第二十七話 婚約者候補たちとアリスと……
「待たせてすまないね」
そう言って、ケンジット公が颯爽と食事の間に入ってきた。
ケンジット公は多忙であるから、食事のときぐらいしか一緒にいられないが、彼と過ごす時間を嬉しかったり楽しかったり充実している――――とアリスは感じてしまう。
それは、けして前世のヘレナのような、邪な感情を父である彼に向けているというものではない。
家族としての安心感や、言葉にしつくせない家族愛のようなものが、アリスにも芽生えたから――――と思えた。
(僕は……どの時代でも、孤独だったように思える)
そのせいか、これまでの家族の顔を、まったく覚えていないのだ。
覚えているのは直前の前世で家族だった、ヘレナとモルベルト。二人の顔は覚えているが、何故か母の顔は思い出せない。
いろんな時代のことを思い出し始めているのに、家族や恋人、伴侶となった人物たちをまるで思い出せない。皇帝時代はとくに、皇后がいたはずなのに、うっすらとも思い出せない。
前菜の給仕が終わった頃、食前酒を口にしながら、ケンジット公はルートヴィッヒとアルバートに話しかける。
「モーレックの森の守護者より、三人の婚約者についての疑惑を尋ねられた。恐らく、君たちも思っていることだろうが、何故、モルベルトが婚約者候補になっているのか、の件についてだが」
モーレックの森の守護者の席も用意されていて、嬉しそうに食前酒を飲んでいる。少しアルコールが弱めの、果実酒だ。
(この味……梅酒?)
自分が以前いた国とこの国は、食文化が似ている部分が多い。
「君たちや、モーレックの森の守護者がうすうす感じているように、彼のことは初めから、アリスの結婚相手には考えていない」
「……では、何故、わざわざ三人のうちの一人に加えたのですか?」
ルートヴィッヒの質問に、ケンジット公は小さく頭を下げた。
「騙すような真似をしてすまなかった。理由らしい理由は少々説明しにくいのだが、モルベルトはアリスに危害を与える人物だと、私はずっと思っていた。だから下手に遠ざけるよりも、逆に、近くに置くほうが安全ではないかと考えたのだ」
「……婚約者候補にすることで、それを足枷に?」
アルバートの質問に、ケンジット公は頷いた。
「本当は、アリスの近くに彼がいると考えるだけで、肝が冷える思いなのだが……いくらモーレックの森の守護者からの祝福を受け、闇の精霊にアリスの内側に待機してもらっていても、モルベルトはどんな手を使ってくるかわからない……魔力がないと言いながら、モルベルトもヘレナも魔力をもっている。ヘレナは知らなかったのかもしれないが、結局、不安に感じていたものが的中してしまった。魔力をもつモルベルトがいかにして、アリスを排除しようとするか、検討もつかぬ」
「どうしてモルベルトがアリスのことを排除しようとする……と思われるのですか? ケンジット公」
ルートヴィッヒは硬い表情でケンジット公に聞いた。
「因果応報だよ」
モーレックの森の守護者と同じことを、ケンジット公が言う。
「アリスは異世界からの転生者だ。それと同じように、ヘレナとモルベルトも彼女と同じところからやってきた、転生者である」
「……え? まさかあの二人って……い、いえ、なんでもないです」
アルバートは言いかけてやめる。
アリスがモーレックの森の守護者に対して言っていた、前世の内容があまりにも酷い内容だったからだ。
「……どうしてまたあの二人と同じ時代に転生を? ここにモーレックの森の守護者が呼んだからですか?」
ルートヴィッヒの問いかけに、ケンジット公は首を左右に振った。
「モーレックの森の守護者が、アリスの魂をこの世界に呼んで、祝福を与えたのは間違いないが、彼女が呼んでも呼ばなくても、アリスはここに生まれてきていた――――それが彼女の運命なんだ」
「運命……?」
「繰り返される、モルベルトの恨み。何度も、何度も同じように転生を繰り返しては、その度にアリスに戦いを挑む。だから――――彼女に平穏な日々はこれまで一度もなかった」
「何故そこまでモルベルトは、アリスを恨んでいるのですか?」
ルートヴィッヒの質問に、ケンジット公は腕を組んで考えるような仕草を見せた。
「……アリスを恨んでいるのか……或いはヘレナを愛しすぎているのか……私には彼の考えはわからない」
「……もともと何を考えているのか、よくわからないやつだとは思っていたし、王太子妃のこともどうしてか、アリスに押し付けてこようとするし……いったい、なんなんだよ、あいつは」
アルバートは唇を嚙み締めた。
(前世で……モルベルトはアリスの父親で……ヘレナ絡みで殺されたって言っていたよな……しかも、してもいないことで……なんだか、イライラするな)
アリスがどんなに無念だったろうか、と想像するだけでアルバートの胃のあたりがムカムカした。
アリスがゆっくりと話し始める。
「モルベルトは前世において、異常なまでに私を憎んでいました。前世の因縁で憎んでいたのか、憎んでいる対象が義理ではあれ、息子という立場であったからなのか、私が彼を父だと思っていたから、どんな暴力に対しても大人しくされるがままになってしまったのが、余計憎しみに拍車をかけてしまったのかは、わからないです――――」
