ゆるふわ宇宙人は『恋愛』の夢を見るか? ~おうちデートの相手が糖度マシマシだったのだが~

ささき彼女!@受賞&コミカライズ決定✨

第1話:非科学的なボーイ・ミーツ・ガール


却下リジェクト。来週までに新規の論文あがらなかったら、掛原かけはらな』


 研究室長からそう言われた俺は公園でひとりブランコをこいでいた。

 きいきいという金属音が夕焼けの中に切なく響く。


「……こんなはずじゃ、なかったんだ」

 

 高校在学中から飛び級で【世界学術機関アカデミア】と呼ばれる最高峰の研究機関に入関した俺・掛原尽かけはら じんは早熟の天才だったらしい。

 所属先の研究室ラボでは教授陣から怒られる毎日だ。

 まだ10代ではあるがアカデミアにおいて年齢はまったく関係なし。結果がの完全なる実力社会だ。

 

 アカデミアでの【進退】は非常に明確。


 一年間、好きな研究をして良し。

 研究費もお賃金チンギンもじゃぶじゃぶ出る。


 その代わり、期末に機関内で行われる学会カンファで【研究成果】を発表。


 評価が ○ → 翌年も残留。

 評価が × → 即、クビ。しかもそれまでのお賃金の9割を没収!


 うん。明確だけど非情で無情だ!

 特にお賃金の没収の部分、ブラック企業もいいとこだろ!

 なんで過去に働いた分を没収されなきゃいけないんだよ! どう考えても違法だろ!

 ……と機関を訴えた人が過去にいたが、その人は裁判で敗訴し逆に賠償金を支払うハメになったらしい。

 完全にこの機関、クロだ。。背後に国家を有してのグルに違いない。


 ――しかし、クビにならない分には『最高の環境』なんだよな。

 

 厳しい制度は切磋琢磨を目的としたモノらしいが、俺には地獄の窯で行われる蟲毒こどくの儀式にしか思えない。

 当然生き残ったやつらの研究は【世界中の人々の役に立つ】わけだけどさ。それがアカデミアの理念でもあって。


「俺が入関を決めた〝理由〟でもある」


 若年とはいえ一応は研究者の端くれだ。

 自分の研究が〝世界の役に立つ〟なんて、まさしく人生冥利に尽きる。


 何度でも言うがアカデミアは研究者として最高の環境だ。

 クビにならないためには〝成果〟が必要で。


 そしてその〝成果〟が――


「このたび、期末学会の直前にして却下リジェクトされました、とさ」


 大きなため息が口をつく。

 しかし悩んでいても事態は変わらない。


「うおおおおおお!」


 俺はブランコをこぐ速度をはやめて叫んでやった。


「絶対にクビになってたまるかあああ! ――とうっ!」


 ブランコが描く弧の最高点で華麗にジャンプをして。


「……ぐはああああああ!」


 華麗に着地に失敗して転んだ。技術点マイナス。予選敗退。


「くっ……研究では絶対に、転ばねえ……!」


 幸いにも着地先が砂場だったため、大事には至らなかった。

 とはいえ肌は擦りむけ血が滲んでいる。デニムのパンツも穴が開いてしまった。

 

「いててて……」

 

 気づけば夕暮れも深い。世界全体が橙色の郷愁に染まっている。

 砂場から立ち上がろうとした――そのとき。


「ん? なんだ、これ」

 

 お尻の下になにかが当たった。

 砂に埋もれたそれを俺は手にする。


「……金属の、板?」


 大きさ的にはちょうどタブレット端末ほどの大きさだ。

 素材的にはステンレスこうに近いが、明らかに軽すぎる。

 叩くと『ぽおおおん』とまるで楽器のように美しい音がした。

 

「こんな素材、ラボでも見たことないぜ……はっ!」


 ぴこーん、と頭の上でライトが灯った。

 もしかしたらこの板、に使えるかもしれない。


 泣きっ面に飴玉、転んだ先の僥倖ぎょうこう

 俺はその謎の金属板をこっそり独り暮らしの部屋に持ち帰ることにした。

  

 ――研究のために利用できるものはなんでもしてやるぜ。


 なんてニヤニヤしていたら、まわりの親子連れから不審者を見るような目つきをされ、果ては警察に職務質問をされた。

 

