくなってくるぜ。

 さすがにコンビニの店員には『あ、……袋、いるッス……』くらいは喋るもんな。


『だから嬉しくて……よかったらもっとおしゃべりしましょう~なんでも聞いてください~』


 すかさず『宇宙の真理は?』と聞こうとしたが、スピリチャルに寄り過ぎても科学と敵対しそうだったのでやめておいた。

 代わりに、ぴこーん、と。俺の頭上で電球が7個くらい灯った。


「この、どうなってるんだ? 俺のことを引きずり込んで……一体どういう仕組みなんだ?」


『たぶれ……ああ、【遶ッ譛ォ讖】のことですか~?』


「うおっ!? なんだその音、聞き取れねえ……!」


 まるで文字化けしてるかのような耳障りな音だった。


『うゆ~失礼しました……ジンさんの星にはない発語方式でしたか~。それでは習って【】といたしましょう』


 ――ちなみにどちらのお星のご出身ですか?


 と聞かれたので『地球だ』と答えてやる。


『あやややや! ち、地球……!』


 するとエレクトは目を金魚鉢みたいに大きくして驚いた。

 中の金魚がぐるぐると勢いよく鉢の中を泳いでいる。

 

『地球、でしたか。そうでしたか……あやややや』


「悪かったな、地球で」


『い、いえ、むしろで……ああ、ひとまずはジンさんの質問にお答えします~』

 

 目の中の金魚を落ち着かせてエレクトは語り始めた。


『【たぶれっと】は【驥丞ュ先ゥ】の一種で【譁ー驥丞ュヲ】を用いてジンさんの地球と私の居る【螟壽ャ。蜈】を繋げました~』


 まったくひとつも分からなかったけど『なるほど! それでそれで?』と相槌を打った。会話を前に進めるの大事。


『つまりは【辟。闌カ闍ヲ闌カ】理論に基づいた、我が星が誇る技術のお陰です~』


 その言葉に俺はもちろん反応する。


「ほう……その理論、俺にも教えてくれないか?」

 

『あやややや、ジンさん、さらに前傾姿勢になりましたねえ』


 当然だ。こんな無茶苦茶なことを現実にする【宇宙人の理論】さえ手に入れば、今期どころかアカデミアでの一生の成功が約束される。つまり【今ある技術を進化させる】ことができるのだ! いざ人類のために! 世界のために!


「とはいえ、そんなトンデモ理論、一朝一夕で教えられるものでもないか……参考書でもありゃいいんだが。〝猿でもわかる! 1日で身に着くナンタラ理論のすべて〟みたいなヤツな」

 

『うゆ~、ありますよ~』


「あるわけないよな。あるの!?」


 エレクトはこっくり頷いて、銀色の壁の中から書籍を取り出した。『こちらです~』


「マジであるのか……どの星でも〝面倒くさいものをラクに学びたい〟っつう怠惰の精神は共通なんだな……っていうか! 今の壁から取り出すやつどうやったんだ!? なんか色んな物理法則すり抜けてなかった!?」


『ですから【辟。闌カ闍ヲ闌カ】理論のおかげです~』

 

「すごいなナンタラ理論! それでは失礼して」


 本をいただこうと思ったら、ひょい、と上にかわされた。


「てやんでい! なにしやがる!」


 江戸っ子の名残で言ってやる。

 エレクトは気にしない様子で『うゆ~』と黒い微笑みを浮かべた。


『タダで差し上げるわけにはいきません~です~』


 そんなトンデモ理論と〝等価〟でつり合うモノなんて俺は持ち合せていなかった。あ、ポケットにガムの包み紙入ってた。これでギリいけるか……?


『ジンさんは、の方でしたよね~?』


 地球に敬称つけるヤツに初めて会った。


「ああ、そうだけど……」

 

『でしたらでしたら――、お得意なんですよね~?』


 ずい、と今度はエレクトが前傾姿勢を取ってくる。

 頭を傾けたことで不思議金属でできた髪留めが触れあって、ぽおおおんとメロディアスな音を奏でた。


「……アレ?」

 

『お地球人といえばアレですもん~。ある年頃を迎えれば自然とアレの虜になり、アレが人生の中心となり哲学となるというアレです~』


 目の中の金魚がどんどん膨れ上がっていく。


『残念ながら、私の種族にはアレの概念が無いんですよう……なのでお地球の資料は、私たちの種族では人気なんです~なにせ、どんな資料にもアレに対することが満載ですからね~』

 

「……そろそろ間が持たなくなってきてるのに気づいてるか? 最近の子どもならとっくにアプリ閉じてるとこだぜ。もしくは2倍速再生」

 

『ですからです~』


 エレクトは得意げに空中に3本の指を突き立てた。

 大丈夫? それちゃんと等価になってる? 3倍むしり取ろうとしてない?


『この理論書を差し上げる代わりに――私にほしいんですよう~』


「はっ! なんだ、お安い御用じゃねえか!」


 アレがなんのことかサッパリだったが、俺は江戸っ子の心意気を見せた。

 

『あややややや! ほ、ほんとですかあ~?』


 俺の快諾によって、甘ったるい声にクリームが追加エクストラされる。

 

『それでは早速、ジンさん』


 エレクトは俺に向き直って。


『私とアレを……ああ、失礼しました。ジンさんの世界の言葉でいう――』

 

 頬を緩みに緩み切らせて――噂の等価交換を迫ってきたのだった。



『私と――〝恋愛〟をしましょう~』

 

 

 エレクトの目の中の金魚が〝♡〟の形になった。



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