「アリスが思い出していなかった、前世のことを、モルベルトやヘレナが思い出していたとは思えんな……とくに、ヘレナは」
ケンジット公は一口果実酒を飲んだ。
「ヘレナに……野心がまるでないとは思えないのです。王太子妃という立場を口では嫌がっていても、正式に王家に破談の願いはださない――――現状既に、次期王太子妃ということでかなりいい思いをしているのかもしれないですね。セイラス家としても、彼女自身も」
ルートヴィッヒの言葉に、アルバートは頷いた。
「結婚を嫌がるふりをすればするほど、フレデリック王太子は焦るだろうし。彼女を自分に繋ぎとめるためには、多少のことには目をつぶるだろう」
「……多少のこととは、例えば、モルベルトの魔力の件だとか?」
「多少、ではないけど……な」
魔力のあるものとないものでは、生活環境が多少なりとも変わってくる。
王国学園でも編入先は魔法科で、魔法について鍛錬したり、勉強したりしなければならない。魔力があるものは強い力を持っているが故に、制御する方法も学ばなければならないのだ。
アリスは自分の掌を見つめた。夜会でモルベルトと踊ったことを思い出していた。体に電気が流されるような魔法攻撃。魔法攻撃が久しぶりだったということもあって、ひどく驚いてしまったが、あれの威力はどれほどのものだったろうか。
(……本当に、静電気程度の威力しかなかったかも……)
相手を甘く見すぎているわけではないが、今、冷静に考えればモルベルトのあのときの魔法は、魔法と呼ぶには少々稚拙に感じた。
――――実力的には、習い始めたばかりの魔法使いのような……。
「……お父様、生まれつき魔力を持っていない者が、魔力を手に入れる方法はありますか?」
夜会で受けた魔法攻撃の話をアリスは、ケンジット公に話した。
「モルベルトという男は、加減というものを知りません。加減を知らない人間の魔法にしては、あまりにも弱い魔法攻撃のように感じたのです」
「うーん……後付けの魔力かぁ……」
アルバートが唸った。
「……考えられることがあるとするならば、精霊が彼に力を貸しているぐらいか。今アリスから聞いた話の状況では、下位の精霊が面白半分に彼に力を貸して“悪戯している”というように感じられる。そもそも上位の精霊や聖獣は魔力のあるものにしか、力を貸さぬからな。精霊の力を使う代償のことがあるからな。それをさして気にしないのが、下位の精霊といったところか」
「そうなんですね」
『静電気って言う話を聞くと、考えられるのは雷の精霊かの。上質な鹿肉は用意できるか?』
「鹿なら昼に狩ってきたばかりのものがある。メインにしようとしていたものだが」
ケンジット公の言葉に、モーレックの森の守護者は大きく頷いた。
『いいだろう。それで、雷の精霊を呼び出そう……まぁ、来たとしても下位の方だと思うがの』
モーレックの森の守護者は、ローストされた鹿肉が乗っている皿を、顔のあたりまであげて、何やら呪文を唱えた。
(……さすがに、ただ、出てこーい。では出てこないものなんだな)
しばらく呪文を唱えていると、モーレックの森の守護者の隣が光輝いた。
光がふっと消えると、子供の姿の精霊がそこにいた。
『……やはり、そなたか』
『雷の
どうやらトール様という名前の精霊が、上位の精霊のようだった。
(うっかり呼ばないように気をつけないとな)
下位の精霊はヴォルトというらしい。
巻き毛が可愛らしい、フレスコ画にでも描かれていそうな、天使っぽい美少年だった。
『最近、雷の精霊たちの様子はどうだ?』
『なんでそんなことを土の精霊が気にするんだよ』
ご機嫌が宜しくないらしい。のか、普段からこんな感じなのかアリスにはわからなかったが、程よくローストされた鹿肉を、ナイフとフォークで切り分けて、ヴォルトにお皿を渡した。
「精霊さん、よかったらどうぞ」
『ん? なんだおまえ、気が利くじゃねぇか。俺の力を借りたいのか?』
ヴォルトが赤い瞳を輝かせて偉そうに言うと、モーレックの森の守護者の眉がぴくんと跳ね上がっる。それから、アリスの内部にいた筈の闇の精霊が出てきた。
『雷の精霊ごときの力など、必要ないわ!』
『ひぃ! なんでプルートーもいるんだよ! なんなんだよここ!』
『いいから、私の質問に答えよ』
モーレックの森の守護者が睨みをきかせると、ヴォルトは困ったような表情をした。
『そんなざっくりと聞かれたって、答えようがねぇよ』
『……人間界で悪戯をするような、雷の精霊はいるのか?』
『悪戯? そんな勝手なことしたら、トール様の逆鱗に触れて首が飛ぶよ』
ヴォルトは自分の首の前で、掌を横に引いた。
(精霊って首を切られたらどうなるんだ?)
と、聞きたい気持ちをアリスはぐっと堪えた。
『んーそうか。そういえば、トールは精霊が人間と関わることを好まなかったな』
モーレックの森の守護者が言い終わるや否や、アルバートが言う。
「それにしたって、首切りって罰が重くねぇか? 死ぬだろ」
ヴォルトは冷ややかにアルバートを見た(顔は天使なのに)
『そんなもんで死んでいたら、雷の精霊は絶滅しちまうよ』
(あ、死なないんだ)
アルバートを含めた人間全員が、立ち上がっていたが、ほっとして着席した。
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