 やっぱり転んだ先は泥沼だ。

 

 

      * 

 

 

「見れば見るほど不思議な金属版だな」 

 

 その四角い板を眺めながら俺は部屋のソファで呟いた。

 見て触って舐めて聞いて嗅いでみたが、俺の知る金属のナニとも異なった。

 重さもまるでプラスチックのように軽い。そして一番不思議なことは……。

 

「表面になにもんだよな」


 ふつうこれだけ磨かれた金属面であれば、そこになにかしら像が映りこむべきなのだが……ただ金属特有のツヤがあるだけだった。


「家の設備だけじゃ限界があるな。明日ラボで詳しく調査ってみるか」


 床のカーペットにぽいと金属板を放り投げておれはソファに横になった。

 

「まずは圧力プレス機かけて硬度の調査から、一部を裁断カットして何℃でけるかも試してっと……」


 などとぶつぶつ〝明日の金属板の予定!〟を呟いていたら。

 

『や、~』


「……ん?」


 独り暮らしであるはずの俺の部屋に、甘ったるい声が響いた。


『やえてやえて~。切らないで~とかさないで~』


「女の子の、声……?」


 女子おなご

 そんなものはこれまで勤勉一筋だった俺にとって最果ての極地に位置する概念だ。

 遂には幻聴まで聞こえ出すほどに深層心理で飢えてしまったか? などと自己憐憫れんびんにふけっていると……。


『あ、ですよう~こっちこっち~』


 声に声かけられた。

 相変わらず過剰摂取で糖尿病になりそうな声だ。


「……へ!?」


 そして俺からは『あなた、糖尿病です』と医師から告げられた時のような声が出た。

 しかしそれも仕方ない。なぜなら。


~お気づきになられましたか~』

 

 さっき床に金属板に。

 ゆらゆらと揺れる〝女子おなごの頭部〟が映し出されていたからだった。


「んだよこれ、テレビの画像でも反射したか?」


『うゆ~? て、れび? ってなんですか~?』


 さっきから『あや~』とか『うゆ~』とか、感嘆のオノマトペですら甘ったるい。

 そもそも一体こいつはなんなんだ? テレビの概念が通じてないぞ?


『は、はじめまして~、ですよね……?』


「人生で最初で最後の質問だな。俺が人間かどうか? 満を持してイエスだ」


『ほ、ほんとですか? やった~ついにやりました~です~』


 話の流れ的に、この金属板を通してこいつのいる場所と俺の部屋がつながった、ということだろうか。


「つながったんなら顔を見せろよ。最近のWEB会議じゃそれがマナーなんだぜ?」


 都合のいい時だけマナー講師の言葉(俺の創作)を持ち出してみた。

 なにしろ先方からは甘美な〝声〟しか聞こえてこない。まずは顔を見る。話はそれからだ。 

 別に可愛さを判断するわけじゃない。俺のかを見るだけだ。

 もし好みだったら〝前傾姿勢〟で接するし、好みじゃなかったら〝やや前傾姿勢〟で接する。思春期男子のサガなのだ。


 しかし。

 

『か、顔は……恥ずかしいですう~』


 銀色の画面の中でアップになった頭がふるふると震えた。

 

『わ、私、なんですよう』


「奇遇だな、俺もなんだ。ここは同じ人見知りのよしみで語り合わないか? 拳を突き合わせてな」


『え? ……いいんですか?』


 いいんですか、が前の文章のどの部分にかかっていたかは分からなかったので、全力で頷いておいた。せばるさ!


『わ、わかりました…………そういうことでしたら、あの、』


「うん?」


『しつれい、しまして』


「……うんんんん?」


 俺の目は見開いていく。

 なにせ。


 金属板の中から、3D映画よろしくの立体的な〝腕〟が伸びてきたからだ。

 

「へえええええええ⁉」


 『あなた糖尿病の上に高血圧も合併してますよ』と宣告されたような声が出た。

 若くして代表的な成人病の7割弱をコンプした俺はその伸びてきた腕に掴まれて。


 ――金属板の中へと、引きずりこまれてしまったのだった。


 混乱し驚愕する最中さなかでも俺は。

 

(実在した超常現象……こいつは期末研究はもらったな)

 

 などと、どこまでもあくどい――じゃなくて。

 


 を考えるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る